日 録

 20日(金)はしごとのあと、池袋にゆき、東武百貨店池袋店6階1番地で、5月19日から25日まで開催されている「イレブンガールズアートコレクションオールスターズ展」をみてきました。
 http://kaiyu-art.net/?p=1520
 このなかのひとりが、わたしの著書2冊に銅版画をあしらった装丁をしてくださったことのある小柳優衣さんです。
 今回も出展しておられ、いくつかの作品を拝見するとともに、ひさしぶりにお話してきました。

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 翌土曜は朝はやくから飛行機にのるので、万が一にも遅れないよう、金曜は池袋から羽田に直行し、前泊しました。こどもたちには。さみしい思いをさせて申しわけない。

 21日(土)から22日(日)までは、日本ロマンス語学会のため九州大学に行ってきました。
 http://sjsrom.ec-net.jp/sjsr54.html
 △このプログラムにもありますが、わたしも発表者として出ました。

 昨年度から、九州大学の山村ひろみ先生(スペイン語学)が代表者となって、フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガルポルトガル語、ブラジルポルトガル語、ルーマニア語の5ないし6言語で時制の対照研究をするプロジェクト(科研費)を走らせており、そのメンバーのなかから、わたしをいれて5人が発表をしました。
 これらの言語での対訳コーパスも構築し、現在チェックの作業をしておりますので、それが実用できるようになると、5(6)言語対照研究で論文を書くのも夢ではない、とこころをときめかせております。
 山村先生は会場校ご所属で、大会実行委員長としてご尽力くださいました。ありがとうございます。

 学会の会場は九州大学の「西新(にしじん)プラザ」という拠点。海がちかく、潮風のかおりがする場所でした。
 プラザはたいへん瀟洒な最新の建築ですが、むかし、招聘外国人講師の宿舎だった建物が、おなじ敷地内の一角、中庭のようなところに保存されています。

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 わたしは初日の後半のセッションで発表し、全体討議にも参加しました。
 総会では、来年度の統一テーマを多数決で決めるのが、この学会のたのしい伝統です。

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 初日の夜は近隣の西南学院大学の「西南クロスプラザ」に移動し、懇親会。九州独特のさしみ醤油をかけてさしみをたべながら、ワインをのんできました。

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 さらに、二次会でおなじ西新の「じゃがいも」という店に行き、地下鉄の終電近くまで飲みました。なので、ホテルではふろに入って寝ただけ(笑)。

 以前なら、福岡にいったらかならずラーメンをたべていたのですが、としをとったせいか食指がうごかず、両日とも昼食には西新中央商店街にある「やお八」で、菜の花の天ぷらがのった博多うどんをたべてきました。

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 地下鉄西新駅の真上の「エルモール」(かつては「岩田屋」という百貨店だったそうです)が改装のため閉鎖中で、殺風景かもしれない、という話をきいていたのですが、それをおぎなってあまりあるほど、活気のある商店街でした。

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 ほんとうは新幹線で往復したかったのですが、時間のつごうで、飛行機で往復さぜるをえませんでした。
 今回ははじめて、「スターフライヤー」で往復しました。大手航空会社でもなければ、いわゆるLCCでもないという、中間的な位置づけの航空会社です。「ちゃらんぽらん」の大西さんなら、「中途半端やなあ~」といって上半身をのけぞらせることでしょう(もっとも、LCCの絶対的な定義はありませんが)。

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 飛行機全般がにが手なことをのぞけば、往復とも快適でしたが、とにかく混んでいました。とくに往路は自動チェックイン機でエラーが出て、あせりました。あまりにすし詰めなので、自動で座席を割りふれないほどだったようです。
 そういえば、ホテルを予約しようとしたときも、たいへん混んでいて、苦労しました。どうもこの週末に、ソフトバンクドームで、某JPOPバンドのコンサートがあったようです。しかし、それだけであんなに混むかなあ?
 きょうは根津駅で人身事故があったらしく、千代田線が不規則運行、それにつられて小田急線も遅れ、しかもたいへん混雑し、しごとからかえってくるだけでいつもの3倍くらい疲れました。

 しかし、家につくと、うれしいことがありました。
 4月24日に Abe Books に註文していた古書、Melillo, Armistizio Matteo (1977) : Profilo dei dialetti italiani, vol. 21, Corsica, Pacini. が到着していたのです。
 コルシカ語の基本文献のうち、これだけは未入手で、しかも手にはいりにくいので、どうしようかと思っていたのですが、Abe Books に出品されているのに気づき、とびつくように買ったものです。
 しかし、航空便で送ってもらっても、Abe Books が予告していた日数よりはるかにおそかったので、正直「だまされたか?」という気になりつつあったときでした。無事入手できて、よろこばしいかぎりです。

