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 2016年6月、フランス出張日記

 カーンでひらかれた学会、Chronos 12で発表することをおもな目的としてフランスに出張しておりましたが、昨日、無事帰国いたしました。
 以下には公開してさしつかえない部分のみ、日記を貼りつけます。
 デジカメの時差を調整しておりませんので、日記の日づけとは一致しないことをご諒承ください。

 * * * * *

 6月12日(日)
 16時ころ家をでるとき、娘に熱烈に送り出される。以前は息子もおなじふるまいをしていたが、息子に関しては、そのようなとしごろは過ぎたのかもしれない。
 成田にちかづいてから、オリンパスのデジカメのUSBコードを忘れたことに気づく。情報転送のみならず充電もこれにたよるので、まことにぐあいがわるい。最近あまり使っておらず、わざわざ充電する必要さえなかったので、意識にのぼらなかった。
 京成成田駅からほどちかいホテル(ただし、奇矯な女性社長で有名なホテルではない)にチェックインしたあと、近所のイオンショッピングセンターにある « ノジマ » にゆくが、規格にあうケーブルはなかった。
 駅前にもどり、夕食に « 餃子の王将 » で餃子定食をたべる(われわれ関西人のソウルフードか)。生ビールを1杯のんだ。
 結局、明日はストは解決し、エールフランスは飛ぶそうだ。しかし、前夜まで飛ぶかどうかわからないより、13日パリ着をはやいうちに確定できたという点で、ポーランド航空にきりかえてよかったという考えは変わらない (この問題については11日づけの、ひとつまえの記事を参照)。

 6月13日(月)
 6時に起きて朝食をとる。外は大雨だ。
 インターネット情報では、成田の第2ターミナル内にある « カメラのキタムラ » がデジカメのケーブルを豊富にとりそろえていて、しかも7時から開いているそうなので、はやめに宿を出て空港にむかうことにする。7時13分京成成田発。
 さいわい、« カメラのキタムラ » には、わたしのデジカメに適合するケーブルがあった。きのう « ノジマ » になかったことを話すと、サプライ品で、一般には出まわっていないとうかがった。たいへんありがたい。これで電池を気にせず、ばしばし写真がとれるようになった。さっそく1まい。

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 わたしの乗る飛行機は第1ターミナルからなので、連絡バスで第2ターミナルから第1ターミナルへ。

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 8時まえに大荷物をカウンターにあずけ、搭乗券をうけとる。チェックイン(席指定)はきのうインターネットですませてある。わたしは気がねなくトイレに行きたいので、断然「通路がわ派」だ。
 つぎに両替所にゆき、約800ユーロを手にする。ここで同僚の和田くん(学会での共同発表者でもある)と会い、以降行動をともにする。

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 セキュリティーチェックを通り、8時30分ころ出国審査を通る。あとは搭乗口のまえまでゆき、だらだらする。LO80便、Boeing787 (愛称 Dreamliner) で運用。搭乗開始が予定より15分くらい遅れ、出発も10分くらい遅れた。機内は8割くらいの着席率で、わたしの左は通路、右のとなりは空席だった。 これだけでもかなりらくだ。偶然、通路をへだてた左がわには和田くんがすわっている。

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 ポーランドのビールをのみながら1度めの機内食をたべる。とてもおいしい。

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 いつも、機内で映画をみることはほとんどないが、なんとなく気が向いて、「オレンジ」をみる。ねたばれをさけるためくわしくは書かないが、過去と未来が交錯し、せつなく、甘ずっぱい、分岐的時間(temps ramifié)のはなしだ。分岐的時間はわたしの研究テーマでもあるので、興味深い。不覚にも泣いてしまった。としをとって自分が不純になればなるほど、わかいひとたちの純粋さがまぶしい。
 映画がおわったあと、いくらかねむることができた。
 2度めの機内食もおいしい。

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 ワルシャワでののりかえは比較的スムースだったが、乗り継ぎ便が40分くらいおくれた。

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 Embraer 195 という、ブラジル製の飛行機。はじめて乗る機体だ。座席が横4列(廊下をはさんで2列ずつ)だけの細身の飛行機だ。それでもやはり、自分の座席は通路がわをとってある。

