日 録

 こどもたちを連れて、大阪に行ってきた。
 ことしはどこでも春がおそいようで、大阪でも桜はまだちらほらとしか咲いていなかった。

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 雨がふったり、肌寒かったりして、あまり条件はよくなかったが、こどもたちをわたしの両親に会わせるのがおもな目的なので、それは達することができた。

 東京の自宅にもどったら、かねてよりとりくんでいた『フランス語学の最前線』(ひつじ書房)の校正刷りにくわえて、学会誌『フランス語学研究』の校正刷りもとどいていて、いましばらくは続けざまに校正と挌闘しなければならないこととなった。

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 「校正ばかりしている」というと、いかにも多産のようだが、そんなことはない。たまたま、いまの時期に重なっただけ。

 それとはべつに、早美出版社から、今月出た拙著の広告を雑誌などに出すからということで、確認のため画像が送られてきた。
 下のようなもので、カラフルな表紙が白黒になってしまうことだけが残念だが、広告を出してもらえるというだけでもありがたいだろう。

『フランス語の時制とモダリティ』広告
 晴れ。暑いほどの陽気で、東京も桜の開花が宣言される。
 拙宅の白水仙も、すでにほとんどの花がひらいた。

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 一連の増税前のかけこみ需要のうちのひとつとして、きょうは息子を家具店につれてゆき、机、いす、本棚、ひきだしラックのセットを買った。おとなになっても使えるような(もっとも、息子がいつまでこの家にいるか、わからないが)、おちついたタイプのものをえらんだ。とどけてもらうのは4月だが、きょう支払いまですませたので、もちろん消費税は5%。
 晴れて、あたたかい。
 しかし、体調がよくない。風邪をひきかけかもしれない。

 拙宅の敷地のかたすみにある白水仙の花が、ふつうの年なら3月中旬に咲きそろうが、今年は昨年とおなじく、春がおそかったので、彼岸をすぎてもまだ5分咲きといったところだ。
 昨年、ガス管の工事で球根を移動したが、間隔をひろげたおかげか、かえって元気になったようだ。

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 5月末ころに出版予定の『フランス語学の最前線』第2巻(ひつじ書房)の初校がようやく来たので、見なおしている(「ようやく」というのは、最終原稿を出したのは昨年9月だったので)。
 2月にもべつの拙著の校正のはなしをしたが、このしごとはたいがい疲れる。からだぢゅうが凝りかたまりそうになる。
 多産なひとは、それに比例して、果てしない校正をたくさんこなしているのだろうなあ、とひとごとのように考える。
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 17日、後期入試判定会議と、それにまつわる業務のためつくばに出勤。
 18日、娘の幼稚園の卒園式。
 19日、後期入試の事後処理の最後のしごとのため出勤。これでようやく今年度の入試業務から解放された。
 
 「がんばった自分へのごほうび」(笑)というクリシェは、いまではへんな手あかがつき、批評的にしか使えなくなってしまったようだが、なにやらそれに類するものがほしくなる。
 たいへんささやかな奮発だが、17日のしごとのかえりみち、千代田線から小田急線まで直通のロマンスカー≪特急メトロホームウェイ≫にのった。
 多摩急行にくらべて、停車駅こそすくないが、所要時間は変わらず、しかも本数がすくなくて不便なので、実利をともなわない、ほんとうに気分だけの贅沢だ。

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 そして、きょう(20日)は、7年ぶりくらいで、中学時代の恩師であるT先生(80歳をむかえられ、いまは世田谷にすんでおられる)と渋谷でまちあわせて、≪田や≫で食事をごいっしょした。これはほんとうの「ごほうび」だった。
 T先生はとても80歳とはおもえないほど若々しい活力に満ち、歩きかた、動きかた、そして声の張りがむかしのままで、30年以上まえにもどったような気分になった。

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 ことしも昨年とおなじく春がおそく、ふつうは3月なかばに咲く拙宅の白水仙はまだちらほらとしかひらいていない。

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 今週は火曜から木曜まで、後期入試にまつわる一連の業務のため、つくばに泊まりこんだ。

