日 録

 昨日月曜からきょう火曜にかけて、つくばに泊まり、月曜には講演会ならびに懇親会を主催しましたが、おかげさまでうまくいきました。
 ことしはこの「日録」でも話題にしているように、わたしの研究室が耐震工事で立ちのき状態なので、ひとを招いても不便をかけてしまう、と困っていたのですが、大学院の研究室の先輩・後輩関係に甘えて、新潟大学非常勤の木島愛さんをお招きすることにしました。

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言語学講演会のお知らせ

以下の要領で講演会を開催いたします。
関心のあるかたはどなたでもご参会ください。

■講 師
木 島 愛(新潟大学非常勤講師)

■題 目
「語彙文法からみた視覚動詞を用いる固定表現」
Gaston Gross による理論である「語彙文法」(lexique grammaire)の概要を説明し、それに依拠してフランス語の視覚動詞voirを用いた固定表現についての分析を提示する。

■日 時
2015年6月29日(月)15時~17時

■場 所
筑波大学第1エリア1C302会議室

この講演会は、科学研究費助成基金 基盤研究 (C) 課題番号25370422「フランス語および日本語におけるモダリティの発展的研究」(研究代表者:渡邊淳也)によって実施されます。

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 講演は語彙文法理論の基本的な着想がよくわかるだけでなく、voirの記述のおもしろみも感じることのできる内容で、おわったあとの討議も有意義でした。
 木島さんはブザンソン留学時代にダニエル・ルボー先生に師事し、キュリオリの発話理論に強くコミットした博士論文を書かれましたが、いま新潟大学の高田晴夫先生のもとで、ガストン・グロスの「語彙文法」理論に依拠した研究をしておられ、ずいぶん変わったと思いました。よくいわれる、「ひと皮むけた」感じで、頼もしいことです。どの理論にもたいして忠実になったためしのないわたしは、いろいろな理論にふれ、柔軟になることはよいことだと思っております。

 おわったあとは大学近隣の « びすとろ椿椿 » (Bistro Cin-cin) にゆき、懇親会をひらきました。飲み放題なのをいいことに、パタゴニアの赤ワインをあおって、かなりの酔境にたどりつきました。
 木島さんと大学院で同級生だった、べつの大学に勤務しておられるかたもわざわざ来てくださり、なつかしさも手つだって、ずいぶんはじけました。コルシカ語のことわざでいう、« U vinu ùn dice nulla, ma e palesa tutte » (酒はなにも言わないが、すべてを曝露する) というのはこういうことかと。
 じつは、木島さんの宿をとるついでに、わたし自身の分も宿泊施設を予約しておいたのです。これで長距離通勤の終電を気にせず、こころおきなく痛飲できるというわけです(笑)。実施にさきだち、週末2日間を休肝日にして、飲む気満々。
 つくばに泊まるときはたいてい仕事が早朝深夜に及ぶときなのですが、たまにはこのような楽しい理由で泊まるのもよいかと思います。

 きょう火曜は大学院の授業をしているので、そのとき、「まえの晩、みんなといっしょに酔っぱらうほど酒をのんでいたのに、もっともらしい顔をして授業をするのがはずかしいです」と心情を吐露し、笑われました。

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 木島さんからは新潟のおみやげで「カレー豆」と、かわいらしい箱にはいったお菓子をいただきました。ありがとうございます。
 カレー豆は、かいこ豆を炒って、カレー味をつけたもので、弥彦というところの名物だそうです。今夜、夕食のあとのデザートに、こどもたちといっしょに少しいただきました。豆自体の味でしょうか、ほんのりとした甘さもあり、絶妙な味でした。
 お菓子はまだ開封していませんが、これまた、こどもたちといっしょにいただきたいと思います。

 きょうは、献本もあいついで2冊いただきました。

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 ひとつは、高垣敏博監修『スペイン語学概論』(くろしお出版)です。今春から科研費でごいっしょしている九州大学の山村ひろみ先生と、前の職場で同僚だった木村琢也先生(現在は清泉女子大学勤務)が連名で送ってくださいました。各分野の専門家がしっかりとした記述をしておられ、たいへん内容豊かな概説書です。