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 音声・音韻的な特徴を中心に、一部形態論にもおよぶ内容で、島内の諸方言についてくわしく記述されています。
 ただし、付属の音声資料が33回転のレコードです! 再生する手段がないわー。orz

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 もう1冊、言語学つながりで文献を紹介します。献本でいただいた『言語の主観性』(小野 正樹、李 奇楠 編、くろしお出版)。

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 5月10日の日録で『日本語学論説資料』に採録されることになったと紹介した拙論から、編者でもある小野正樹先生がご論文で引用してくださいました。日本語学はわたしの専門外にもかかわらず、このようなことがあり、ありがたく思います。まあ、友情出演のようなものかもしれませんが...
 きょうは早稲田大学で、日本フランス語学会の月例会ならびに東京フランス語学研究会。
 つくばの院生が2人発表したので、おわったあと、関係者をふくめて総勢6人で、大隈講堂にちかい « 金城庵 » にゆき、夕食ついでに、麦焼酎をのんできた(写真で奥にみえる茶色の湯のみがいずれも麦焼酎)。
 れいによって、たいへんたのしい思いをした。

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 かつて、近隣の早大語研図書館で、雑誌論文目録作成作業のためにつどっていたころは、よくここの « 金城庵 » にたべに(飲みに)来たものだが、インターネットの時代になって、いまでは雑誌論文目録そのものが時代おくれになった。
 そして、あたかも同種の時代おくれのものがまとめて打ちすてられるかのように、早大語研(語学教育研究所)もあっさり廃止された。語研の図書館は、言語学関係の図書・雑誌ばかりが、いわば純化されたかたちで非常に凝縮的に収蔵されていて、夢のようにすばらしい場所だ、と思ったものだが...

 Mais où sont les neiges d'antan ? (François Villon)
 きょうは今季でいちばん暑かったようですね。

 半年にいちどの恒例により、昼食に、つくばの « Chez Lénon » でクスクスをいただきました。
 この店のクスクスは、行くたびに進化しており、チュニスの « Dar Es-Saraya » に匹敵するほどの、いや、ひょっとするとそれを超えるほどの、おいしいクスクスです。メルゲーズも自家製です。

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 連休明け、いきなりいつもどおりの日常がはじまり、なかなかたいへんです。
 しかし、引っ越し後のかたづけもなんとか一段落しましたので、わたしの新しい研究室の写真をお目にかけます。

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 書架が空いているところが多く、まださみしいのです。
 引っ越しのときに、かなり個人蔵書を処分し、一部は家にもちかえりましたので、系統だっていない、少数の書物しかのこっていません。
 しかし、混沌を愛するわたしとしては、これもわるくないと思ってしまいます(笑)。

 * * * * *

 きのうは、あまりにも雑用が多くて、昼食を食べそびれてしまいましたので、夜、30年まえからある大学近隣の名店、« クラレット » にゆき、山盛りのチキンカツをたべてきました。

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 学生のころちょくちょく行っていた店ですが、このとしになると、ふだんの2倍食べる自信があるときでないとここには行けません。それに、たまさかの楽しみにしておかないと、メタボ予備軍からメタボへの再転落が待ったなしです。
 しかしこの店、「喫茶・軽食」というトリッキーな看板をあげているのです。アイロニー研究の対象になりそうです(笑)。

 * * * * *

 かねてよりあたためていて、ニホン語版は2年前に公刊した論文、「いわゆる伝聞の「そうだ」について」に関して、『日本語学論説資料』から掲載依頼が来ました。

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 「(終止形+)そうだ」は「伝聞」をあらわすという(ほとんど全員一致の)通説に異義をとなえ、先行研究を「なで斬り」する荒々しい論文です(笑)。以下でも読めます。

 表題ページ:
 https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=29911&item_no=1&page_id=13&block_id=83
 論文への直接リンク:
 https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=29911&item_no=1&attribute_id=17&file_no=1&page_id=13&block_id=83
 3月にかたづいたと思っていた問題が連休寸前に蒸しかえされ、対処に苦慮しました。
 連休まえに、できることはしておいたつもりですが、すでにきちんと対処したはずだったにもかかわらず問題が再燃したのですから、今後も予断をゆるしません。
 そのような騒動もあり、新年度の疲弊にとどめをさされたような気になっておりましたが、わたしは根っからのナマケモノなので、いざ連休に突入してみれば、うれしくて、それだけで少しばかり元気がよみがえってきました。
 だいたい、わたしは大学院博士課程5年間のあと学振の特別研究員になり、そのなかで29歳から31歳のときまで留学してくるなど、書生生活が長かったので、徒食者根性が満身にしみこんでいると自覚しております。
 このことは、うらをかえせば、「毎日が休み」のような環境におかれてはじめて文事が進む、ということでもあります。
 この連休のおかげで、『パロールの言語学』の再校など、すでにいくつかの課題をかたづけることができました。

