日 録

まえの記事 つぎの記事
2010年9月、マハディア (チュニジア) 出張報告

(1) はじめに
 9月18日から26日までの日程で、チュニジアに出張してきました。マハディア Mahdia でひらかれる研究会に参加し、自前の研究発表もしてきました。
 チュニジアに行くのは3年ぶり、3回目ですが、今回は、これまで行ったことのないマハディアに行きましたので、はじめて見聞するものも多くありました。





 マハディアは中世のイスラム王朝、ファーティマ朝が創始された当初に首都だった古いまちです。
 地図をみると、伊豆半島の縮小版のようなかたちをしています。地中海につき出たその半島の尖端は、アフリカ岬 Cap d'Afrique といわれています。アフリカ岬とは大きな名まえですが、チュニジアは古代ローマ時代からアフリカの中心地とされたところですので、その名残りでもあるのでしょう。
 ここにファーティマ朝の都がおかれたのは、半島のつけ根だけで大陸とつながっているので、防衛しやすいということもあったのでしょう。

(2) チュニス


 チュニジアでの初日は、チュニスのホテル≪Ariha≫に投宿しました。初回チュニジア訪問のときにも書きましたが、わたしの好きな宿です。上の写真は、机の角にある、メッカの方角をさししめすシールです。



 ホテルのあるパレスティナ通りのようす。

 ホテルにスーツケースをおいて、チュニス湖のほとりにひろがる新市街 Berges du Lac のカフェにゆきました。チュニス湖を一望できる、とてもながめのいいところです。屋外の樹陰に席をとり、コーヒーをのみました。湖をながめながら話していると、言語学のことなど忘れそうです(笑)。



  つぎの写真は、チュニスに5路線走っている路面電車ですが、チュニジアフランス語ではこれを métro といいます。かんがえてみれば、métro は métropolitain の謂いですから、べつに地下でなくてもよいわけです。











 つぎは中心部に近い、Avenue de Paris です。薬局やサロン・ド・テなどの表示が、フランス語とアラビア語で半々になっていることがわかります。



 つぎの写真は、やはり主要な街路のひとつである Avenue de la liberté です。なつめやしが実っています。



 つぎの写真は、マハディアに行くまえに用件があってたちよった、チュニス郊外のラ・マヌーバ La Manouba 大学の構内です。



(3) マハディアのホテル
 マハディアでとまったホテルは、Mahdia Palace という、名まえかわもわかるように、最高級ホテルです。ホテル専用のプールがあり、そのむこうは地中海のプライヴェートビーチです。こんなところにくると、仕事をわすれたくなるのが人情というものです。
 場所はマハディアの中心街から北に2キロほどはなれた、Zone touristique とよばれる一角にあります。









(4) マハディアの旧市街
 冒頭に書いたように、マハディアの中心街はちいさな半島になっています。
 つぎの写真は、左前方に半島がみえてきたところです。



 半島にはいったところ。



 つぎの写真が、半島の尖端にあるアフリカ岬 Cap Afrique です。石づくりの門がのこっていますが、かつては門につながって城壁があったとのことです。アフリカ岬とは大きな名まえですが、ローマ時代はチュニジアがアフリカとよばれていたので、不思議なことではありません。






 岬のまわりは墓地になっています。その名まえはなんと 「海辺の墓地 Cimetière marin」。ポール・ヴァレリーやジョルジュ・ブラッサンスがねむる、フランスのラングドック地方、セートの墓地の名まえと同じです。
 しかし、セートの「海辺の墓地」は、パリ留学中におとずれてはじめて知ったのですが、かなり高い丘の上で、あまり「海辺の」という感じはしません。それにたいして、マハディアの「海辺の墓地」こそはその名にあたいするものです。
 ブラッサンスの≪セートの海辺に埋葬してもらうためのお願い≫は、このような墓地にこそ似あっているような気がします。こんなに明るい、開放的な墓地は見たことがありません。墓地までもが、ヴァレリーいう地中海的な明晰さにみたされているということになるでしょうか。
  Pauvre rois, pharaons, pauvre Napoléon !
  Pauvres grands disparus gisant au Panthéon !
  Pauvres cendres de conséquence !
    あわれな王たち、ファラオンたち、あわれなナポレオン!
    パンテオンにねむる、あわれな偉人たち!
    あわれな名残りの灰たちよ!
  Vous envierez un peu l'éternel estivant
  Qui fait du pédalo sur les vagues en revant
  Qui passe sa mort en vacances
    夢みながら水上自転車をこぎ
    ヴァカンスで死をすごす永遠の避暑客を
    あなたがたはうらやむだろう
     ---G. Brassens, Suppliques pour être enterré à la plage de Sète
 半島はあっけないほどちいさく、徒歩ですっかり歩きまわれます。中世のイスラム王朝のファーティマ朝が、こんなに小さな半島を都にしてはじまったのかと思うと、たいへんおどろきます。

