日 録

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 きょうから6月。拙宅の庭のラヴェンダーの花は、ますます青くなってきている。青むらさきにもういちど青をまぜたような、この色あいが好きだ。

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 きょうはフランス文学会春季大会と同時開催のフランス語学会シンポジウムに出席のため、国際基督教大学にはじめて行ってきた。
 正門からはもう巨木になったさくら並木がつづいていて、春に通りかかると壮観だろう。
 (巨木ということは老木ということでもあり、このままでは倒れるおそれがあるとして切りたおされた株もあった。しかし、もとの木からとった枝を苗木にして、また植えるそうだ)

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 学内はうつくしく、本館のまえの芝生がなだらかな丘になっているところも、ここがニホンであることをわすれるような、よいながめだ。

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 「認知言語学の功罪」と題されたフランス語学会のシンポジウムは、学会ホームページ( http://www.sjlf.org/2013/04/ )にもかかげられている趣意文をよむと、いまにも認知言語学を葬り去ろうとするいきおいだが、実際にはじまってみると、東大の西村義樹先生をはじめとし、パネリストのかたがたはそろって、「どんなレヴェルの言語形式にも認知プロセスが反映している」といった「極論」はとらない、ということで、いわば身をかわすような反応だった。
 しかしそれなら、どこまでなら言語形式に認知プロセスが反映し、どこからは反映しないか、という境界画定が必要になるだろう、それはどこか、という反問は当然出てくるだろう。そして、その反問はまったく正当だと思うのだが、一方で、そうして「程度問題」の議論に乗ること自体、ほんらい尖鋭であるはずの思想的な問題点を鈍らせることにはならないか、という危惧もある。

 ラネカーやテイラーによって書かれた「原典」(この語は、宗教思想において集中的な訓詁の対象になる、ひとにぎりのテクストを想起させる)をしっかり精確に読んでいれば、そのような誤解は生じない、という発言を耳にしたとき、わたしは、田中克彦が『チョムスキー』を出版したあと、田中克彦と原口庄輔とのあいだで『月刊言語』の1983年8月号、10月号でくりひろげられた論争を思い出した(もちろん、わたしは1983年にそれを読んだわけではないが)。
 というのも、当時、原口庄輔が書評で、田中克彦の『チョムスキー』にたいして、まさしく、チョムスキー(の原典を)しっかり精確に読んでいれば、そのような誤解は生じない、といった種類の反論を書いていたからだ。
 それにたいする田中克彦の再反論(『言語』1983年10月号)は、全篇にわたってたいへんおもしろい文なのだが、いま問題にしている点だけ引用しよう。

 たしかにチョムスキー自身も、自分は一度も深層構造が諸言語を通じて共通だなどと言ったおぼえはないと言っている。しかし、共通でない [「ない」に圏点。引用者註] といってしまうと、こんどは深層構造などというものを設ける意味はほとんどなくなってしまい、それは生成文法の存在理由そのものをあやうくしてしまうことにさえなりかねないではないか。言ったとか言わぬではなくて、理論の骨組みの中には、あえて言われないことでありながら、ぬきさしならない背景をなしているものがひそんでいる。

 たんに野次馬的に、波瀾をたのしみにしているだけではないか、といわれるかもしれない。べつに、そのように解釈してもらってもかまわないのだが、多少の不便をしのんでも、あえて当該の潮流のなかでもっとも急進的な「最大限綱領」を貫徹してみることで、その帰結をより鮮明に見さだめるというこころみもあってよいと思っている。
 学的な「最大限綱領」は、政治的なそれとちがい、ひとを不幸におとしいれることはない。本当のゆきづまりだとわかれば、それはそれでよい。ためしてみようという、こころの余裕があるかどうかという問題だろう。

 きょうのシンポジウムは、会場校、ならびにフランス文学会との関係で、時間の制約があったのが残念だったが、わたしもふくめて、聴衆に考えさせるところの多い、したがって好ましい企画だった。