 3月11日(火)
 快晴。おそめに出て、つくばに向かう。

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 つくば駅からのバスは、明日の後期入試にそなえて臨時態勢をとっている。
 前期入試のときほどではないが、下見にくる受験生と保護者がいる。

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 天気がよいので、ひとつ手まえの大学会館でバスをおりて歩く。
 桐葉橋のたもとからの見はらしはいつもながら爽快だ。

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 研究室で、(また)たまっていたしごとをかたづける。

 3月12日(水)
 前期入試のときとちがい、早朝の担当がないので、9時まえに出勤。
 10時から後期入試開始。きょうはさいわい別室受験も発生せず、今年度実施した入試の各日程のなかで、いちばん問題のない、しずかな入試になった。

 夜、すっかり解放されてから、2月12日や3月3日の日録でも言及した、フランス留学時代にお世話になった先生とメールでやりとりをした。
 バイイによるものとされた(じつはバイイ自身は用いていない)mode vécu / mode pur や、社会学・人類学での émique / étique、そして最近の言語学でいわれている「認知モード」(Iモード / Dモード)にまつわる話をして、全般的には好意的なコメントをいただいたが、つぎのような指摘もいただき、ありがたかった。
Mais c'est tellement général que ça ressemble à un truisme comme on trouvait déjà chez Russel :"Signification et vérité (1938) " Dans toute assertion il faut séparer deux aspects. Côté subjectif, l'assertion exprime un état du locuteur; côté objectif, elle prétend "indiquer" un "fait" et elle y réussit quand c'est vrai." [拙訳:しかしそれはたいへん一般的なので、つとにラッセルの『意義と真実性』(1938)にみられるような自明の理に似てしまいます。いわく、「あらゆる断定において、ふたつの側面を分けなければならない。一方は主観的な側面で、話者の常態をのべる断定である。もうひとつは客観的な側面で、そちらでは断定は『事実』を『表示』しようとするものであり、それは真であるときに成功することとなる」]
 ラッセルによる「客観的な断定」の説明は、≪elle prétend "indiquer" un "fait"(断定は『事実』を『表示』しようとするものである)≫と、いささか屈託を帯びており、言語主体が純粋に「客観的」な観点にたつことができないことを暗示しているようだ、というと深読みしすぎだろうか。

 3月13日(木)
 きのうとおなじく、9時まえに出勤。
 前期入試の採点は全学マタ―だが、後期入試は学類ごとの実施なので、採点も自分たちのところでする。
 もちろんわたしは裏方なので、採点そのものにはまったく手をださないが、なにかあればお声がけいただくことになっているので、昼食をはさんで長時間の待機。
 待つあいだ、たずさえていた Cahiers Louis Guilloux の第2巻を読む(下の写真は後日自宅で撮影)。

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 第1部はジョルジュ・パラントからルイ・ギユーあてに送られた書簡の集成(1917年から21年にかけての65通)。
 パラントにかんする資料といえば、かれが公刊した著書や雑誌論文は残っているものの、パラントの手もとにあった原稿、日記、書簡などは、かれの死後、再婚の妻ルイーズが、金になる本だけ売りはらったあとすっかり燃やしてしまったので残っていない。しかし、パラントが発信した書簡は相手のところにあるのだから、残っているという道理だ。
 これらを読むと、パラントとギユーの親しい交際とともに、パラントが日常的にどのように思考していたかも読みとることができ、たいへん有意義だ。
 パラントも学期中は校務でいそがしかったらしく、≪tâches innombrables, nauséeuses et inutiles(かぞえきれない、吐き気をもよおす、無益な任務)≫などと書いていて、実感をともなって苦笑してしまう。

 第2部は≪Une carrière≫と題されたパラントの未公刊原稿で、これは奇蹟的にルイーズによる処分をまぬかれ、残っていたらしい。
 パラントの晩年、ボヴァリスムの理論家ジュール・ド・ゴルティエとの論争が過熱し、決闘騒動になった事件にかんする手記だ。
 教え子の弁護士ペリゴワ氏が、決闘の法的手つづき(1920年代はまだ、決闘が合法だった!)を補助することになり、証人の選定やゴルティエがわとの交渉を担当したが、その交渉過程で、ペリゴワ氏は、わたしにとってきわめて不利な条件をのまざるをえない方向にみちびいた、そしてそれはわたしをだまし、おとしいれるための陰謀だった、というようにくちをきわめてののしっている。
 もちろんこれは、パラントのがわからみた一方的な意見で、実際にはペリゴワ氏は、恩師のことを思い、決闘そのものを回避するために働いたのではなかろうか。それにしても、なかなかイメージのわかなかった事件について、なまなましくえがき出されており、貴重な資料になるだろう。

