日 録

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 7月11日の日録で暫定版プログラムが送られてきたことに言及した、アンジェでの学会の正式プログラムが送られてきた。
 フランスらしい瀟洒なデザインで、主催者がわが「拡散歓迎」(« N'hésitez pas à diffuser ce programme autour de vous »)といっているので、画像として貼りつけておく。

Colloque_Angers_1

Colloque_Angers_2

 わたしは2枚めの右上方、2日めの午前後半に出番がある。わたしの直後に発表する大久保朝憲くん(関西大学教授)は、わたしとはパリ留学時代以来の友人だ。かれもわたしとおなじように応募し採択されていたことはあとから知った。
 ただし、大久保くんはわたしとちがって、アンジェには何度か行ったことがあり、町のことも大学のこともよく知っているときいたので、こころづよい。
 たのしみだが、準備をしっかりしないといけない。いまの準備状況は60%くらいかなあ。

 会場校にはフランス語教育の研究者が多いためか、研究発表の半数はフランス語教育にかんするもの、あとの半分を言語学・文学・文化研究でわけあっている印象だ。
 しかし、全体としては、フランスらしい多様性が感じられ、たのしみな学会だ。

 ところで、このプログラム、「拡散歓迎」というわりには、きょう現在、主催者がわのウェブサイトにはまだ掲出されておらず、「6月15日ころから公開」と書かれたままだ。「わてほんまによう言わんわ」(Ⓒ笠置シヅ子)といいたくなる。

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 昨日未明、2020年夏季オリンピックが東京で開催することがきまったが、この招致には「非常時になにを浮かれているか」という思いだ。
 目のまえにあるこれだけはっきりした問題を根本的に解決しないうちに外から客をまねくことを考えるのは、日本代表団が自負してやまない「おもてなし」の精神に真っ向から反するものだ。
 みずから福島原発を話題にした安倍首相の発言は、「影響を港湾内で完全にブロックしている」など明白な虚偽をふくみ(東京電力さえも、港湾と外洋で水が出入りしていることをみとめている)、ただ「安全」をくりかえし呼号すれば事実になるかのような空疎なものだった。
 これらの日本代表団の発言は国際的に理解されるはずがない、票を遠ざけた、とわたしは安心して土曜日はねむりについたが、昨日(日曜日)起きてみると東京にきまっていたので、IOC委員の目は節穴かと思ったものだ。
 しかし、IOCは正義の代弁者でもなんでもないし、しょせん利権の相互調整だから、このようなことになってしまうのだろう。古屋雄一郎さんのサイト( http://www.theatrum-mundi.net/ )の昨日づけ巻頭言に共感したので一部を引用する:
 『AKIRA』の舞台は2019年の東京です。1988年に第三次世界大戦が勃発し、東京は核攻撃により壊滅。戦後、東京湾に〈ネオ東京〉と呼ばれる新たな巨大都市が生まれて復興しますが、その熱が冷めつつある2019年の〈ネオ東京〉は、翌年の東京オリンピックを控えてスタジアム建設工事の真っ最中。その建築現場の地下に眠るのが〈アキラ〉です。
 2020年に東京でオリンピックが開催されるのを大友克洋が予言したのが今から三十年近く前の1980年代半ばだったということにまず驚かされます。しかもオリンピック誘致の目的が東京の〈復興〉のためであるという共通点には戦慄さえ覚えます。『AKIRA』では利権のことしか考えない政治家たちや〈復興〉の熱が冷めて鬱憤がたまった民衆をあざ笑うかのように、〈神の力=アキラ〉が目覚めてしまう。
 産経新聞によるとブエノスアイレスで行われた五輪誘致の最終プレゼンテーションで安倍晋三首相はまずこう語りました。

 フクシマについてお案じの向きには、私から保証をいたします。状況は統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことはありません。
 これほどおおっぴらに嘘をつける剛胆さにはむしろ感心させられます。『AKIRA』でさんざん戯画化された政治屋の典型です。オリンピックは〈経済成長の起爆剤〉になると首相は手放しで喜び、マスコミも嬉々としてそれを伝える。彼らの視野には目先の金しかない。そんな人々をせせら笑うように、2011年3月に福島で〈アキラ〉は目覚めてしまったのではなかったか。黯澹たる気持を払拭できません。