 しかし連休は、昨年同様、息子の中学校が連休明け早々に中間試験をひかえており(早め早めに試験をして、生徒を「追いまくる」主義の学校らしい)、必死で勉強しているので、娘だけを妻とわたしのどちらかが近場に遊びに連れ出す程度です。

 ただし1度だけ、わたしの楽しみとして、きのう(4日)、昨年5月以来まる1年ぶりで、新宿3丁目にあるヴェネーツィア料理店 « イル・バーカロ » (Il Bacaro) にゆき、アラビア語学の榮谷さん、スペイン語学の木村さんを中心に、わたしをふくめて総勢5人で飲みかわしてきました。
 みんな、なんらかのかたちで外国語にかかわっているので、はなしが合い、いごこちがよいものです。

  « イル・バーカロ » は昨年、榮谷さんがご紹介くださったお店です。
 ヴェネーツィアということから、わたしはおはずかしいことに、「船」の barca から作った barcaro という語だろうと勝手に推測し、ひとりだけ「バルカーロ」などといっていたのですが、ただしくはもとのカタカナ表記のとおり「バーカロ」で、ヴェネーツィアに独特のオステリーアの形態をさす語でした。
 http://it.wikipedia.org/wiki/Bacaro
 上記アドレスのイターリア語版ウィキペディアでも、説明文中で強勢位置(bàcaro)をわざわざ表示しているところをみると、イターリアでも地域によってはなじみのない語と思われます。小学館『伊和中辞典』にはのっていませんでした。
 ちなみに、バーカロの語源は酒神のバッコス Bacchos です。このため、「バッコスが跋扈するようなお店」というだじゃれをいいたくなります。その名のとおり、バッコスに祝福されたような酒宴になりました。

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 榮谷さんから共著書『外国語教育は英語だけでいいのか』をご恵投いただきました。

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 高校で複数の外国語を必修化することを提案する書物です。また、これを書いたひとたちは、きわめて具体的な提言を作成し、文科省にも提出したという、実行力のあるひとたちです。
 実際、「グローバル人材育成」とやらを旗印にしている文科省が、高校で英語以外の外国語教育に本腰を入れなければ、かけ声だけか、ということになりますね。

 ついでながらもうひとつ、言語学的な話題を。
 カタルーニャ語や、オック語の一部(ガスコーニュなど)で、<「行く」型移動動詞+不定法>の迂言形が未来ではなく過去をあらわすようになっていることは、つねづね不思議に思っております。
 これについては、モンペリエ大学のオック語学者 Gérard Joan Barceló の論文、
 を最近よみかえし(というのも、2009年にはじめて未来時制に関する論文を書いたとき、いちどはよんだのですが、そのときは単純未来形におもな関心があったので、迂言的時制についてはまだ考えておりませんでした)、「認知派」のなかでも生半可なひとがしそうな説明、すなわち、「行く」の方向性がふたつあるからだ(moving-time metaphor と moving-ego metaphor)というのは、カタルーニャ語やオック語に関してはまったくのまちがいで、過去用法が出てきたのは、語りの文脈(つまり、完全に時間の流れにそう叙述)で、過去に視点をおいてつねに未来方向へと話をすすめていたことから、「行く先としての未来」が過去におかれた、というのが正しい解釈だといまさらながらに確信しました。つまり、過去用法も未来用法も一貫して moving-ego metaphor だけなのです。

 ちなみに、カタルーニャ語の迂言的過去形について、コレージュ・ド・フランス名誉教授のクロード・アジェージュ(Claude Hagège)大先生の所説が完全にここでいう moving-time metaphor の臆見にはまっていしまっています。

 With the regard to the time before ego's discourse, then, the itive implies motion starting from ego, crossing a past event which has really occurred, and becoming thereafter more and more distant from ego. This explains such Catalan examples as (110) below, in which the itive indicates the past:
(110) Ahir vaig esmorzar amb el meu germà.

------Claude Hagège (1993) : The Language Builder, John Benjamins, p.103

 ここでいう itive はラテン語 ire から作ったものなので、「行く」型移動動詞をさします(ときに antative ともいわれます)。
 アジェージュ大先生によると、カタロニア語で「行く」型移動動詞が過去をあらわすにいたったのは、「すぎさって、遠ざかってゆく過去」という考えかたからだというわけですが、上述のように、これはとんでもない間違いです。

 くろしお出版で来年発刊予定の文法化・構文化の論文集にわたしも書くことになっているのですが、このあたりの事情もふくめて、フランス語および西ロマンス諸語における「行く」型移動動詞の文法化について書いてみようか、と思案しております。
 こころおぼえのために、すでによんだもの、これからよみたいものをとりまぜて、参考文献を書いておきます。

[翌日追記] 偶然見つけた論文、
によると、なんと、ガリシア語にも<「行く」型移動動詞+不定法>で過去をあらわす用法があるそうです!!!
はじめて知りました!!!
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