 第3部はギユーによるパラント評論で、やはり Cahiers Louis Guilloux の第2巻におさめられるまでは未刊だった。
 これも重要な文献だが、これについて述べるにはもう少し整備した論文のようなかたちのほうがよいだろうから、ここには書かないことにする。

 15時ころ採点がおわり、集計委員の先生に集計を依頼。16時すぎに集計はおわり、17時まえに本部棟の入試課に提出。判定は来週なので、きょうはデータをもちこんだだけで終了。その他、残務はまだつづくものの、今年度最後の入試がおわった。

 17時すぎ、研究室にもどり、さあ帰ろうというときに、つくばエクスプレスが運転を見あわせているという情報を目にした。



 しかし、つくばエクスプレスは全駅ホームドア・ホーム柵つきなのに、どうして駅で人身事故が起きるのか。万難を排してでも自殺しようというひとが、柵を乗りこえて線路に飛びこんだのだろうか。
 ここで駅にむかってしまうと何時間待たされるかわからないので、つくばエクスプレスのホームページなどで様子をみてから大学を出ることにする。
 19時20分ころ、運転が再開されたとのことだが、こんどはガラス窓にたたきつけるような強風、大雨になったので、さらに研究室で待機する。
 20時まえのバスで駅にむかう。つくば駅からは、平常どおりというわけにはいかないが、運転見あわせのあとにしてはまずまず順調で、23時まえには帰宅できた。

 家につくと、わたしの新しい著書の、著者むけ献本が留守中に到着していた。

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 研究書とはおもえないほどのインパクトのある装幀で、表紙カヴァ―の制作を銅版画家の小柳優衣さんにお願いしたかいがあった。本書のために銅版画を新作してくださったのだ。
 ただし、これは速報的に発行日以前に受けとったものなので、各方面への献本ができるのは、来月以降になりそうです。みなさま、申し訳ありませんが気長にお待ちいただければと思います。
 明日(11日)から13日まで、後期入試にまつわる業務のため、つくばに泊まり込みになるので、きょうは閑話を書いてみたい。

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 母からスイスのおみやげでもらったぬいぐるみが、娘の大のお気にいりで、これをわが家では「モルモットちゃん」とよんでいる。
 娘は本を読んだりしているときもモルモットちゃんをわきにかかえているし、ねるときももちろん2階の寝室に連れてあがる。
 モルモットのうたを作ってうたってみたり、モルモットちゃんはじゃんけんするときにグーしかだせないからと、チョキとパーの形を折り紙でつくって、前足につけられるようにしてあげたり、絵本やノート、カードまで専用のものをつくってあげるなどしている。
 また、それらの品をつくっているのは「モルモット株式会社」だというので、こどもの想像力には感心する。
 モルモットちゃんのふるさとという理由から、娘がスイスに格段の関心をもつようになったのもおもしろい。

 ところで、このぬいぐるみが模している動物を「モルモット」とよぶのは便宜的で、ニホン語の文脈では、(「モルモット」からは区別される)英語由来の「マーモット」というほうがよいらしい。
 ニホン語でいう「モルモット」は、ネズミ目テンジクネズミ科の「テンジクネズミ」で、かつては実験動物として知られていたものだ。それにたいして、「マーモット」は、ネズミ目リス科の、しっぽが大きく、直立する動物で、われわれの世代なら「山ねずみロッキーチャック」というキャラクターで知っているだろう。

