日 録

 例年どおり12月25日、大学に卒業論文と修士論文をひきとりにいって、実質的なしごとおさめだった。
 もちろん、それらを読むこともふくめて、冬やすみの宿題を多くかかえていることはまちがいないが、ひとまずは疲れをいやすべく、妻とこどもと4人で、越後湯沢に行ってきた。
 昨年の同時期、野沢温泉に行って、こどもたちも「また雪のなかの温泉に行きたい」というので、今回は越後湯沢にした。
 われわれ家族はだれもスキーをしないので、もっぱら温泉につかることが目的だ。

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 川端康成の『雪国』の劈頭、「国境(くにざかい)の長いトンネルをぬけると、雪国であった」をおもいおこすように、上州側から越後側へと出てくると、たいへんな雪の別世界がひろがっていた。
 例年は12月から2メートルもつもることはまずないのに、ことしはとくに雪が多いそうだ。
 滞在中もほとんどずっと雪がふりつづいていて、あまりまちなかを歩きまわることはできなかった。

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 越後湯沢駅の構内に、「ぽんしゅ館」という、日本酒を主題化した商業施設があり、利き酒コーナーもあった。
 その入り口に、酒に酔って寝ころがるおじさんと、壁に手をついて(おそらく)吐いているおじさんのオブジェがあったが、日本酒の施設が酒のネガティヴな面を押し出しているようで、おかしかった。

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 スキー客も多く、大きなホテルはどこも満杯だったので、ちいさな宿にとまったが、温泉もここちよく、食事もおいしく、なかなか快適だった。
 最近では、宿泊施設にもインターネットのくちコミがあり、大きな失望を味わうことはなくてすむ。

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 小学校1年生の娘は、宿の庭先で、すこし雪あそびをしていた。
 雪つぶてをつくろうとしても、パウダー状の雪なので、なかなか固まらないことを不思議そうにしていた。

 宿の温泉もわるくはなかったが、じつは温泉としてよかったのは、駅に併設された日がえり入浴施設、「湯の沢」だった。
 「ぽんしゅ館」に併設だけあって、湯船は酒風呂だが、もちろん、温泉にほんのすこし酒を加えているだけなので、こどもでも酔うようなことはない。
 湯の温度が熱すぎず、絶妙な加減で、風呂あがりにくつろぐスペースも快適だった。
 ここなら、越後湯沢に泊まらなくても、通りがかりに途中下車してでもたちよることができるので、またこようと思う。

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 もう少しあるきまわりやすかったら、「コマクサの湯」などにも行ってみたかったが、これはまたの機会に。
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 いま、いつものちょうしで日常雑記を書こうとするなら、
 だけで終わってしまいそうなので、もうすこし長い目でみた話をしよう。

 * * * * *

 先週水曜、大学院説明会があり、わたしも専攻の広報委員として学生のみなさんをおむかえした。
 文芸言語専攻全体では、あいかわらず高い関心をもってもらえているようで、参会者は60人くらいと、かなりの盛況だった。
 ひさしぶりに、筑波の人文学類からもフランス語学領域の大学院受験を考えてくれている学生がいて、いま卒業論文の支援もしているが、なかなか有望で、おおいに期待をもっている。
 また、出身大学の学事のつごうで、説明会には参会できなかったが、学外からもフランス語学領域を受験してくれそうな学生を知っている。
 大学院を志望してくれるひとは、最近ではまいとし安定した人数がいて、ひところの減少傾向に一定の歯止めがかかったようにみえる。
 世のなかの情勢が不透明になってきて、どうせ不透明なら好きなことをしよう、というように考えているひとがふえてきたのかもしれない。
 そして、それはけっしてわるいことではない。
 年よりの説教にありがちな、「モラトリアム」というわけでもない(最近、この浅薄な弾圧的用語をつかうひとがあまりいなくなったことは、よろこばしい)。
 なぜなら、とくに学内から受験を考えてくれているひとは、すでに企業の内定を得ておられるにもかかわらず、そして、大学院進学のほうが、たんに就職などを考えるにはけわしい道であることを承知のうえで、内定を辞退して大学院をこころざそうとしておられるからだ。そのような例は過去にも複数あった。
 わたしのほうからは、大学院に進んだからといって、将来の見とおしがけっして明るいわけではないので、積極的におすすめする気にはならない。しかしもちろん、興味をもってくれるひとは歓迎している。
 いまでは、大学院は、一貫制博士課程といえども、全員が全員、研究者になると思いさだめたひとがくるところではなくなった。
 だからというわけではないが、フランス語学領域では、まいとし2~3人の新入生をむかえているにもかかわらず、課程博士取得者は2010年代に入ってからまだ2人しかいない(あとひとり、ちかいうちにフランスで取得するひとがいるかもしれない)。
 修士まで修得して、企業就職や公務員など、いわゆる高度な職業人として活躍しているひともいる。それはそれでよい。
 しかしやはり、わかいひとたちにはまず、研究の方面で期待したいと思っている。たとえどんな方向に行くとしても、オリジナルな研究を推進するという経験は、プラスになるにちがいない(それはわたしがナイーヴに言っているだけではなく、実際にいまいろいろなところで活躍しているひとからきいていることだ)。
 
