日 録

まえの記事 つぎの記事
 きょうで3日連続の雨。かさをさして出かける。
 13時から15時、フランス語学会の編集委員会と、15時から18時、同学会の例会があり、慶應(三田)へ。
 慶應に行くまえ、11時30分に、編集委員会でもごいっしょしているSさんとまちあわせて、昼食をとりながら研究会企画の相談をした。

 Sさんは大学院生時代の1993年以来のともだちで、気らくに話せるのがありがたい。
 とくに、1997年から99年、パリ留学時代がかさなっているので、パリでの思い出がおおく、会うたびに十数年まえにもどるような気がする。
 十数年まえとはいえ、わたしにとってはもはや、"bon vieux temps" という感じだ。

 編集委員会では査読の分担などがきまった。
 じぶんの論文もおぼつかないのに、ひとの論文を評価できるのか、と自問しつづけて幾星霜。おもえば、編集委員になって、もう11年も経ってしまった。

 例会では、いつものように、ふたつの発表があった。
 大阪大学の春木先生の発表「現代フランス語の認知モードについて」が、わたしの現在の個人的な関心とかさなりあったため、興味ぶかかった。
 わたし自身、きのう書き終えたばかり(!)の、「叙想的時制と叙想的アスペクト」と題した論文で、事態そのもののアスペクトは完了的であっても、それを見る視点が事態内在的であることによって、半過去、現在分詞などの未完了アスペクトを標示するマーカーがもちいられているケースを考察した。
 こうした叙想的アスペクトの問題は、事態内在的で、状況との相互作用のある視点をとるか、それとも、神の視点ともいうべき「客観的」な視点をとるかという、いっそう広汎な認知的問題の一環をなしているように思う。

 夜おそく、ひとりで発見して、感動したこと。
 シャトーブリアンって、じつはけっこうな文献学者 philologue でもあったのね。
 Itinéraire de Paris à Jérusalem et de Jérusalem à Paris のなかで、「ヨルダン」の語源を考察していたりして、おどろいた。「才能のあるひとはなんでもできる」とでもいおうか......