日 録

 すこし遅れて、先週末までの記録をのこしておく。

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 夏休み前の大学院の平常授業は、ちょうど先週までで輪読している文献を読了したので、それでおわりということにした。
 最終回の授業がおわったあと、その場で大学院生のみなさんといっしょに、サヴォワの赤ワインをのんだ。
 サヴォワ地方は寒いところで、赤ワインという印象はあまりなかったが(そして実際、南方的な強い渋みはないが)、香りがよくて、おいしかった。
 
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 このワインは、いま休学してグルノーブル大学でニホン語教員をしている大学院生のTさんが、夏休みに一時帰国したときにおみやげでもってかえってくださったものだ。
 テロ対策のため、液体を飛行機に少量しかもちこめなくなってからというものの、ワインをもちかえるにはあずけ荷物にしなければならず、荷役でスーツケースが投げられたりして、なかで瓶が割れたらいやなので、わたしはけっして酒を外国からのおみやげにしなくなった。それにもかかわらず、Tさんはリスクを負ってもちかえってくださったのだ。みんなでありがたくいただいた。

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 そして先週末は、土曜(26日)に、まいとし恒例の同窓会があったので、大阪にとんぼがえりした。
 新大阪から大阪にむかう在来線の電車が、淀川にかかるながい鉄橋をわたるとき、たしかにかえってきたという気になる。

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 そして、道頓堀こそは、大阪の牽引的中心(centre attracteur)だ。ここにつくまえから、「赤い灯ぃ~、青い灯ぃ~♪」の『道頓堀行進曲』をうたいたくなる。



 もとより、わたしは帰属意識の稀薄な(つまり、ひとことでいえば無責任な)人間なので、同窓会になどまったく行かないのだが、このグループだけは偉大な例外だ。わたしが高校2年生のときにできたグループなので、ことしで30周年になる。ゆるやかなつながりだが、よくつづいている。「弱い紐帯の強さ」の一例かもしれない。
 ことしは、道頓堀の松竹座の地下にある酒肆≪和音≫で、19時から22時前まで飲んできた。野菜がたっぷりはいった、蒸し料理がおいしかった。

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 東京もたいがい猛暑だとおもっていたが、大阪の方が数段暑かった。

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 日本フランス語学会で、わたしが当初よびかけ人3人のうちのひとりになって、「パロールの言語学」と題した研究プログラムをたちあげた。
 まだはじまったばかりだが、がんばりたいと思う。

 募集時案内(趣意など):
 http://www.sjlf.org/?p=1392

 課題採択後の広報(参加者、研究課題):
 http://www.sjlf.org/?p=1484

 2014年7月18日(金)
 夜、つくばのフランス料理店≪グルマン≫で3人でまちあわせて、いっしょに夕食をとる。
 いつもながら、とてもおいしい料理とワインだった。

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 翌日が入試業務のため、つくばに宿泊。
 大学会館がいっぱいで、予約できなかったので、はじめて街なかのホテルにとまった。
 しかし、ワインなどをあおって、酔ったあげくに着いたので、ほとんど寝ただけ。かろうじて、翌朝シャワーをあびて出てきた。

 2014年7月19日(土)

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 終日、帰国生入試の業務で、その準備以来つづいてきた重い疲労が残った。
 いまだに制度的なしごとが苦手で、とくに入試は息がつまりそうになる。
 しかし、これといった問題もなく終了し、ひとまずほっとした。

 かえりみち、北千住でつくばエクスプレスから千代田線にのりかえようとしたら、足立花火大会があるらしく、たいへんな雑踏だった。
 にわか雨がふっていたが、雨のなかでも花火をうちあげるのだろうか。
 またしばらく、≪日録≫をかくことができなかった。
 れいによって、しごとに追われていただけのことだが、そんななかにも、いつもとはすこし毛色のちがうしごとがあった。

大杉栄全集月報の原稿依頼

 現在刊行準備中の大杉栄全集の月報の原稿依頼が来ていたのだ。
 おまえが大杉となんの関係があるのか、といわれそうだが、じつは2005年にわたしが訳書を出したジョルジュ・パラントの書いていた論文のうちのひとつを、パラントと同時代(1910年代)に大杉がはじめて日本語に翻訳・公刊していたのだ。なので、いちおう、大杉はわたしにとって「先人」だ。
 ちなみに大杉は、ロマン・ロランなど、多くのフランス語文献の翻訳をしている。

 依頼をうけとったのが7月2週目の週明けで、しめきりが7月25日なので、3週間弱しかない。
 字数はわずか2000字だが、短くまとめないといけないという意味でかえってたいへんだし、だいいち、専門でもなんでもない内容なので、これは気をつかった。
 きょう、字数もぴったりそろえて、ようやく提出可能な状態になったが、あと1週間余裕があるので、いましばらく最終確認のつもりだ。