 * * * * *

 一方、わたし自身の文事の予定も少しずつきまってきた。
 まず、10月に広島大学でひらかれたフランス語フランス文学会秋季大会で(その学会では1999年以来15年ぶりに!)研究発表をしてきて、論文も執筆を希望しておいたが、最近、発表聴取にもとづく原稿依頼がきた。しめきりは2月初旬だ。
 フランス語フランス文学会は伝統的には不思議なシステムで、従来は編集委員による発表聴取だけで論文掲載がきまっていた。つまり、原理的には、発表さえ無難に乗り切れば、そのあとでいわば手のひらをかえして、内容を変えてしまうこともできるシステムだったのだ。
 しかし、さすがにそれではまずいということで、いまでは、原稿を依頼するとはいえ、その原稿もまた査読の対象とされるようになった。
 ともあれ、まずは第1段階を通過したことになる。もっとも、今秋は語学分科会での発表者がわたしひとりだけで、競争者がいなかったから、わたしの発表も一応保持されただけのことかもしれない。

 また、昨年秋にアンジェ Angers の西部カトリック大学 Université catholique de l'Ouest でひらかれた学会で発表した原稿を、ことしの9月、論文集に投稿していたのだが、3日ほどまえに(フランスでの冬休み突入直前ということだろう)ようやく査読結果がきて、雑誌 Voix plurielles に論文を載せてもらえることが正式に確定した(いや、これこそ、「査読」という話はきいていなかったので、てっきり事前の要旨提出と発表聴取だけで掲載がきまったものとばかり思っていた)。
 ただし、査読コメントをうけて書きなおしたものを、1月15日までに送りかえさなければならない。さいわい、比較的親切な査読コメントをもらったので、なんとか手なおしはできそうだが、フランス語書きの論文にもかかわらず英語の要旨をつけなければならないのは時代の流れというべきか。

 原稿を出したといえば、『フランス語学の最前線』第3巻にも、アンジェの学会と同様に9月に原稿を出したきりで、まだなにも言ってこない。どうなったのだろう。また、年度末のいそがしい時期に校正がきそうな気がする。
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 真冬のような寒さになる。八王子では雪がふったらしい。きょうの東京の最低気温は1.7度。
 土曜だが、8時すぎに家をでて、早稲田にむかう。れいによって、往復とも高田馬場からあるくのが快適だ。
 早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス)の正門のまえの並木も美しく色づいている。

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 10時から研究会の会場に、9時25分ころにつく。
 ひとりめの発表者の大久保くんがきてから、プロジェクターの接続などをこころみる。
 会場の会議室は、いつもながらたいへんながめがよい。遠くに東京スカイツリ―、近くには穴八幡がみえる。

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 きょうの研究会は、以下のようなものだ。

日本フランス語学会研究促進プログラム「パロールの言語学」第1回研究会
日時:2014年12月6日(土) 午前10時から12時
場所:早稲田大学文学学術院 (戸山キャンパス) 33号館16階第10会議室

発表者:大久保朝憲(関西大学)
題目:論証的ポリフォニー理論とアイロニー:「ほめごろし」のディスコースをめぐって

発表者:藤村逸子(名古屋大学)
題目:大規模コーパスにおける言語使用(parole)の観察から推測される「フランス語の規範」と「人間の認知傾向」

司会:渡邊淳也(筑波大学)

 このブログでも紹介したことがあるが、日本フランス語学会では、6月に行なった学会内公募にもとづき、研究促進プログラム「パロールの言語学」をたちあげ、7月末より参加者間での討議、研究会の計画などを進めてきた。趣意、参加者はつぎのページに掲出されている。

 募集時案内(趣意など):
 http://www.sjlf.org/?p=1392
 課題採択後の広報(参加者、研究課題):
 http://www.sjlf.org/?p=1484

 きょうのおふたかたの発表は、いずれも第1回研究会にふさわしい、テーマはいうにおよばず、理論、研究方法の面でも参考になるところの多い、基調講演的な性格のものとなった。

 大久保くん(1990年代後半の留学時代以来の友だちなので、ふだんから「くん」呼称)のきょうの発表は、言説の連続性に着目する言語内論証理論、とりわけ論証的ポリフォニー理論の最新版に依拠した反語法(ironie)や、なかでも「ほめごろし」(flatterie sarcastique)の分析で、理論と現象の両面でおもしろかった。
 とりわけ、反語法のなかでも「ほめごろし」がどのように違うかという点として、もともと真意を暗黙にしている(一般の)反語法以上に、「ほめごろし」は字義のみにとどめるという虚偽の態度を貫徹しうるものであって、内容が阻却されるべきであることを知る言語的な手がかりがいっそう少ない、ということを示された点が興味ぶかかった。

 藤村さんの発表は、大規模コーパスをもちいた研究の実際をわかりやすく示してくださるもので、これまた貴重なお話だった。
 ヨーロッパでは意外と言語学者と情報学者の分業がうまくいっておらず、有名なソフトや、有料のタグつきコーパスなども、実はまったく使えないほどの欠点をかかえているなど、はじめてうかがう話が多かった。
 それへのアンティテーゼとして、言語学研究者もみずからコーパス研究、とりわけコンピューター利用の技術的側面に習熟するべきだというお話は、たいへん耳のいたいご指摘だった。なにしろ、わたしはせいぜい、エディターソフトの正規表現をときどき使うくらいなのに、藤村さんは Perl スクリプトを自分で書いて検索するというのだから。

 議論が長びいて、じっさいにおわったのは12時20分ころ。
 ミルクホールでパンを買って昼食にして、13時から15時まではフランス語学会の編集委員会。
 学会誌の査読開始がおもな議題だったが、その場で、このプログラムがおおむね予定通りに進んでいることを報告してきた。

 15時から18時まで、ふたたび公開の行事で、フランス語学会の例会があったが、
 (1)かえりみちに写真屋にたちより、2週間まえに撮った娘の七五三の写真のできあがりをうけとる。
 (2)実はたまたまきょうがわたしの誕生日だったので、それを祝いたいというこどもたちの要望にこたえて、夕食時には家にいるようにする。
 という、まことに手前勝手な理由から、きょうは失礼してしまった。
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