日 録

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 しばらく、さっぱり≪日録≫が書けなかったので、以下にここ1週間をまとめてふりかえる。
 この1週間で、つくばに累計4泊もし、自宅でねむる夜のほうが少ないという、≪ノマード≫生活だった。

 1月14日(火)
 大学院の授業で、交流協定校のフランシュ=コンテ大学への留学からひさしぶりで帰国なさったOさんに発表してもらう。
 おわったあと、新年会と称して大学院生のみなさんとつくば市桜の≪忍家≫にゆき、キムチ味のちりとり鍋をたべながらビールをのむ。翌朝早いので、この日はつくばに泊まる。

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 新刊準備中の『大杉榮全集』の編集委員をしておられる田中ひかるさん(大阪教育大学)から、「Tradictore Traditore」と題された大杉の随筆が、1913年6月22日に『読売新聞』に初出で、戦前の全集にもおさめられているが、Tradictoreとはなに語かわからない、教えてほしいというメールをいただく。
 問題の随筆の内容はアンドレーイェフの『七死刑囚物語』の相馬御風による翻訳にみられる誤訳をひたすらあげつらうもので、大正時代にはこのようなことがはやっていたそうだ。
 大略、以下のようにこたえた。
まず、語形についてのお答えは簡単です。
この系列の行為者名詞は、ラテン語もスペイン語とおなじく -or 語尾、フランス語は -eur 語尾 [中略] になりますので、-ore 語尾をとっているのを見るだけで、イタリア語しかありえないとわかります。
問題の語形、tradictore は、traduttore の誤りと断じて問題はないと思います。

なぜ大杉が tradictore としてしまったかというと、-ct- というつづり字からして、大杉が親しんでいたフランス語の traducteur の干渉と考えられます。
フランス語の干渉と考えられるもうひとつの理由は、つづり字の u を i にしてしまっっていることです。フランス語のつづり字 u の発音はドイツ語のつづり字 ü にあたる複合母音で、i 音色をも帯びていることから、i に間違えたと推測しております。

Traduttore, traditore という表現がフランス語の文脈でいついわれ始めたかは、わたしも確かなことはわかりません。
しかし、ご紹介くださった exblog のページ [ http://ka2ka.exblog.jp/8878509 ] でも名ざしされていた、デュベレー du Bellay には、たしかに、つぎのようなくだりがありますので、これがかなり初期のあらわれと見ても大はずれではないと思います。

« Mais que dirai-je d’aucuns, vraiment mieux dignes d’être appelés traditeurs que traducteurs? vu qu’ils trahissent ceux qu’ils entreprennent exposer, les frustrant de leur gloire… »
— Joachim du Bellay, Défense et illustration de la langue française, chapitre VI
「翻訳者というより裏切りものと呼んだほうが本当にいいような者たちについて、わたしはなんと言う(べき)だろうか。というのも、かれらは示そうとしているものを裏切り、栄光を奪いとっているのだから。」
デュベレー『フランス語の擁護と宣揚』第6章。

16世紀といえば、フランス(語)がイタリア(語)趣味にもっとも濃厚に染まった時代ですので、このころに好んでいわれていた確率がもっとも高いと思います。
しかし、デュベレー自身は、traducteur, traditeur というフランス語の語形を使っています。
デュベレーのこの書物は、フランス語の洗練をめざしたもので、ルネサンスの風物とともに圧倒的にイタリアから流入してくる外来語に警戒していたのでしょう。
といっても、traduttore, traditore というイタリア語形(フランス製イタリア語かもしれませんが)を下敷きにして traducteur, traditeur という模倣的な表現にしただけで影響をまぬがれたとはいえませんね。

 
 1月15日(水)
 朝から入試課にゆき、センター試験の問題の袋づめ作業。国立大学では、「入試は教員の業務」という建て前が貫徹されているので、このようなしごともまわってくる。
 昼すぎまで作業をつづけるはずだったが、次期人文学類長の選挙の投票と、月末にある大学院入試の書類の受けわたしがいずれも正午しめきりで、いずれも代理がきかないので、わたしだけ、さきに失礼して人文社会学系棟にとってかえし、ふたつの用件をすませる。
 午後は会議と、委員会のしごと。