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 約2時間でパリ(ロワシー / シャルル・ド・ゴール空港)につく。着陸は19時ころだったが、駐機場についたのは19時15分くらい。ほとんど来たことのない第1ターミナルについた。

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 入国審査がなく、あずけ荷物を受けとったら、ただ出るだけだった。おかしいとおもったが、しばらく考えてわけがわかった。ポーランドはEU域内の移動を自由化したシェンゲン協定の空間内なので、ワルシャワについたときに、すでにフランスとも均質の空間内に入っていたわけだ。
 とはいえ、巨大なターミナルを移動して、出るだけでも時間がかかり、RERにのったのは20時30分くらい。
 これからでは夕食を食いっぱぐれるような気がしたので、RERの駅に隣接するカフェテリアでサラダ、サンドウィッチ、デザート、飲みものをテイクアウトする。
 いつも、RERからダンフェール=ロシュロー Denfert-Rochereau でメトロに乗り換えるようにしていたが、全便が北駅どまりになっていた。しかも地下におりず、北駅の地上ホームにつく。
 北駅のひとつてまえの駅がサッカースタジアムで、サッカー・ユーロカップのアイルランドとスコットランドの試合がおわったばかり。おびただしい両チームのサポーター(ニホンとちがってほぼ100%男性なのが、ジェンダー的にちがう)が怒涛のようにのりこんできて、立錐の余地もなくなる。

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 メトロをのりつぎ、22時前にホテルのもより駅につく。おどろいたことに、20時ころ閉まると記憶していたスーパーマーケットが、22時まで営業していた。フランスも変わってきている。
 22時ころホテルにつき、チェックインする。なつかしいことに、ちょうど10年まえの2006年6月のパリ出張のときとおなじ部屋をあてがわれた。

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 現在ブザンソンに住んでおられ、カーンでのわれわれの発表をききにきてくださるという博士後期の大学院生「えるたそ~」さんもすでに着いていることをレセプションで確認して、館内電話をかけ、ひさしぶりに声をきく(「えるたそ~」とは、『氷菓』の千反田えるさんに似ていることからつけたコードネームだ。外見だけでなく、世間ばなれした性格も似ている、、、って、「おまえもたいがい世間ばなれしているだろう」と言われそうだが)。
 15分後に約束して和田くんと「えるたそ~」さんと会い、インターネットで情報収集しながら明日のゼネストの対策を話しあう。さいわい明日は鉄道が完全に止まることはないようで、Intercités の運転は10本に6本くらいだという。予定の便が間引かれても次のにのればよいので、おそらくなんとかカーンまで移動できそうだ。「えるたそ~」さんとは、彼女が留学に出発した3月下旬以来3か月ぶりの再会。元気そうで、よろこばしい。23時30分ころ解散。シャワーをあび、24時ころ就寝。

 6月14日(火)
 時差ぼけのせいか、5時ころに目ざめる。しかしこれでも寝られたほうだろう。
 テレヴィのニュースによると、昨日、パリ郊外西方のマニャンヴィル Magnanville で警官夫妻が刺殺され、ダエシュ Daesh(ニホンでいう「イスラム国」)が犯行声明を出したという。容疑者は25歳のフランス人男性。

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 ところで、このニュースで出てきた、刃物を意味する arme blanche(字義的には「白い武器」)というフランス語が気になった。arme feu「火器」と対比されるため、ニホン語では「白刀」や「冷兵器」と訳することがある。そして、「白兵戦」の「白」も、arme blanche の blanche からきているという説があるようだ。「白兵」とは白刀をもちいる兵士のことであり、武器のことではないが、武器からそれをもつひとへと、「白」の適用対象がメトニミー的に移行したと思われる。
 10時ころにホテルをチェックアウトして、サン=ラザール駅にむかう。駅員に質問した結果、われわれの乗る Interciité (シェルブール Cherbourg ゆき) は間引き運転の影響をうけず、通常どおりに運行されることを知る。たいへんよろこばしい。

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 万一のために1時間以上余裕をみてきていたので、和田くんと「えるたそ~」さんといっしょに、駅のそとのブラッスリーにゆき、Kronenbourg の生ビールで乾杯する。

