日 録

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4月9日(水)
 会議のため出勤。合い間に、たまっていた雑務を(すべてではないが)かたづける。

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 わたしは大学院在籍の5年間、日本育英会の奨学金を受給していた。受給とはいっても、有り体は借金だ。当時の制度では、教員をはじめとする「免除職」につけば、勤続15年で奨学金の返済が全額免除(15年に満たないときは比例計算で免除)されるということになっていた。
 2000年に大学の専任教員(免除職のうちのひとつ)になって、そのむねをとどけ出てからは、2年に1度、4月に「免除職在職届」という書類がとどいて、職場の在職証明をもらって送り返していたが、ことしはとどかないので、日本学生支援機構に電話で問いあわせてみた。
 わたしは現在、免除職への就職以来14年経過したところだが、来年15年で全額免除なので、その前年にかぎっては、「2年に1度」というペースをくずして、在職届を省くということがわかり、ほっとした。しかし、そのことをあらかじめ知らされているわけではないので、「忘れられたか?」と思ったものだ。
 問い合わせたことで、あらためて来年が「全額返済免除」の年だと意識した。「返済免除」というのはいかにも正式の、生活感覚のない用語だが、率直な感覚をともなって言いなおすと、どうみても、「お礼奉公の年季明け」だ(笑)。

 かつての日本育英会は、上記のように、まがりなりにも就学期の若者を経済的にたすけ、かつ教職について次世代を支援する立場になることを奨励する制度でもあったが、いまでは独立行政法人化され、日本学生支援機構になったことで、ずいぶん性質が変わった。
 まず「免除職」という一般的規定がなくなり、返済免除が、学会での受賞歴があるなど、とくにすぐれた業績をあげたものに対する表彰的な意味合いを帯びることとなった。このことの理由づけは、「学修へのインセンティヴ」ということだが、そのうらで、圧倒的多数の奨学生にとっては、奨学金が「純然たる借金」となり、卒業(修了)後、確実に負担としてのしかかってくると感じられるようになった。
 もちろん、「免除職」時代も、あくまでも「貸与」だったので、「借金」にはちがいなかったが、それをとりまく条件がまったくちがっていた。じっさい、いまでは「純然たる借金」の本質をむきだしにするかのように、ワーキングプアーにあえぐ返済滞納者からの債権も容赦なく回収会社にまわし、個人信用情報のブラックリストに登録する。延滞金は年10%とあって、もはや「官製学生ローン」というほかない。
 そのようなことから、いまでは、大学院生でも、日本学生支援機構の奨学金に危険を感じ、申請を避けるひとが格段に多くなった。それが賢明だと思う。ただでさえ先行き不透明なのに、官製学生ローンを借りてしまったら、不透明性にレヴァレッジをかけるようなものだから。

 しかし、本当の問題は、独立行政法人化して体質がかわったことではない。むかしもいまも、給付型の学生支援が欠如していることが問題だ。
 OECD加盟の30か国で、「給付型の学生支援がなく、かつ大学の学費が無料化されてもいない」というふたつの悪条件をかねそなえるのは、ニホンだけだ。
 このようにして、次代をになうはずの若者を苦しめつづけていると、やがてはニホン全体の衰亡をまねくことは、火をみるより明らかだ。むしろ、もう手おくれかもしれない。

 [後日追記] 2015年5月29日づけで特別免除通知をうけとった。下記記事を参照。
 http://palantien.blog137.fc2.com/blog-entry-304.html

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 しごとがおわったあと、親しい大学院生の「えるたそ~」さん、「ざしきー」くんとの2人と待ち合わせて、≪西安≫でビールをのんできた。「ざしきー」くんはフランス語学以外でわたしがよく知っているかずすくない院生のひとりで、哲学(メルロ=ポンティなど)が専門だ。
 この店の、山椒をきかせた茄子の揚げ物が絶品で、このためだけにでも飲みに来たいくらいだ。
 しかし、カメラをわすれてきたので、前世代スマホでみにくい写真しかとることができない(しかも茄子の料理の写真はとらなかった)。

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 最後はかならず、この店の看板料理である麻辣刀削麺をたべる。これがまた絶品だ。

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 4月10日(木)
 人文学類の新入生オリテンテーション。午前中全体説明、午後はコース別説明と個別相談という日程だが、わたしは学類の教育課程委員なので、いずれの会にも説明要員として出席する。
 フランス語学コースには6人の新入生が個別相談にきてくださり、まだコース選択はだれも決まっていないものの、来てくれた人はほとんど仏語学概論や仏語音声学・音韻論を履修してくれそうな感触だった。
 交流協定校のフランシュ=コンテ大学への6か月の派遣(給費つき)から今春もどってこられた4年生のMさんが手伝ってくださり、質問にこたえるなどしてくださった。そのおかげか、フランシュ=コンテ大学への派遣にも興味をもつひとが多いようだった。
 人文学類(入学定員120人)では、入学後、4主専攻・18コースのあいだで学生にまったく自由にえらんでもらっているので、各主専攻・各コースに何人の学生が来るかは年によってちがう。
 二十数年前、わたしが学生だったころは、言語学主専攻が最大の主専攻だったものだが、いまでは史学主専攻などに人気があり、言語学に当時のいきおいはない。
 しかし、どういうわけか、今年は言語学主専攻全体の人数が復調に転じたようで、各コースとも盛況だった。主専攻全体では30数人、ひょっとすると40人近くかもしれない。
 個別相談に来た新入生のみなさんがいだいておられる清新な情熱に接すると、自分の初心を思い出すようで、このうえなくよろこばしい。