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 もう1冊は、(いまでは明かしてよい時期になっている経歴ですが)大学入試センターで出題委員をしていた当時ごいっしょしていた宮本陽子先生(広島女学院大学)による『近代における幸福の分配』(英宝社)です。一見わたしの研究とは関係のなさそうな書物ですが、ひきあいに出されたルソーやサド、ボードレールの著作は、コミュニケーション論のうえでも重要ですので、楽しみによませていただきます。
 夏至がすぎ、夕暮れがおそくなった。
 だからというわけではないが、しごとのかえりみち、2月以来4か月ぶりに、« お茶の水ビアホール » にたちより、レーヴェンブロイなどをのんできた。

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 2月にきたときは気づかなかったが、入り口のとびらに、« 御茶ノ水 (beerhall) で麦ノ水 » と書いてある。
 きょうは早めにきりあげたので、適量しか飲んでいないのだが、麦ノ「水」というわりにはよく酔った(笑)。疲れているからかもしれない。
 ほぼ予定どおり(じつは少し遅れていたが)、先週のうちには研究室の代替スペースに荷物が運びこまれた。
 代替スペースは研究棟ほど什器類の重量に耐えられないそうで(かりにも鉄筋建築で、そんなことがあるのだろうか)、180cm以上の棚やキャビネットの搬入が禁止されており、本棚のたぐいが置けない。
 もとの研究室にあった本棚やキャビネットは、低いものでも180cmはあった。
 その他、大きなものは代替スペースとはべつの倉庫行きにせざるを得なかった。

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 書物や資料、書類は段ボール箱でもちこんでいて、必要なたびにひっくり返してさがしているありさまだ。
 どの資料が必要になるか、あらかじめ予見することはできないので、極力倉庫行きにしないで代替スペース行きにしたが、きわめて不自由だ。これになれるまでは、しばらく時間がかかりそうだ。

 代替スペースは吾妻にあり、つくば駅に近いので、大学への行きか帰りのとちゅうにたちよることにしている。
 つくば駅から歩いて6分くらいだが、16日の日録でも書いたように、表通りからはたいへん行きづらく、歩道経由が最短だ。
 オークラフロンティアホテルから学園中央郵便局にむかう歩道橋(写真1まいめ)をわたり、郵便局を右にみながらとおりすぎ、さらにもうひとつ橋をわたると、すでに代替スペースの建物が前方にみえてくる(下記2まいめの写真の左前方にみえている建物だ)。

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 まあ、これだけ便利な場所なら、国有財産売却の対象になってもしかたがないかもしれない。つくばエクスプレス開通以前とくらべれば、土地などの市場価値もまったく変わったというべきだろう(もっとも、大震災・福島原発事故以降ふたたび下落したかもしれないが)。

 先日購入したコルシカ語の辞書は、ネットで見られるコルシカ語辞典(http://infcor.adecec.net/)を作っているADECEC(Association pour le Développement des Etudes archéologiques, historiques, linguistiques et naturalistes du Centre-Est de la Corse)が中心になって編纂されている。
 いろいろ調べていたところ、先日言及した u Maiò(「大きいの」、フランス語・コルシカ語大辞典)と u Minò(「小さいの」、フランス語・コルシカ語;コルシカ語・フランス語小辞典)だけでなく、もう1冊、おなじ出版社 DCL から u Maiori(「大きいの」、フランス語・コルシカ語大辞典)というのも出ていることがわかり、さっそく註文しておいた。
 http://www.editionsdcl.fr/product_info.php/maiori-p-203
 前二者のみではいかにも不均衡で、なぜ「大きいの」は仏科大辞典しかなくて、科仏大辞典がないのだろうか、と思っていた。maiò と maiori はおなじ単語(もちろん、ラテン語 mājor に由来している)の変異形ということなので、ふたつの対等な「大きいの」をつくることができる、うまい命名だ。u Maiò だけに、うまいお! ...あ、どうも失礼いたしました。