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 12時10分にサン=ラザール駅を出た列車はすべるように走り、定刻14時にカーンにつく。路面電車にのり、Copernic へ。

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 路面電車の軌条は車体の横はばの中央に1本しかない。案内軌条なのだろう。車輪はタイヤをはいている。案内軌条は外がわにはないので、札幌地下鉄や、パリ地下鉄4号線のタイヤ車ともちがう。とちゅうに急坂があるので、タイヤで摩擦を強くすることにより、坂をすべらずにのぼるようにしているのだろう。城砦をすぎると、Université, CROUS, Calvaire St.-Pierre, Copernic と、4駅にわたって、ずっと大学のキャンパスのなかをぬうようにして走る。巨大なキャンパスだ。これをみておもったのだが、つくばにも、つくば駅から北は一の矢まで、南は並木あたりまで、路面電車を走らせればどれほどいいだろう。
 Copernic からすこしあるいて、ホテルにつく。ずいぶん高いところまでのぼってきたような気がするが、かもめがとんでいる。

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 和田くんと発表のリハーサルをし、17時30分ころまで細部を再検討する。
 18時ころに出て、徒歩で大学に向かい、会場のおおよその位置を確認する。とちゅうに急坂があり、比較的ゆるやかな傾斜の道は路面電車専用になっている。しかたなく、けもの道の斜面をおりようとするが、あぶないようだった。きょうのかえり道からは路面電車にのることにする。

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 カーン大学のキャンパスは広大で、筑波大学のようだ。ホテルのすぐわきもすでに大学の敷地なのだが、学会会場までは路面電車で4駅も行かなければならない。
 サン=ピエール教会(列をなしてつきだしたり、窓わくのまわりにいたりする、動物の装飾がおもしろい。魔よけのようなものか?)にほどちかいレストランにはいる。

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 和田くんと「えるたそ~」さんは名物の臓物 tripes à la mode をたべる。わたしは牛のほほ肉のワイン煮。ロワールの赤ワインを横におく。

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 無事来られたことを祝し、明日の発表の成功をいのって乾杯する。

 6月15日(水)

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 学会初日。予定どおり会場にゆき、資料などをうけとる。

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 冒頭の招待講演は Martin Haspalmath 氏で、形式の複雑さ(長さ)と使用頻度の相関のはなし。いわゆる類像性 iconicité による説明よりも、予言可能性 predictabilité による説明のほうがよいとする。
 午前のセッションではいくつかおもしろい発表をきいた。スペイン語の単純未来形にはフランス語の同形にはない推量用法のほか、譲歩用法があるという話、べつの発表ではさらに意外性 mirativité をもあらわすとする説、イタリア語の半過去形が物語の要約やあらすじであらわれやすいという話、など。
 学食での昼食(会費にふくまれる)はワインつきの豪華なものだった。

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 午後、われわれの発表は、ハンドアウトをくばる時間を発表時間に算入されてしまったらしく、不当に早く終了させられたので、和田くんはやや不満そうだったが、わたしは正直、ともかく出番がおわっただけでもほっとした。消化不良にもかかわらず、質問は意外と好意的だった。
 午後の発表でおもしろいとおもったのは、スペイン語の venir a + 不定法と llegar a +不定法の相違に関する発表、さらにそれらを証拠性マーカーとして考える可能性についての発表だった。
 1日のプログラムがおわったあと、Caenのまちなかをあるきまわる。きのうはおそくて入れなかった大聖堂にはいる。

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 大聖堂は2次大戦でかなり破壊され、戦後修復されたそうだ。大聖堂でさえそうなので、まちなかはすっかり瓦礫になったところから再建されたものだろう。アメリカの対イラク戦争のときにはやりことばになり、映画の題名にもなった、"collateral damage" (側面的被害) は、じつはノルマンディー上陸作戦のときにいわれた用語であって、ノルマンディーでは、当時の敵国ドイツに破壊された被害よりも、上陸作戦のときにアメリカに破壊された被害のほうが大きかったが、友軍だからあまり文句をいえなかった、という話をよくきく。

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 城砦にものぼってみた。カーンの城砦は、フランス史にその名をとどろかせるノルマンディー公ギヨーム (Guillaume de Normandie)、いわゆる征服王ギヨーム (Guillaume le Conquérant) による築城だ。

