日 録

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 Machine à écrire というフランス語がある。文字どおりには「書く(ための)機械」ということだが、往年の「タイプライター」を意味する。当然ながら、いまではパソコンの普及で死語になった。
 しかし、わたしは machine à écrire ということばをべつの意味で愛用している。まったくの個人言語 idiolecte だが、機械のようにあれもこれも書かなければいけないとき、まるで自分自身が書く機械になったようなので、「machine à écrire 状態だ」というのだ。
 イメージ的には、映画「モダーン・タイムズ」のなかで、チャップリンが工場労働者を演じていたシーンのように、ただただ、追いたてられ、せきたてられて、手をうごかしている感じだ。この状態におちいると、いましていることの意義とか、この先の展望がまるでわからなくなり、焦燥感だけが、その根拠をたしかめるまもなくふくらんでゆく。

 じつは、いまがその状態なのだ。かかえこんでいる課題のうち、ここに書いてさしつかえのないものだけでも枚挙すると、つぎのようだ。

(1~2)10月末しめきりの論文が2本ある。2本あるので(1~2)とした(笑)。
 そのうち1本は、9月はじめから書きあぐねていたのだが、先週木曜に中央大学で話してきてから、奇蹟的に筆がすすみ、金曜と土曜でポワン・フィナルまで書き終えた。
 もう1本のほうはといえば、まだ4分の1程度だが、いちど口頭発表したことのあるはなしなので、なんとかなるのではないか。
 しかしこれはむしろ、いちばん好きでやっているしごとなので、これにだけは文字どおり寝食を忘れて没入できる。こういうことで machine à écrire 状態になるのはまだ、むしろ救われるような気もちになる。

(3)わたしが代表者になって、いまもらっている科学研究費補助金の最終年度なので、論文集を編もうとしている。
 その編集作業だが、きょう、最後の1本の論文をひととおり編集し、校正刷りを打ち出したので、これについては、いましばらくは執筆者がわにボールをなげかえした状態。
 しかしこれも研究のことなので、まだ楽しいところがある。

(4)ことしで科研費が最終年度ということは、じっとしていては来年度以降はもらえないということだ。
 今月(学内しめきり)、研究計画調書を書き、出したいが、まだほとんど手つかず。10月第4週(22日からの週)は学外会議でまるまる留守にするので、そのまえには浄書提出までいかないといけない。時間的には、たいへんきびしい。
 もちろん、申請を出せばかならず採択されるわけではないが、だから出さなくていいということにはならない。むしろ、出しつづけてもいつ採択されるかわからないからこそ、出せるときはいつも出さないといけない。
 筑波の同僚には、「つづけざまではしんどいから」といって、まえの研究課題をおえてからあえて中1年の空白をあけて申請し、空白後の申請も1度で採択されているひとがいて、尊敬してしまう。おもわず、「ひょっとして、あえて1年あけたほうが採択されやすいのですか?」などという、ばかな質問をしてしまった(笑)。

(5)人文学類教育課程委員のしごと。筑波大学は開学以来40年間まもってきた3学期制をとうとうとりやめ、来年度から2学期制に移行するので、来年度以降の新課程表、ならびに来年度の開設科目一覧を作成しなければならない。この実務は混乱がつづいている。
 フランス語学の新課程表などの作成そのものはもうおわったつもり(明日の教育課程委員会で承認されるはず)だが、これから学内オンラインシステムでの打ち込みがあり、これが難渋しそうだと予想される。
 現在別のシステムで動いている授業科目一覧・シラバス・履修登録をオンラインで全部統合し、卒業判定も自動化する計画が進められており、今年度一部先行実施されている。その統合システム「KDB(教育データベース)」の開発が未熟のまま走りだしたせいで、技術的問題が続出しているのだ。

(6)人文学類広報委員長のしごと。人文学類ホームページ( http://www.jinbun.tsukuba.ac.jp/ )は、いまの形になったのが2007年で、人文文化学群所属の3学類ではいまでは最古になってしまった。いまみると、どうしても古くさい感じは否定できない(わたしはこの武骨さがきらいではないが、宣伝戦略的にはよろしくない、ということになるらしい)。
 それで、来春からリニューアルをすることを検討しなければならない。今月の学類会議でリニューアルの検討を承認してもらうはこびなので、明後日、広報委員会内の担当者どうしで、おおまかな方針をきめようとしている。

 などなど。いつのまに、こんなにたいへんになったのだろう、という感じだ。4~5年まえも、「いそがしい」といっていたのだが、いまのたいへんさからくらべれば、あのころは牧歌的でさえあったのだ、と思わずにいられない。
 そんなわけで、去年の12月からとりくんでいる、主語不一致ジェロンディフの尨大な文例検索の作業も、この10月中はお休みにせざるを得ない。

 と、ここまで書いてきて、いちばんいわれそうなことは、「こんな愚痴を書きつらねている時間があるなら、どれかひとつでも、しごとをすればいいだろう」ということだ。
 効率をあげるためには、一見そうしたほうがよさそうなのだが、どうも人間はそういうふうにはできていないらしい。こうしてぶつぶつと文句をいって、ある程度すっきりしておかないと、かえって効率もさがるというものだ。
 「モダーン・タイムズ」のチャップリンも、機械のようには、はたらけなかっただろう。

 しかも、こまったことに、きのうの日曜の急激な寒さで風邪をひいてしまったらしく、体調もわるい。