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 註文しておいた u Maiori とはべつに、Le Bord de l'Eau (水のほとり) という風流な名まえの出版社から2013年に出た最新の辞書、Dizziunariu Corsu-Francese も買った。1195ページ、6万語以上の大辞典だ。コルシカ語についてもさらにいろいろ調べたい(まだおよそ「研究」などとはいえない段階だが)。
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 今月、『フランス語学の最前線』第3巻(特集:モダリティ)がひつじ書房から出版されました。
 ちょうど1年まえ、第2巻(特集:時制)が出ましたが、わたしは時制とモダリティを研究しているので、前回につづいて今回も執筆させていただけました。

 個人的には、「最前線」という名まえがたいそうはずかしく、また、完全に看板どおりともいえないと思うのですが、シリーズとしてきまっていることで、いち執筆者のたちばで手出しできることではありませんので、いたしかたありません。
 内容的には、モダリティ研究の新しい展望がひらける1冊に仕上がっていると思います。たとえば、以前ならモダリティといえばかならず顔を出していた準助動詞 (semi-auxiliaires ; pouvoir、devoirなど) にかんする論文が皆無であることからも、斬新さがわかるのではないでしょうか。もちろん、準助動詞の研究がもはや不要だとか、ほうむり去られたと主張したいわけではありませんが。

 川口順二編(2015)『フランス語学の最前線』第3巻(特集:モダリティ)
 A5判並製 定価5,000円+税
 ISBN 978-4-89476-756-0
 ひつじ書房

 【目次】
 まえがき

 フランス語の法形容詞purについて
 山本大地

 「蓋然性」のモダリティを表すマーカー probablement とéventuellement の対照研究
 芦野文武

 tout の強意用法について
 春木仁孝

 接続法の多元的拡張  Le fait que の分布と法の選択
 守田貴弘

 si の多義性と発話操作  断定・他性・主体のポジション
 小熊和郎

 現在・未来の反実仮定と半過去・大過去の使い分け
 曽我祐典

 所有形容詞をめぐる発話者と対話者
 中尾和美

 偽装された命令 Je monte, je valide
 フランス・ドルヌ

 論証的ポリフォニー理論をめぐって
 渡邊淳也

 反語法を用いたアイロニーと誇張法を用いたアイロニー  意味論的ブロック理論による説明
 西脇沙織

 疑似主体に基づく主観性について  自由話法の仏日対照を中心に
 阿部宏

 呼びかけとモダリティ
 川口順二

 索引
 執筆者紹介

 執筆者間であて先の名寄せをした献本については、すでに出版社から発送されましたので、ここ数日、ちらほらとお礼のメールをいただいております。
 また、わたしから個人的に送る献本も、ようやく準備ができましたので、今週にはいってから徐々に送り出しております。お約束申しあげたみなさま、お手もとにとどくまでいましばらくお待ちください。
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 耐震工事のため、いよいよ研究室を立ちのくことになりました。
 先週撮影した、退去まえの研究室の最後の姿です。来春までしばしの別れです。すでに鍵を返しました。

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 じつは、耐震工事が全学的に進展中なので、本来の研究室から立ちのいているあいだの代替スペースが、学内にはありません。
 大学からバスで20分くらいの(駅からは近い)吾妻というところにある単身宿舎が、(最近の新自由主義的政策で、国有財産売却のため退去を進めていて、)空室が多いので、そこを使う(いや、使わされる)ことになりました。
 遠いので、授業のあいまにもどるというわけにはいきませんね。この不便さは、同僚たちのあいだでも不評です。
 しかし、わたしはひそかに、微量のよろこびをおぼえています。わかりにくく、だれもたずねてこないような場所で、こどものことばでいう「秘密基地」、おとなのことばでいう「かくれ家」、一部のおとなのことばでいう「アジト」といった感覚になります。

 きょう、はじめて代替スペースに行ってみたのですが、建物の近くまで行っても通りの側からは入りにくく、ぐるぐる回ってしまいました。

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 代替スペースの入り口。

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 中はいかにも単身宿舎ですね。流し台、洗面台、トイレが自分のところにあるので、この点だけは研究室より便利です。