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 ノルマンディーの紋章の旗のライオンが、「やあ!」を手をあげているようで、なかなか comique だ。

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 のどがかわいたので、ヨットハーバーにほどちかいブラッスリーでビールをのむ。

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 « Galettoire » という店にはいり、シードルをのみながら、もうひとつのノルマンディー名物、ガレット(そば粉のクレープ)を夕食にたべる。わたしがえらんだのは、la océane と名づけられた、まぐろ、トマト、卵などをいれて焼いたもので、とても香ばしくて、おいしい。シードルもとてもおいしい。

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 意外とおなかにたまったので、デザートをとばして、コーヒーだけ所望したが、なんとサーヴィスでガレットにチョコレートをかけたデザートをつけてくれた。

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 ニホンより緯度がたかく、夏至がちかく、しかも夏時間で拍車をかけているので、たいへん夕暮れがおそく、ホテルにもどった22時30分ころになってようやく薄暗くなってきた。
 メールをひらくと、昨年度の業績評価をおこなう準備段階として、研究者情報をTRIOSというシステムで20日までに更新せよというリマインダーがおくられてきていたので、あわてて入力する。以前はこのことを意識していて、フランスへの出発まえにすませるつもりだったが、エールフランスのストの可能性をひかえて飛行機のきっぷを買いなおすなどの対応に奔走するうちに、パニックになってしまい、(手帖に書いていてもなお!)すっかりふきとんでしまっていたのだ。あぶない。

 6月16日(木)
 学会2日め。8時30分にホテルをでて、朝いちばんからいそいそと参加する。

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 まずは Laurent Gosselin 氏の招待講演。La modalité en français という500ページの大著をあらわしておられ、それと関係の深いはなし。たいへん細かくモダリティを分類するなあ、と思っていたが、いちいち言語的なふるまいのテストを用意しているので、根拠があるということがわかった。たとえば、評価的モダリティ appréciatif(のぞましい désirable / のぞましくない indésirable)と、価値論的モダリティ axiologique (賞讃すべき louiable / 非難すべき blamable) とはことなる。後者には判断そのものを再度同一の評価の対象にできるという再帰性がある。つまり、Il est blânmable de voler (盗むことは非難すべきことだ) から Il est louable de considérer qu'il est blânmable de voler (盗むことは非難すべきことだ、と考えることは賞讃すべきことだ) となる。ところが、評価的なたぐいの agréable (快適だ) については、Il est désagréable d'avoir les pieds mouillés (足を濡らしているのは不快だ) から、*Il est agréable de considérer qu'il est désagréable d'avoir les pieds mouillés (足を濡らしているのは不快だ、と考えることは快適だ) は作れない、など。
 そのほかに興味をもった発表は、ポルトガル語のir+不定法が、全体として近接未来をあらわすにもかかわらず、フランス語やスペイン語とちがって、irをさらに単純未来におくこともできるということ、ラテン語の迂言形 eo+spinum が、貶損的な意味になるということ(aller+不定法が「異常なふるまい」をあらわしうる、という点に似ているのではなかろうか)、など。
 豪華な昼食はきのうと同様。

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 昼休みが14時までと長いので、午後からバイユーに行ってくるという「えるたそ~」さんを駅まで見送る。
 カーン駅には、自由に弾いてよいピアノがおいてある。

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 そういえば、パリのサン=ラザール駅にもおなじものがあった。

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 夕方、ホテルにもどると、筑波から至急の書類の依頼が来ていたので、いそいで返信する。メールの時代、どこにでもしごとが追いかけてくる。
 夕食のとき、和田くん、「えるたそ~」さんと3人で、直感的においしそうな « Le clou de Giroffe » に入ろうとしていたら、すれちがいに地元のひとが、「ここいいよ!」といってくれたので、さらに確信をもって入る。
 ここはとてもおいしいだけでなく、内装や家具、食器に統一的に赤をさし色のように使っているなど、洗練されている。