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 ほかにも、まだ明かすことのできない「よけいなこと」をしていた。
 学内での帰国生入試の準備や、学外ではフランス語学会の研究促進プロジェクト関係の業務があり、たいへんなときなのだが、たいへんなときにかぎって、まったくちがったことを好んでしたくなるのは、こどものころからのわたしの「悪癖」といってもよい。
 しかし、道草を食うことで研究のうえでいろいろなひろがりがあることも事実なので、いまでは「悪癖」を正当化してしまった。
 これは、ほんとうにいそがしいときはぐあいがわるい。まえにも書いたが、この癖をもう少し煮つめたら、ある種の行動障碍になるだろうと自覚している。

 「しなくてもいいことをして泣いている」という川柳があって、タレントのマラソン出場を揶揄したものだったと記憶しているが、その文脈にそって解釈すると、むずかしい課題にいどむひとと、そのひとをとりまく集団の内輪の感動を、さめた視線で外からながめている状態だということになる。
 しかし、マラソンの文脈をぬきにしてみると、じつは、べつの読みが可能で、「よけいなことに手をだすから、寝る時間さえ足りなくなって、苦しみの涙をながしている」と解することもできる。
 わたしには後者の解釈がなじみぶかい。そのとおりの状況におちいることがあまりにも多いからだ。今がまさにそうだ。

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 小学生の娘がそだてているミニひまわりが、とてもきれいに咲いた。童心がそのままかたちをとったような花だ。

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 2日分の記録をまとめてしるす。

 2014年7月2日(水)
 岸彩子さんを筑波に招き、講演会を開催した。

■講師
岸 彩子
(青山学院大学非常勤講師)

■題目
「未来を表す現在形 présent "pro futuro"」
 フランス語現在形の、未来時に生起する事態を表す用法 présent "pro futuro" について考察し、この用法は時間・空間的にも判断の主体としても話者の立場を考慮に入れることを許さないとする。このことから présent "pro futuro" は現在形にどのような時間性も認めない非時間性説 (Serbat 1980 他) を補強するものであると考える。

■日時
2014年7月2日(水)15時〜17時

■場所
筑波大学共同利用棟A102教室

 まず、未来をあらわす現在形が、L'astronaute revient sur la Terre { ??en sûreté / ??lentement / ??prudemment } lundi prochain のように様態やモダリティをあらわす副詞と共起することがむずかしく、おなじ文を単純未来形にした L'astronaute reviendra sur la Terre { en sûreté / lentement / prudemment } lundi prochain のような文は可能であるという対比などから、未来をあらわす現在形は、特定の一時空に生身の人間が身をおくことで得られる「知覚情報」ではなく、その場での知覚をはなれ、とらえかえした「知識情報」をあらわすという説を出しておられる。
 そのうえで、Demain je suis libre は自然なのに対し、*Demain je suis heureux はおかしな文であるということなどから、未来をあらわす現在形は、「知識情報」のなかでも、個人の意見に帰せられるようなものではなく、客観性の名において語られうる「共有される知識」に適合する、という結論にいたっている。

 「知覚」と「知識」の区別は、わたしの研究で言及したことのある「叙事的時制」と「叙想的時制」の区別と比較可能であり、わたしの考えでは、「叙想的時制」の概念をもちいると、現在形が現在への位置づけをあらわすという説も維持可能のように思われた(岸さんは時間性をあらわさないという説にくみしておられる)。
 また、「現場での知覚」という概念は、認知モード論でいう「Iモード」(Interactional mode of cognition)とも接続可能であろう。
 さらに、「知覚情報」、「個人的な知識」、「共有される知識」というように、文内容を3つにわけるところは、最近のポリフォニー理論で Alfredo Lescano が提唱している「目撃者トーン」(ton de témoin)、「話者トーン」(ton de locuteur)、「世界トーン」(ton de monde)と(この順で)みごとなくらいに対応している。
 このように、現在形の用法にとどまらない大きなひろがりを感じることができ、また、わたし自身の研究テーマとも関連するところの多いお話だった。

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 おわったあと、≪百香亭≫にゆき、名物の、黒酢のかかった特大酢豚をたべ、ビールをのみながら歓談する。
 参会くださったかたがたの一部と、岸さん、英語学の同僚の和田くんとわたしで多く話したが、3人とも大阪生まれで基底文化を共有しているせいか、あるいはビールのおかげか、ここには書けないような本音を言いあい、たいへん楽しい思いをした。
 明日が大学院入試で、確実に朝から大学にいないといけないので、きょうは大学会館の宿泊施設に泊まる。ひさしぶりにここに泊まったら、ベッドがやわらかすぎて、あまりねむれなかった。

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 2014年7月3日(木)
 大学会館にとまったのもひさしぶりならば、学外側を向いた(相対的にながめのよい)部屋をあてがわれたのは、さらにひさしぶりなので、朝、カーテンをあけて、しばらくそとをながめた。
 わたしが学生だったころは、このあたりは、ひろい梨畑があったものだが、いまではまったくなくなった。

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 朝から大学院入試だが、午前中は試験場からの質問などにそなえて待機。正午ころから採点。
 夕方の会議まで、さらにながい待機時間のはずだったが、意外と雑務が多く、それらをかたづけているうちに会議の時間になった。
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