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 今週中には、荷づくりした荷物を運送業者が運んでくれます。

 ところで、引っ越しのときにかぎって、何か月もまえに註文していた本がとどきます。
 特筆すべきは、コルシカ語の辞書を2冊買ったことです。フランス語・コルシカ語大辞典(1450ページ)と、フランス語・コルシカ語、コルシカ語・フランス語小辞典(976ページ)です。どちらも新しく、それぞれ2009年、2010年刊行です。
 前者に u Maiò「大きいの」、後者に u Minò「小さいの」 という、なにやらかわいらしい愛称がついています(どちらも最上級ですが、コルシカ語では、フランス語と同様、2つしかないもののうちで「大きい方」「小さい方」などというときにも最上級をつかいます)。

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[後日追記] これらのコルシカ語の辞書の筆頭著者 Antoine Louis Culioli は、有名な言語学者の Antoine Culioli と同一人物であることがわかりました。
 U Maiò の序文に、Antoine Louis Culioli の肩書きとして、professeur honoraire de linguistique à l'Université de Paris-Diderot (Paris IV) et à l'Ecole Normale SUpérieure (rue d'Ulm) [パリ・ディドロ大学(パリ第7大学)、および高等師範学校(ユルム街)言語学名誉教授] と書かれており、一驚を喫しました。
 Louis という名まえは、ほかの論文や著書では出していないので、「面をかりて舞う」ごとく、分野によって使いわけているのかもしれません。
 また、コルシカ語研究にきわめて熱心というようにも思っておりませんでした。キュリオリのコルシカ語関係の研究としてわたしが知っているのは、かろうじて1件、著作集第3巻(Pour une linguistique de l'énonciation, tome 3, Ophys, 1999) の143―149ページに、« A propos des exclamatives en Corse » [コルシカ語における感嘆文について] という論文があるのみです。
 しかし、やはり、コルシカ語への愛着は強くもっていたのですね。

 一方、U MaiòU Minò でふたりめの著者として名まえが出ている Gabriel Xavier Culioli は、肩書が「作家」(écrivain)になっていました。ネット検索したところ、Antoine Culioli の息子であることがわかりました。
 つぎの記事に、辞書のシリーズをさす換喩的呼称として、「クリオーリ / キュリオリ一家」(i Culioli, les Culioli)と言及されております。というのも、一代目の Antoine (Louis)、二代目 Gabriel Xavier にくわえて、三代目(Antoine からみた孫娘)の Vannina も辞書編纂の事業にくわわっていたからです。ここまでくると、もはや「家業」といってもよいでしょう。
 日本でいえば「金田一」一家(金田一京助、金田一春彦、金田一秀穂)のようなものですかね。

http://www.lexpress.fr/region/les-culioli-toujours-les-mots_474151.html
からの引用:

Les Culioli, toujours les mots...

Par Jérôme Dupuis, publié le 15/11/2007

C'est un monument aux morts qui fait froid dans le dos: 16 noms, 16 Culioli - emportés entre la guerre de 1870 et le second conflit mondial. On le trouve sur les hauteurs âpres du hameau de Chera, au-dessus de Porto-Vecchio, berceau des Culioli. Pourtant, aujourd'hui, c'est sur un monument plus réjouissant que la famille appose son nom: le premier Dictionnaire français-corse, publié en 1997. Il est tout simplement signé «i Culioli» (les Culioli), soit Antoine Culioli, 83 ans, sommité de la linguistique, Gabriel-Xavier, son remuant fils de 55 ans, et, enfin, Vannina, sa petite-fille de 29 ans. Trois générations pour deux volumes qui font référence. «J'en avais assez d'entendre les Corses se plaindre et je voulais créer quelque chose de positif», confie Gabriel-Xavier.