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 6月17日(金)
 学会3日め。ニホンを出てからずっと、睡眠不足がつづいていたので、朝はゆっくり寝て、最初のセッションには出ないことにする。
 9時半にホテルを出て、2番めのセッションから出席する。
 スペイン語の再帰動詞にかんする発表をふたつと、ルーマニア語の綜合的ならびに迂言的時制、英語の be+形容詞/分詞+to にかんする発表をきく。
 休み時間、話しかけてくださった方といっしょに、大学内のカフェにいく。

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 昼食でまた、ボルドーの赤ワインをのむ。

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 午後は英語の think、ノルウェー語の tenke、スウェーデン語の tänka の構文的意味の対照研究、英語の主語倒置とアスペクトの関係について、そして、ラテン語の副詞 nunc の意味にかんする発表をきく。
 きのうにつづいてラテン語に関する発表をなさったのはジョゼフ・ダルベラさん(しかしこの学会、1人で2件発表もしてよかったのか!?)。ちょうどダルベラさんが話しおわったあとが休憩時間だったので話しかけ、昨日の移動動詞の文法化に関する発表がたいへん参考になったと申し上げ、メールアドレスを交換していただいた。
 休憩のあとはふたつのセッションがあったが、因果性認知に関する心理実験の発表のみきき、会場をあとにする。
 最後にあるはずだった、法助動詞研究の有名人、Papafragou 氏の招待講演は、ご病気のためキャンセルされた。
 次回(2018年)のChronosは、スイスのヌーシャテル Neuchâtel で開催されるそうだ。都合さえつけばまた来たいものだ。

 和田くんとホテルで18時30分にまちあわせ、中心街に買い物に出かける。今夜は酒と食材を買い、ホテルで部屋飲みのつもりだ。

 夜、ニュースをみていたら、24日から27日にかけてもエールフランスがまたストをかまえて交渉中であることがわかった。
 これでは往路のみならず、復路もストの直撃をうけかねないところだった。やはり、ポーランド航空にかえてよかった。
 
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 和田くんと19時30分ころから乾杯する。
 ベルギーの白ビールはたいへんあっさりしていて、さわやかなおいしさだ。
 きょうは「えるたそ~」さんはルーアンに行っているので、かえりがややおそい。もし暗い時間になりそうなら(といっても、高緯度の夏至近くに夏時間で拍車をかけ、22時30分ころまで明るいが)電停までむかえに行く、とメールを送っておいたが、しばらく返事がなくて、20時30分ころ、「列車のなかで寝ていた。もうすぐカーンにつく」と返信があり、安堵する。
 21時30分ころから「えるたそ~」さんも合流。24時ころまで飲みつづける。
 「えるたそ~」さんがルーアンで買ってきてくださった、ポモー Pommeau というカルヴァドスベースのお酒もいただいた。かおりがよく、とてもおいしい。
 
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 6月18日(土)
 朝9時30分から、和田くんと「えるたそ~」さんはカーン市内の修道院をみにゆくとのことだったが、わたしはまだ大荷物もかたづけていなかったので、失礼してホテルにのこる。
 11時30分ころにホテルをチェックアウトする。
 正午ころに和田くんたちがもどってきて、いっしょにホテルをでて、国鉄駅にむかう。和田くんはきょうはシェルブールに行ってくるという。
 14時7分のパリゆきにのる。「えるたそ~」さんは、べつのときに切符をとったので、ざんねんながらべつの車両だ。
 16時15分、定刻にパリにつく。プラットフォームで「えるたそ~」さんとおちあうと、なんと、偶然彼女のとなりの席に座ったのが、おなじ Chronos に来ておられたアントウェルペン大学のパトリック・ダンダル氏だったという。ダンダル氏は「えるたそ~」さんと研究テーマがちかく、研究の助言までしてもらったという。やはりなにか、独特の幸運をもっておられるようですね、と彼女に申しあげた瞬間、こんどはわれわれの前をカーン大学のピエール・ラリヴェ氏(準備段階からたいへんお世話になった)がとおりすぎ、挨拶をした。たいへんな偶然だ。やはり、「えるたそ~」さんには mythique ななにかがある、と確信した。
 地下鉄で Porte d'Orléans にゆき、ホテルに荷物をおく。Porte d'Orléans には、かつてはなかった路面電車が走っている。おおよそ、むかし Petite Ceinture といわれていた周回路線だ。ということは、おおむかしにあった路面電車を復活させたということもできるが。

