日 録

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 きょうは東日本大震災からちょうど1周年。新聞もテレヴィも、まる1年前の震災を再喚起することに徹しているようです。1年たっても、福島原発の事故はなお収束からはほど遠く、いまもなおつづいている災害であることはまちがいありません。
 地震、津波、そして原発災害は、わすれてはいけないことですし、もとよりわすれることはできないものですが、それを思いおこすこともまた、なかなか苦痛なものです。
 福島県、宮城県、そして岩手県の三陸地方のかたがたにくらべれば、わたしがこうむったのは、「被害」ということさえ申しわけないくらいの被害にすぎませんが、それにしても、震災そのものよりも、そのしばらくあとに東京で経験した交通障碍、計画停電、物資不足、そしてなにより事故をおこした原発が放出する放射線の恐怖がまじわりあって、社会全体が逼塞した状況をありありと思いおこさずにいられません。

 先週、会議で同席した、阪神大震災を経験なさったかたが、「阪神大震災のあとのほうが、まだ人間的な感じがした」とおっしゃっていたのがたいへん印象的でした。
 やはり、原発災害というものが大きなちがいで、天災以上に、はかりしれない影響が将来にわたって残りつづけることを思うと、本能的に、もはやこれまでのようには生きていけない世界に来てしまった、と思わないではいられません。

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 さて、ホームページの「お知らせ」にも書きましたが、明後日3月13日から20日まで、ウズベキスタンに出張してまいります。タシュケント東洋学大学およびサマルカンド外国語大学でそれぞれ開催される研究会にて発表してまいります。
 パソコンをたずさえてまいりますが、ネット接続の頻度は下がりますので、留守中のご連絡へのお返事は遅くなることが予想されます。あらかじめご了承ください。

 昨年度(年度ではなく年でいうと一昨年)は秋にチュニジアに出張し、今年度も、とおもったのですが、昨年1月のチュニジアの政変、そして3月の東日本大震災と、混乱がつづいたため、もう今年度は海外出張のない年になるか、とあきらめていました。しかし、ぎりぎり年度末の直前に、縁あってウズベキスタンに出かけることになりました。

 往復は13日成田発、同日タシュケント着、19日夜タシュケント発、20日成田着、という予定ですが、じっさいにはきょう(11日)の夜に、ウズベキスタンにもってゆくスーツケースをたずさえてつくばに移動し、12日の後期入試業務のため前泊、12日、後期入試がおわったら、13日の出発にそなえてそのまま成田に移動し前泊、というノマド生活がきょうからはじまります。

 いつもなら、こんなときは期待と不安で気分が昂揚しているはずなのですが、今回はとにかく準備がぎりぎりで、むしろ、「ほんとうに行けるのだろうか」という感じです。
 先週は慶應での研究会主催、そのあとべつの会議がつづくなど、いそがしかったので、昨夜おそくにようやくふたつの研究発表のハンドアウトをひととおり書きおわったところです。スーツケースの荷づくりなどはすべてきょう今後の作業です。あいもかわらず自転車操業です。