日 録

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 くもりときどき晴れ。蒸し暑い。

 午前中はこどもたちの小学校の授業参観。
 6年生の息子のクラスと、1年生の娘のクラスを往来する。
 6年生ともなると、授業内では教科教育に集中できる感じだが(じっさい、教科によっては習熟度別クラス編成だ)、1年生のクラスは、まず内容に関心をもたせないといけないので、たいへんそうだ。
 しかし、娘の担任の先生は幼稚園の教職免許ももっておられるとのことで、ちいさなこどもたちへの慈愛に満ちており、そのおかげか、授業にとりくませるのがとてもうまく、称讃の気もちをいだいた。
 (このうように書くと、職業的関心から先生がたや授業だけをみているのではないかといわれそうだが、もちろん、こどもたちのようすもよくみてきたつもりだ。そして、おおむね安心してかえってきた)

 午後はフランス語学会の例会があるので、小学校からもどってきたら、かばんの中身を入れかえ、早稲田に向かう。
 いつもは例会のまえに、同日開催の東京フランス語学研究会があるのだが、きょうは発表予定者が急病のため中止された。それも意識しておそめに出たはずだが、かなり時間があまった。
 馬場下交叉点にほどちかいカフェで、昼食にサンドウィッチをたべる。

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 例会ではまず、東北大学大学院生の新田直穂彦さんがおもに ajouter、donner と共起する代名詞 lui/leur と y の相違についての発表。
 もりだくさんの発表だったが、とくに興味をもったのは、ajouter にともなう y の場合、「場所」解釈が重要で、つぎのような文では ajouter する先を場所扱いしているということだ。

 Cuire à la poêle et y [*lui] ajouter en dernier lieu deux cuillerées de crème fraîche et vingt-cinq gramme de beurre. (新田さんのハンドアウトより)

 これについては、料理文では調理の過程をへて指示対象が変化する、いわゆる「推移的指示対象 référent évolutif」なので、代名詞の先行詞を la viande などに固定せずに、ゆるやかにさししめすことのできる「場所扱いの y」が好まれるのではないか、とわたしは思う。

 青山学院大学の France Dhorne 先生の発表。これをめあてに来られたかたがたが多かったようで、会は盛況だった。
 最近、RATPのバスの電光掲示に出る≪Je monte, je valide≫というスローガンと、それに類する文について。
 パリ市役所がかかげる、おもしろい実例がみられたので、スライドを撮影させていただいた。

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 これらのスローガンに出てくる je とはだれか。あるいは、だれが je と「言っている」のか。
 Dhorne 先生は、1人称単数が単独で(対話者なしに)あらわれていることから、いっさいの対立が排除され、問題のスローガンが、従うしかない命題としてたちあらわれるようになる、というようなお考えだった。
 ちなみに、この問題については、泉邦寿先生が「一人称のトリック的用法について」( http://web.keio.jp/~kida/hommage_kawaguchi.pdf )でとなえておられる説、すなわち、わたしの理解でまとめると、文字でのみ提示される je にはじまる文を読まされる側は、これをいわば「となえさせられる」ので、あたかも je promets... にはじまる遂行文 performatif を発したかのように、擬似的に約束、ないし宣誓の言語行為を果たす(ようにしむけられる)、という説明にわたしは納得している。

 例会には、2月11日の≪日録≫で言及させていただいた小川博仁さんが遠方からいらしてくださっていたので、おわったあと、高田馬場までもどるとちゅうの、西早稲田のカフェでしばらく話してから帰途につく。たいへんたのしい思いをした。