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 こんどのホテルは明日、わたしがオルリー空港からフランス国内線の飛行機にのる都合で、パリの南端にとったものだが、「えるたそ~」さんもこんな不便な、殺風景なホテルにごいっしょいただくことになり、たいへん申し訳ない(じつは、カーンから帰るときは、「えるたそ~」さんはブザンソンに直行なさるだろうと予想していたので、初日とちがい、わたしの都合だけでホテルをきめてしまっていたのだ)。

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 大荷物をおいて、ふたたび地下鉄にのり、サン=ミシェル Saint-Michel にゆく。サン=ミシェルの泉は、むかしもいまも、まちあわせ場所の定番だ。大道芸人もいる。

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 Gibert Jeune の言語学書専門店と、文房具店をみる。しかし、きょう本を買い込むと重くなるので、見当をつけただけ。

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 サン・ミシェル大通りをリュクサンブールにむかってのぼるように「えるたそ~」さんといっしょにあるいていると、上から、サン=ラザール駅でも偶然あったピエール・ラリヴェさんがあるいてきて、2度びっくり。ラリヴェさんも驚嘆のあまり、くわえていたたばこをとりおとしそうになっていた。
 にわか雨がふってきたので、パンテオンにむかってのぼってゆく、ひろびりとしたスフロ通り Rue Soufflot の軒下でしばらく雨宿り。
 いくらか降りかたが落ちついたところでふたたびあるきだし、サン=ジャック通り Rue Saint-Jacuqes の中華料理店 « 金鳳城酒家 » にはいる。この店は、1997年から99年までの留学中によく来た店だ。ほんとうはこの近所にあった « 天下楽園 »が好きだったが、ざんねんながらなくなってしまった。(よけいなことだが、 « 天下楽園 » のフランス語店名が Empire célestre だった。「天下」と célestre では正反対なのに、全体としてはつりあいがとれているのが不思議だ)
 烏賊と野菜の黒酢炒めのアントレと、鶏肉のタイ風炒めもののメインをたべる。チャーハンもついてくる。デザートにライチをたべた。

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 ホテルにもどり、明日はわたしは飛行機にのるため朝はやくに発つので、「えるたそ~」さんからのお見送りのご提案を辞退し、明日の夜に留学先のブザンソンにもどられる彼女に、またしばしの別れを申し上げる。握手をしたら、3月に彼女がニホンを発たれるときにおなじように握手したときにはつめたかった彼女の手が、いまはあたたかかった。フランスで生活しているうちに冷え性がなおってきたという。フランス生活はそんなに thérapeutique なのか。これからもお元気で、たのしく、みのりおおい留学にしていただきたいと切に念ずる。

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 19日(日)から翌週にかけて、調査のためフランス国内でべつのところにゆく。
 しかし、これからパリにもどってくるまでのことについては、調査の成果が形になってから、その一部をべつの媒体で公表することになるので、ここには書くことができない。旅日記はいったん中断。

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 6月23日(木)
 パリにもどる飛行機は、ストの影響で1時間ちかくおくれた。20時50分ころオルリー着。
 オルリー空港は工事中のところがおおく、仮の誘導どおりに歩いてゆくと大荷物の受け取り場所を素通りして、いきなり外に出てしまった。ガラス張りの大荷物受け取り場所をみながら、« Mais comment passer à... ? » (でも、どうやってあっちに行くのよ) とたずねている女のひとがいた。もっともな疑問だ。しかたなく、あずけ荷物の受け取り場所から出るだけの設定のはずのゲートを、みんなが逆流しはじめた。わたしも逆流するしかない。逆流を告げる警報音がなりつづけている。これもフランス的か。
 逆流したおかげでどうにか大荷物をうけとり、Orlyval、RER、メトロ4号線をのりついで Porte d'Orléans まできたら22時30分くらいだった。かろうじてあいていた小規模食料品店(épicier という単語は以前ほど聞かなくなった気がする)でビールとつまみを買い、18日とおなじホテルへ。ただし、今回の全旅程ではじめて、ツインの部屋をあてがわれた。ひとりでツインにとまるのは、かえってさみしい。