Aurait-il pu imaginer une telle consécration intellectuelle, le «Doumé», né en 1892, patriarche de cette famille installée dans ces montagnes depuis le xviiie siècle? Son petit-fils, Gabriel-Xavier, lui a consacré un livre, La Terre des seigneurs(DCL Editions), souvent présenté comme Le Cheval d'orgueilcorse et vendu à 50 000 exemplaires. On y suit ce jeune fils de paysan de Chera, qui finit par devenir fonctionnaire - tropisme vieux comme la Corse... On y croise aussi «Tonton Xavier», qui deviendra le chef de la police de Marseille à la Libération. Ce qui ne l'empêchait pas, le soir, de fréquenter le célèbre truand Mémé Guérini... Un demi-siècle plus tard, Gabriel-Xavier ne cachera pas non plus sa fascination pour feu Jean-Jé Colonna, présenté comme le dernier parrain corse. «Cela ne veut pas dire pour autant que je l'absous», précise-t-il. Quand on pense que Nicolas Sarkozy a eu pour première épouse Marie-Dominique Culioli, une lointaine cousine dont le père a vécu à Chera!

Chez les Culioli, on connaît le poids des mots et des scherzu.Antoine, normalien dans la promotion de Jean d'Ormesson, fut le plus jeune professeur de philologie de la Sorbonne. «Mes parents parlaient corse entre eux. J'ai toujours été fasciné par les langues et, à 14 ans, j'avais inventé une langue romane», se souvient-il. Ce grand intellectuel de la diaspora corse continue, malgré son âge, à animer un séminaire de linguistique rue d'Ulm.

Son fils Gabriel-Xavier aura choisi des voies moins académiques, même si les mots ont toujours été son arme favorite. Membre des Jeunesses communistes révolutionnaires au côté d'Alain Krivine dès 1967, converti au protestantisme - il a supervisé récemment la traduction de la Bible en langue corse - un temps proche des nationalistes de l'ANC, il se fait connaître par de virulentes tribunes dans Le Monde. Cette personnalité iconoclaste dérange. En décembre 1998, il est même brièvement placé en garde à vue dans le cadre de l'enquête sur la mort du préfet Erignac. Un enquêteur sémiologue avait cru déceler des ressemblances stylistiques entre son introduction au Dictionnaire français-corse et les textes de revendication des assassins! Les mots, toujours les mots...

Lui qui faisait des allers-retours entre le continent et sa maison de Chera décide finalement, en 2000, de revenir s'installer définitivement dans l'île avec femme et enfants. Il écrit des romans et des chroniques dans le Journal de la Corse.Un temps, il avait aussi lancé son blog. «Mais les pressions diverses ont fini par me prendre la tête, déplore-t-il. Comme on dit ici, la langue n'a pas d'os, mais elle casse des os...»
 夕方、いつもの散歩経路の小さな川で、カルガモの親子をみかけました。懸命に水草をたべています。

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 サリーさんのひそみにならって、一昨日、白百合女子大に出講したときにとってきたあじさいの写真を貼りつけます。

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 ついでに、ますます青むらさきが濃くなってきた拙宅のラヴェンダーも。

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 みつばちが何匹も、みつを集めにきています。

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 まいとし、6月にはいると、拙宅の庭ではラヴェンダーの花が咲くようになります。
 まだ咲きはじめですが、日数がたつにつれて、だんだんと青むらさきの花の色が濃くなってくるのが楽しみです。

 はじめに種をまいたのはこのあたりで、ここもよく育っているのですが、近年、栗の木がよくしげるようになったので、木陰になってしまう時間がけっこうあります。

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 自然に種が飛んで、こんなところにも生えてきました。こちらのほうが元気なくらいです。

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 掃き出し窓の直下なので、窓をあけはなつと、いいかおりがすぐ近くからながれてきます。

 こちらは別の種類。みつばちがみつを集めにきています。

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 くりの花が落ちてきているので、きれいな写真をとるにはとりのぞいたほうがよいのでしょうが、みつばちのじゃまをしたくないので、そのままにしています。
 また立ちかへる水無月の
 なげきをたれに語るべき
 沙羅のみづ枝に花咲けば
 かなしき人の目ぞ見ゆる(芥川龍之介)


