日 録

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 http://brock.scholarsportal.info/journals/voixplurielles/issue/view/74

 一昨年フランスのアンジェ(Angers)で発表してきた学会の論文集が、ウェブ版雑誌 Voix plurielles の12巻1号の一部分として発刊され、わたしの論文も上記URLに出ているもくじの207~224ページに載ったのですが、それをよろこんだのもつかの間、よくみると、216ページの表の書式がくずれ、めちゃくちゃになってしまっていました(とちゅうで校正はさせてもらえず、任せざるをえませんでした)。



 上の画像(2回クリックで拡大)はどこが悪いかを編者に説明するためにフランス語でつくったものです。
 これではどうせ粗い編集だろうから、ほかにも問題はないか、この週末のあいだ全体にわたって蚤取り眼で見ていました。あんのじょう、ほかにもいくつか問題がありました。
 きょうのうちに編者に抗議のメールをだして、訂正・さしかえを要求しようと思います。一方的にこうむった迷惑で、まことに面倒なことです。

 校正もさせない、表の点検もしないで論文を公にするとは、日本では考えられない仕事の粗さです!
 ...と、このようなことをくちにすると、三十数年前、高校生のころに読んだ遠藤周作の随筆に、「少しばかりの国際的体験を経て国粋主義者になるやつはバカだ」という趣旨のことが書かれていたことを思い出し、忸怩たるものがあります。
 しかし、ポジティヴな人間なら、こういうとき、怒りとともにやる気が出て、びしびしとかたづけ、「これだから外国との仕事はやりがいがあるなあ」などと思うのでしょうか。わたしはとてもそんな気になれず、気もちが萎えてしまうほうです。
 だいたい、この件は、担当者がきちんと仕事をしてさえいれば、こちらはまったく何もしなくてよかったことですから、なにをしても徒労感があります。

 [5月13日(水)追記] 日曜に送ったメールの返信がきょう、かえってきて、ウェブ上の論文PDFをさしかえてくれることになりました。
 「あれだけ粗い編集をするのだから、木で鼻をくくったような対応をされるおそれも皆無ではない」と心配して、ひそかに再反論のシミュレーションまでしていたのですが、それは不要におわり、安堵しております。
 「異文化コミュニケーション」のお題目をなんべんとなえるよりも、このように、実際に起きたトラブルの処理をひとつでもすることが本当に学べる機会でしょうね。もちろん、すすんでトラブルのなかに身を投じたくはありませんが(笑)。