日 録

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 冬の寒さがもどってきた。東京の最高気温は12.4度と、きのうより13度もひくい。
 しかし、よく晴れていて、体感的にはあまり寒くない。かりにかたづけていたコートを、またひっぱりだして着るほどではない。

 所得税の確定申告書を出しに、≪ぽっぽ町田≫にゆく。

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 たいへんな混雑で、ただ提出するだけの受けつけも、うんざりするほどの長蛇の行列だった。
 提出ための行列の末尾に、「申告書はできあがっていますか」とたずねるためだけ(申告書を確認するわけではない)にひとりの税務署員が配置されていた。わかりきったことをたずねるひまがあるなら、受けつけにまわってこの人数をさばいてもらいたい。

 一昨年の3月11日、おなじように確定申告書を出すため地元にとどまっていて、つくばには出勤していなかったので、大地震のあと帰宅難民にならずにすんだのを思い出す。もちろん、だからといって、重い税金を課する税務署に感謝するわけにもいかないが(笑)。
 確定申告のときは、添田唖禅坊のサルカスティックな「増税節」をくちずさむのが従来のわたしの習慣だったが、一昨年からはそんなものはすっかりふきとび、圧倒的に、なまなましい震災の記憶とむすびつくようになってしまった。

 一昨年のきょうの行動をありありとおぼえているので、ジンクス信仰のようではずかしいことだが、なるべくそれとはちがったことをしようと思ってしまう。べつに、あの日の行動が原因で地震に遭遇したわけでもないのに。
 とはいえ、明日からはまた補講や会議などのため連日筑波に出勤するので、確定申告書の提出は、一昨年の3月11日とおなじになっても、きょうにせざるを得なかった。

 震災から2年たったが、黙示録の時代を生きているという感覚は変わらない。

 ≪ぽっぽ町田≫を辞したあと横浜銀行にたちより、確定申告で発生した差額分の税金をはらう。
 かえりみち、小田急が14時46分から2分間、地震を想定した一旦停止の訓練をしていた。

 玉川学園前付近で、車窓から(わたしが以前勤務していた)玉川大学をながめた。
 朔風館が建っていた自然の丘の山腹が重機でおおがかりにけずられていて、朔風館はあとかたもなくなり、教育学部棟のすぐ手まえまで土がむきだしのがけになっているのがみえた。
 またハコモノを作る(作りなおす)のか。しかし、そのために山をけずっては、山を愛してこの地に学園をひらいた創始者が泣いているだろう、などと思ってしまう。

 なにやら、万事、文句たらたらの日録になってしまった。
 こんなときでも、岡山での招待講演の準備と、フランス語学会4月例会での発表の準備だけはたのしい。本業であるはずの研究が、むしろ救いをもとめてまぎれ込む場になりつつある。