 1月16日(木)
 代休。授業も全学的に曜日ふりかえ(みなし金曜)なので、ちょうどよい。

 1月17日(金)
 明日からのセンター試験にそなえ、つくばに前泊。
 学内は、試験場の下見にきた受験生で混雑している。試験場の下見にくるなんて、なんという堅実さだろう。わたしなどは、27年まえ、筑波大学(二次試験)を受けにきたときは、前日、下見などせずに、霞ヶ浦の遊覧船にのって遊んだものだが、、、

 1月18日(土)
 センター試験1日め。朝7時半から出勤。

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 わたしは監督員ではないが、裏方(入試実施委員)のしごとがある。実施委員はすべての入試に立ち会わないといけないので、たいへんな役目ではあるが、わたしは試験場のはりつめた空気がたいへんにが手なので、受験生に直接顔をあわせるよりは、裏方のほうがまだ性にあっている。
 リスニングで再開テストが出たものの、そのせいで夜おそくなったこと以外は、さいわい、とくに問題なくおわった。
 ちなみに再開テストは、受験生がメモリーをぬいてしまったという理由で、そのような場合は故意か過失か立証不可能のため、原則として再開テストということになっているらしい。

 1月19日(日)
 センター試験2日め。明け方、雪がふり、気象庁の発表ではつくばは積雪2センチ。昨日と同じく7時半から出勤。キャンパス内もうっすらと雪化粧をしている。

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 積雪の影響で、国道125号線で交通事故があって、渋滞しているという。そのせいでおくれたひとは時間をずらして別室受験もできるように、そなえをする(しかし、積雪2センチで交通事故がおきるなんて、雪国のひとがみたら笑うだろう)。
 平塚線と大学東ループ道路の交叉点で、氷のうえで転んで脳震盪をおこし、救急車で大学病院にはこばれたひとがいたそうだ。あとでわかったことだが、なんと、そのひとはわが第1試験場の監督員の先生がたのうちのひとりだった。
 ほか、体調不良で別室受験になったひともいて、監督員のやりくりが逼迫する。配布・回収が煩雑なときだけ出動する補助監督員の先生がたに、もとの試験場からはなれて別室にまわっていただくなどして、なんとかことなきを得る。
 しかし、この日も全体としては大きな問題はなく終了し、2日ぶりに帰宅。

 わたしが無事帰還したことに、5歳の娘がおおよろこびしてくれて、ようやくほっとする。

 夕食後、旧冬からのばしっぱなしだった髪をばっさり切って、すっきりした。
 たまに、「シャンプーはなにをつかっているのですか?」ときかれるのでこたえておきましょう、≪ラボラトワール・ガルニエ≫のシャンプー、菩提樹エキス入りです(笑)。

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 1月20日(月)
 非常勤出講先の白百合女子大学仏文科に、としあけ初回にして年度内最終の平常授業をしにゆく。
 昼休み、昼食をたべるかわりに、来週実施の学年末試験の問題をこしらえ、提出する。
 明日は朝、筑波大学で年に1度だけ担当する輪講科目があるので、白百合でのしごとがおわったあとつくばに移動し、今夜もつくばに泊まる(これだけ泊まりが多いと、もう、つくばに単身赴任したほうがよいのかもしれないが、こどもたちがさみしがるだろう)。
 昼食ぬきだったので空腹たえがたく、二十数年前、学生時代に親しんでいた天久保3丁目の≪クラレット≫にひさしぶりに行き、夕食にチキンカツをたべる。この店はむかしから≪軽食≫という看板をあげているのだが、きっとなにかの冗談だろう。

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 明日は午前中輪講科目を担当するだけでなく、午後から夜にかけて卒業論文・修士論文の公開審査もある。またまた夜おそくなりそうで、こどもたちに申しわけない(なみだ)。