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 パソコンをひらき、インターネットでポーランド航空のチェックインをする。窓側の座席がデフォルトになっていたので、これをあえて通路側へ変更。

 6月24日(金)
 出発まえ、ニホンとフランスのあいだの往復をポーランド航空の航空券に買いかえたことで、当初の予定から変更し、1日はやく帰途につくことになる(ポーランド航空はニホンには週3往復しか飛んでいないため)。
 7時ころにホテルを出て、ロワシーの空港にむかう。
 そういえば、きのうオルリーからもどるとき気づいたことだが、RERの北行きは、初日に乗った南行きとちがって、北駅での乗りかえなしで北方の終点のロワシーまで直通運転している。
 8時20分ころ第1ターミナル(Roissyvalというシャトルにのるので、駅からさらに移動が必要だ)にはいる。
 大荷物をあずけるポーランド航空のカウンターは、ルフトハンザとスイス航空の、いずれも派手で列数の多いカウンターにはさまれて、まったく目立たなかった。

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 機械の調子がわるいらしく、受けつけがなかなかはじまらなかったが、ポーランド航空の乗客はすくないので、ゆっくり対応しているにもかかわらず、もっとも多くの乗客をさばくエールフランスのカウンターよりは結局ずっとはやい。
 長い管のような動く歩道には、だれもいない。はやく来すぎたのだろうか。

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 9時10分にはセキュリティーチェックもおわって搭乗口の直前まできた。これも第2ターミナルにくらべるとずっとはやい。
 朝食をとる習慣はないのだが、ユーロの小銭をなるべく使いきるため、搭乗口ちかくのカフェで、チョコレートパンとクロワッサンをたべ、コーヒーをのむ。
 空港のWifiにつないでメールをひらいたら、九州大学の山村先生から科研費共同研究の次回の打ち合わせについてメールがきていたので、ご報告をかねて返信をおくる。

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 ほぼ定刻に搭乗、定刻に出発し、ワルシャワにむかう。12時55分、定刻にワルシャワに到着。すぐ近くの Departures の表示には、成田行きがみつからない。係員にたずねると、大きな番号の搭乗口(25~45)はシェンゲン協定領域内の行き先ばかりで、パスポートコントロールを通ったむこうの1~24の搭乗口がシェンゲン協定領域外行きだという。1~45まではまっすぐ1列にならんでいて、いまは45にいるので、たいへん遠く、歩いて10分くらいかかるという(初日、往路でもちょうど逆の経路を経験したはずだが、不思議とあまりおぼえていない)。あわてて小走りでパスポートコントロールにむかう。

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 EUからの出国の印を捺してもらってゲートを通過すると、目の前が搭乗口だった。つまり、往路とちがって、シェンゲン協定領域から出る乗りかえについてはセキュリティーチェックがないのだ。おそらく、協定領域内ではチェックの内容が共通だからだろうと推測する。13時20分ころ搭乗口につく。結局、これまで経験したなかで最速の乗りかえかもしれない。

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 往路とちがって、成田への飛行機は混んでいた。ニホンの団体旅行のグループが2つ乗り込んでいるからだと気づく。しかし幸い、わたしの左どなりの席はかずすくない空席のひとつだった(右がわは廊下)。
 定刻15時20分に出発した。

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 シベリアではずっと、白夜の境界線近くをとびつづける。

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 往路ほど食事が充実していなかったが、味はけっこうおいしかった。

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 6月25日(土)

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 定刻8時55分に成田に到着。
 ポーランド航空は、直行便に近い航路で乗り換えでの時間ロスがすくなく、しかも時間も比較的正確なので、今後も利用したいと思う。しかも、ワルシャワでEUに入ることから、パリでの入出国の長蛇の行列を回避できることもまことにありがたい。また、今回のエールフランスの一連のスト騒動にはこりごりだ。
 9時20分ころにあずけ荷物をうけとり、ただちに税関を通る。
 12時30分ころに帰宅。こどもたちが(わたしが出けかるときはクールだった息子も)そろって熱烈に迎えてくれた。家族といっしょにひさしぶりに昼食をとり、ほっとした。
 いろいろあったが、今回もみのりおおい出張になった。