 以下は半島のなかのメディナ(旧市街)のようすです。白い壁が多く、いかにも地中海岸のまちです。ギリシアや、スペインのアンダルシーアとも似ています。前回行ったスィーディ・ブー・サイードにも似ていますが、首都から遠いせいか、こちらのほうが素朴な感じです。 

















(5) Borj el Kebir, Skifa el Kahla
 岬にちかいところにあるボルジュ・エル・ケビル Borj el Kebir。オスマントルコ時代につくられた城砦です。





 以下は、半島のつけ根のちかくにあり、メディナへの入り口にあたる城門、スキーファ・エル・カハラ Skifa el Kahla。Kahla とは、「暗闇」というような意味だそうで、奥行きのある門のなかは、たしかに、昼なお暗いです。








 スキーファ・エル・カハラの上は展望台になっていて、それとつながった建物がマハディア博物館。博物館のなかを見たあと、展望台から半島をみわたすと、たいへんうつくしい光景でした。つぎの写真で、左右両側が地中海で、まんなかが半島です。



(6) 海の幸
 はじめの写真はマハディアの漁港です。



 つぎの2まいは、マハディアのレストラン≪Lido≫でたべたいか、たこと、魚(名まえはわかりませんが、とてもおいしかったです)です。





 最後の2まいは、チュニスのレストランでたべた黒鯛です。これもまた、マハディアにまけずおとらずおいしく、さすがは地中海岸の国です。





(7) El Jem 再訪、円形競技場
 前々回、2006年12月にもおとずれたことのある El Jem の円形競技場です。しかし、なんべんおとずれてもいいところです。古代のひとびとの興奮が、まさにこの場所でうずまいていたのかと思うと、鳥肌がたちます。
 おどろくべきことは、この円形競技場でコンサートなどをすると、音響がとてもいいそうです。やはり、古代ローマの技術はすごかったのですね。





























(8) El Jem 博物館
 エル・ジェムの博物館にゆき、紀元後2~3世紀のモザイクをみてきました(イスラームになってからは偶像禁止なので、新しいものはあるはずがないわけです)。
 モザイクは目があらいので、ドット画のようなコミークさがあります。えがかれているニンゲンはギリシア的で、えがかれている動物はますますとぼけた感じです。アヒルや白鳥もかわいいのですが、とくにとぼけているのが、動物を捕食しているライオンの顔です。





















(9) ふたたびチュニス(メディナ)へ


 チュニジアでの最後の夜、チュニスのメディナ(旧市街)に買い物と食事に行きました。いつもながら、市場はにぎわっていました。






 チュニスでも最高級のレストランのひとつ、≪Dar Es Saraya≫に行ってきました。邸宅を改造した建物はタイルがうつくしく、かつてのパティオにテーブルがならんでいます。回廊のようになった階上も見学できます。






 前菜のあと子羊のクスクスをたべましたが、あまりに上品すぎるのか、辛味がひかえめで、ものたりない味でた。ハリッサを所望し、たっぷりかけてたべましたが、そのハリッサさえ、やさしい味でした(笑)。


 ここのレストランの最大の難点は、酒類が一切ないことです。金曜(礼拝日)のせいなのか、それともモスクのちかくだから、いつもないのか、わかりませんでした。デザートにくだものをもらい、食事はおわり。しかし、いざおわってみると、酒がなくてもいくらか酔ったようなこころもちになりました。


 レストラン以外はしまるのがはやいメディナで、迷路状の街路を案内してくれるおにいさん。

 ≪Dar es Saraya≫では酒はのめなかったのですが、ほかのところでのんだものをお目にかけます。






 最後のはブッハ bukha という、いちじくの蒸溜酒です。

(10) チュニス ・カルタゴ国際空港
 帰途につこうとするときの、夕方のチュニス・カルタゴ国際空港です。これまで3度のチュニジア訪問はいずれも楽しく、みのりおおい機会になりましたので、ここからまた飛行機にのることが少しさみしくなります。









(11) おみやげ
 最終日にチュニスで買ったおみやげです。銀細工のファーティマの手(おまもり)、ハリッサ(とうがらしのペースト)、なつめやしの実と、なつめやしの菓子、そして、寄せ木細工の箱を買いました。









 チュニジアのおみやげといえば定番の、敷き物のたぐいは前回までにじゅうぶん買いましたし、らくだのぬいぐるみ、さそりの標本、木のへびおもちゃとのいう、「こどもむけおみやげ3点セット」も前回までにもう買いそろえてしまったので、こどもたちにも今回はおとなとおなじおみやげをもちかえりました。
 チュニスのメディナの、モスクにほどちかいところで、モモとアブリコのとてもよいかおりのする石鹸を今回も買いたかったのですが、あいにく目あての店がしまっていました。