 6月になりました。大きな病気や怪我の経験が6月に集中しているなど、どういうわけか、わたしにとっては要注意の月です。万事慎重にいきたいと思います。

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 きのうからきょうにかけて、耐震工事のため研究室を立ち退く引っ越しの準備を一気にすすめる目的で、つくばに泊まりました。

 きのう、不要物のかたづけからはじめ、不要な書類の破棄(機密のものは溶解処理に出す)、不要な什器・機器の廃棄、をしたあと、荷づくりにはいりました。
 いちばんの大物である2連結の本棚、そして2番手のキャビネットとそのとなりのロッカーあたりをきのうかたづけ、きょうは机の前の、辞書などをおいている棚、そして机の引き出しやそのまわりにあるものをかたづけました。

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 おかげさまで、箱づめは9割がた終わりました。ひとつまえ(5月27日づけ)の記事にある研究室内の写真とくらべると、大きな変化がわかるものと思います。
 後日、直前までつかうものを箱づめすることと、行先別(倉庫ゆきと代替スペースゆき)のラベルをはりつけ、荷物番号や名前を書くことが残っています。

 しかし、これがあるからといって授業や会議を休んでよいわけではないので、つらいところです。きょうは会議日で、人文社会科学研究科の広報委員会などがありました。

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 ところで、「反知性主義」というのが最近のキーワードになっているようで、買ったままだった『現代思想』の2月号をとりだしてきた。
 内田樹氏が編まれた最近の共著書も「反知性主義」を題名にふくんでいたと記憶しているが、ざんねんながら研究室の引っ越しの荷づくりで封入してしまった。
 最近の意味でいう「反知性主義」は、外国人排斥や、ある種のポピュリズムをさすようだ(わたしにとっては、これからしておどろきだ)。端的な例としては、いまの総理大臣が、戦後レジームの転換を旗印にしていながら、戦後体制の出発点になったポツダム宣言を知らない(国会では「その部分をつまびらかに読んでいない」と答弁していたが、ポツダム宣言はわずか13条で、印刷すれば1枚の紙におさまるくらいなので、それを「つまびらかに読んでいない」というのは、とりもなおさず「読んでいない」ことになる)とか、改憲をめざしているにもかかわらず、憲法学の泰斗である芦部信喜を知らなかった、といったことがあげられる。

 しかし、わたしにとっては、「反知性主義」といってまっさきに思いうかぶのは、アミエル、ルコント・ド・リール、ヴィニー、アナトール・フランスといった反合理主義者たちだ。アナトール・フランスは『エピクロスの園』で、「科学的発明や工業的発明が続々とあらわれてくると、きみは底が知れないといって恐怖をいだいた。しかしもっとも単純な思想も、もっとも本能的な行為も、その結果にはやはり多くのはかり知れないものがある」といっている。
 ジョルジュ・パラントはこのようなひとたちを「理性の敵」(ennemi de la raison)とよんでいる。「理性の敵」といっても、わるい意味ではなく、パラントはこのことばを好意的につかっている。古代ギリシアの懐疑主義者(sceptique、あるいは misologue)も、パラントにとっては「理性の敵」であり、文学上のロマン主義やペシミスムの系譜へとつらなってゆくものとしている。

 感性を、理性や知性より上位におこうとすることは、こんにちの意味でいう「反知性主義」と共通しているのかもしれない。しかし、こんにちの「反知性主義」は、感性をいわばメタ理論のような位置におくことによって理性や知性をみちびこうとすることではなく、はなから知性には目をむけずに、積極的に無知蒙昧であろうとしているところが違うのではなかろうか。ある「旧大陸」のひとが、「新大陸」のひとたちに関して、インフォーマルな発言として「あいつらには文化がないのではない、文化が嫌いなんだ」といっていたことがあるが、そこでいう「文化が嫌い」と同質かもしれない。

 このあと、「イデオロギーの終焉」という、まったくおかしな概念について書こうとおもっていたが、つかれたのできょうは打ち止め。
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