日 録

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 どういうわけかここ1週間、イターリアの超高級車、フェラーリの事故が相ついでいて、目をみはります。

 ・12月4日、下関市の中国自動車道でフェラーリ8台が多重事故
 http://news.livedoor.com/article/detail/6093399/

 ・12月9日、大阪府高槻市でフェラーリが民家に突入
 http://news.livedoor.com/article/detail/6108145/

 ・12月11日、千葉県野田市でフェラーリがひき逃げ
 http://news.livedoor.com/article/detail/6109328/

 これらの事故(における運転者の傍若無人ぶり)から「うかびあがってくる意味作用」(signification dessinée) を約言すると、あきらかに、「フェラーリさまは何をしてもよい」ということであります。

 よく、車のハンドルをにぎると性格が一変するひとがいるといいますが、「フェラーリさま人格」こそ、その極北といえましょう。
 野田のひきにげの加害者は、医者でありながら救護義務をなげうって逃亡するなど、悪質そのものですが、そこはやはり、「フェラーリさまは何をしてもよい」という驕慢が端的にあらわれているところです。