日 録

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 先週末、この時期の恒例で大阪にかえっていたが、東京とはくらべものにならない炎暑で、ぐったりしてしまった。
 週明けも少々不調を引きずっているが、まあ、なんとか生存している。
 おくればせながら、先週末の記録を下記にのこす。

 7月29日(土)
 高校2年のとき(1984年)参加した大阪府高校生中国派遣団の同窓会。

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 難波で電車をおり、戎橋筋へ。
 ここのアーケードに満ちる熱気は、むかしもいまもかわらないが、近年とみに外国人観光客がふえた。

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 ことしは « なんばマルイ » にほどちかい四国料理店 « 四国三郎 » にあつまり、ビールをのんだ。
 ちなみに、四国三郎とは吉野川のことだ。坂東太郎とよばれる利根川、筑紫次郎とよばれる筑後川とならんで、「ニホン三大あばれ川」といわれている。
 はまちの刺し身や、たいめしがおいしかった。わたしは四国にルーツがあるので、なおさらだ。

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 20年ぶりくらいで会うひともいて、なつかしく、楽しかった。

 席上、派遣団の団長をつとめておられたK先生がことしの6月に逝去なさったことをうかがう。89歳。
 去年までお元気でこの同窓会にいらして、おいしそうにビールをのんでおられたので、ショックだったが、今後も同窓会は続けていくことになった。

 7月30日(日)
 高校卒業30周年(昨年)を機に交流が再開した、高校1年のときのクラスの同窓会。
 わたしがこの週末大阪にかえることを知らせたところ、6人ほどのひとたちが集まってくださった。
 まず、« 別館牡丹園 » にゆき、点心をたべながら、のみやすい(そして、名まえがおもしろい)宮崎の麦焼酎 « となりのおくさん » をのむ(写真では左上、水にしかみえない)。

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 梅田のまちなかを歩いてくるだけで、暑くてのぼせたような状態になったが、焼酎をのんでかえって気分がよくなった(そういえば焼酎は夏の季語で、暑気払いにのんだらしい)。

 しばらく話しているうち、高校1年のころのことが少しずつ思い出され、ただただなつかしく、だいじなことを再発見したような気になった。
 しかし、当時のことで、昨日はじめて知ったことも多くあった。それとも、当時は経験したつもりでも、黒歴史が多かったので、脳が記憶からはじいているのかもしれない(笑)。
 ひざの手術をうけ、片方だけ用心のため松葉杖をついているひとがいたが、かえりぎわにそれを置き忘れそうになるほどの回復ぶりで、よろこばしい限りだ。
 昼食後、茶屋町の « Butter » に移動し、パンケーキをたべながら話す。

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 時間のつごうで、こちらにだけ来てくださったひともいて、そのひとは中学でも同級生だった。
 三十数年もたつと、記憶の底流にとどまっていたものが呼びおこされ、無条件でなつかしくなる。あ、いや、何十年たってもいやなものもあるけれど(笑)。