日 録

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 拙宅では、白水仙が満開に咲いた。
 例年、3月中旬には咲いていたので、ことしは遅いようだ。
 ただし、ここ3年ほど連続して遅いので、ひょっとすると新たな標準になりつつあるのかもしれない。

 黄水仙は例年白水仙よりおそく、4月に咲くので、まだつぼみもかたい。

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 きょうは晴れたが、はだざむい。
 息子の小学校の卒業式だったので、朝8時40分から小学校に行ってきた。
 中学校の制服がブレザー型のもので、卒業式にふさわしいということで、それをはじめて着て卒業式にのぞんだ。
 息子は緊張したようすだったが、ともだちといっしょに、たのしくすごしていたようだ。
 卒業式は式典そのものが2時間半くらいかかった。歌がたいへん多く、さながら長編ミュージカルのようだった。
 わたしはセレモニーのたぐいはたいそうにが手で、簡素におわるのがいちばん、と思っていたが、「見えない翼」「旅立ちの日に」をつづけて卒業生がうたうと、不覚にも涙腺がゆるんだ。
 とくに「見えない翼」は、ひとり立ちできそうで、それでいてこころもとないような、ぎりぎりのころのこどもたちと重なりあうようだった。
 式典がおわったあと、在校生が校庭にアーチをかけておくりだし。すっかりおわると、12時15分ころになっていた。

 昨春、娘が幼稚園を出て小学校にはいったときにも、もちろん基調としてはうれしかったが、その一方で、幼年時代を足ばやにかけぬけてしまい、制度に組みこまれてゆくことがすこしさみしいような気がした。
 今春、息子が小学校を出て中学校にはいることについても、度合いはちがっていても、こどもとしての日々を終わらせ、おとなの似すがたを要求されるようになることに対するさみしさがある。
 また、若干の不安もある。一般に、男の子はとしのわりにおさないというが、息子はとくにおさなく、いまでも妻やわたしに子犬のように甘えることがあるほどだ。
 ますます生きづらくなってゆくであろう今後の社会で、この純真な子はどうやって生きてゆくのだろうか、などという心配をする。
 しかし、わたしもどちらかというと、おくてなタイプだったので、この心配は多かれすくなかれわたしの両親がわたしに対していだいた心配でもあっただろう。
 わたしはたまたま、偶然の幸運にめぐまれたらしく、社会的巧緻性の欠落にもかかわらず、まがりなりにもたのしく、研究者として身を立てることができている。ありがたいことだ。
 これから、社会はますます格差が拡大し、予期せぬ危険もふえつづけ、こどもたちのあゆむ人生はますます確率化してゆくだろう。そのとき、一定の対処さえしていれば生きてゆけるというような、つごうのよい方途はほとんどないような気がする。
 それなので、こどもたちには、わたし以上の幸運にめぐまれるよう、いのるような気もちにならざるを得ない。
 はなはだプリミティヴなことを書いているようだが、これはおおよそ、あらゆる親がほとんど動物的な本能によって思うことだろう。
 おめでとう。そして、これからも元気で、ちからづよくあゆんでほしい。