日 録

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 また立ちかへる水無月の
 なげきをたれに語るべき
 沙羅のみづ枝に花咲けば
 かなしき人の目ぞ見ゆる(芥川龍之介)


 6月になりました。大きな病気や怪我の経験が6月に集中しているなど、どういうわけか、わたしにとっては要注意の月です。万事慎重にいきたいと思います。

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 きのうからきょうにかけて、耐震工事のため研究室を立ち退く引っ越しの準備を一気にすすめる目的で、つくばに泊まりました。

 きのう、不要物のかたづけからはじめ、不要な書類の破棄(機密のものは溶解処理に出す)、不要な什器・機器の廃棄、をしたあと、荷づくりにはいりました。
 いちばんの大物である2連結の本棚、そして2番手のキャビネットとそのとなりのロッカーあたりをきのうかたづけ、きょうは机の前の、辞書などをおいている棚、そして机の引き出しやそのまわりにあるものをかたづけました。

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 おかげさまで、箱づめは9割がた終わりました。ひとつまえ(5月27日づけ)の記事にある研究室内の写真とくらべると、大きな変化がわかるものと思います。
 後日、直前までつかうものを箱づめすることと、行先別(倉庫ゆきと代替スペースゆき)のラベルをはりつけ、荷物番号や名前を書くことが残っています。

 しかし、これがあるからといって授業や会議を休んでよいわけではないので、つらいところです。きょうは会議日で、人文社会科学研究科の広報委員会などがありました。

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 ところで、「反知性主義」というのが最近のキーワードになっているようで、買ったままだった『現代思想』の2月号をとりだしてきた。
 内田樹氏が編まれた最近の共著書も「反知性主義」を題名にふくんでいたと記憶しているが、ざんねんながら研究室の引っ越しの荷づくりで封入してしまった。
 最近の意味でいう「反知性主義」は、外国人排斥や、ある種のポピュリズムをさすようだ(わたしにとっては、これからしておどろきだ)。端的な例としては、いまの総理大臣が、戦後レジームの転換を旗印にしていながら、戦後体制の出発点になったポツダム宣言を知らない(国会では「その部分をつまびらかに読んでいない」と答弁していたが、ポツダム宣言はわずか13条で、印刷すれば1枚の紙におさまるくらいなので、それを「つまびらかに読んでいない」というのは、とりもなおさず「読んでいない」ことになる)とか、改憲をめざしているにもかかわらず、憲法学の泰斗である芦部信喜を知らなかった、といったことがあげられる。

 しかし、わたしにとっては、「反知性主義」といってまっさきに思いうかぶのは、アミエル、ルコント・ド・リール、ヴィニー、アナトール・フランスといった反合理主義者たちだ。アナトール・フランスは『エピクロスの園』で、「科学的発明や工業的発明が続々とあらわれてくると、きみは底が知れないといって恐怖をいだいた。しかしもっとも単純な思想も、もっとも本能的な行為も、その結果にはやはり多くのはかり知れないものがある」といっている。
 ジョルジュ・パラントはこのようなひとたちを「理性の敵」(ennemi de la raison)とよんでいる。「理性の敵」といっても、わるい意味ではなく、パラントはこのことばを好意的につかっている。古代ギリシアの懐疑主義者(sceptique、あるいは misologue)も、パラントにとっては「理性の敵」であり、文学上のロマン主義やペシミスムの系譜へとつらなってゆくものとしている。

 感性を、理性や知性より上位におこうとすることは、こんにちの意味でいう「反知性主義」と共通しているのかもしれない。しかし、こんにちの「反知性主義」は、感性をいわばメタ理論のような位置におくことによって理性や知性をみちびこうとすることではなく、はなから知性には目をむけずに、積極的に無知蒙昧であろうとしているところが違うのではなかろうか。ある「旧大陸」のひとが、「新大陸」のひとたちに関して、インフォーマルな発言として「あいつらには文化がないのではない、文化が嫌いなんだ」といっていたことがあるが、そこでいう「文化が嫌い」と同質かもしれない。

 このあと、「イデオロギーの終焉」という、まったくおかしな概念について書こうとおもっていたが、つかれたのできょうは打ち止め。