 もちろん、「マーモット」も「モルモット」も、語形としてもとをただせば同じなのだが、ニホン語では「モルモット」というかたかなだけが、なぜか脈絡を絶って、テンジクネズミをさすようになってしまった。これはかつて、「マーモット」の指示対象と「モルモット」の指示対象が、誤解によってむすびつけられたことに由来するらしい。
 現代のヨーロッパ諸語では、「マーモット」をさすのに、英語 marmot、フランス語 marmotte、イタリア語 marmotta、スペイン語 marmota など、「マーモット」、「モルモット」に対応する語形をつかっている。
 それにたいして、「モルモット」をさす語彙項目は、英語 cavy、フランス語 cobaye、イタリア語 cavia、スペイン語 cuy などと、「モルモット」とはまったく無関係の形をおびている。

 手もとにある Larousse étymologique をひいてみたところ、marmotte の語源は marmotter「つぶやく、くちごもる」に送られていて、「15世紀末、つぶやき murmure をあらわす擬音語由来の語根 mar-, marm- から」と書かれている。手もとにある Petit Robert もおなじ説をとっている。
 一方、(手もとにないので、ウィキペディアのページ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%83%E3%83%88 経由で孫引きすると)OED の marmot の項には、フランス語 marmotte、およびロマンシュ語 murmont を経て、「山ねずみ」をあらわすラテン語 mus montis(対格 murem montis)にさかのぼると書かれているそうだ。混淆的な語源なのかもしれない。
 晴れ。きのうとちがって朝寝をしたが、どうも疲れがとれない(疲れるほど働いているのか、といわれれば自分でもはなはだ疑問だが)。
 午後からフランス語学会の編集委員会があるので、茗荷谷の跡見学園女子大学へ。

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 来年度からフランス語学会の例会や委員会の会場校が変わるので、この瀟洒な校舎をきまっておとずれる機会は、いちおうきょうで最後だ。しかし委員会は議題が多くて長引き、あまり感慨にふけるいとまはなかった。
 わたしが提出した資料に、「6月31日」という存在しない日づけを書いてしまっていた。いかにも粗忽者らしい。
 委員会がおわったあと、学会内ですすめようとしているプロジェクトの相談のため、Kくんとふたりで近隣のカフェにゆき、1時間くらい話して帰途につく。
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 快晴。日本フランス語フランス文学会関東支部大会に出席のため、南大沢の首都大学東京へ。
 筑波大学の大学院生Tくんが支部大会の語学分科会で発表なさるので、その「応援」のために、筑波の大学院生のみなさんといっしょにかけつけた。

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 首都大学東京の前身の東京都立大学には、わたしは2002年度、当時都立大所属で、研究休暇をとっておられた石野好一先生の代講で1年間非常勤出講したので、南大沢の校舎に行くのはなつかしい。見た目はまったく変わっていない。
 当時の都立大の仏文科はだれもがうらやむ研究・教育環境だったが、首都大学東京になってからは、人文学部も解消され、見るかげもない。
 石野先生もふくめて、当時おられた先生方も大半が他大学に転籍(ありていにいえば、「脱出」)なさった。
 都立大の改組については、フランス文学会も抗議声明を出すなど、たいへんなさわぎになったものだが、今回の支部大会開催でいちおうの「和解」に至ったのだろうか。
 そういえば、わたしの所属する筑波大学も、元来はフランス文学会とは友好的になれない理由がある。というのも、フランス文学会は、(筑波大学の前身の)東京教育大学の筑波移転反対決議を採択していて、それは公式には撤回されていないからだ。しかし筑波大学でも、2007年にフランス文学会関東支部大会が開催された。時間幅はちがうが、似たようなケースかもしれない。

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 事務室や掲示板のまえが、サン=ラザール駅のようなアーケードになっている。

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 語学分科会がおわったあと、Tくんをかこんで、近隣のカフェでしばらく話してから帰途についた。

 * * * * *

 幼稚園を経由して応募していた、硬筆で書く年賀はがきのコンクールで、幼稚園年長組の娘が全国で60人程度の表彰対象にえらばれ、きょうは娘は妻につれられて中野区で開催された表彰式にゆき、賞状とトロフィーをもらってきた(わたしは上記の学会出席のため別行動だった)。
 昨年末、息子がエアトレイン大会で受賞したのにつづき、娘もこのような賞をいただくことになり、たいへんよろこばしい。わたしはこのような受賞経験はほとんどないので、親に似ずに輝かしいこどもたちだ、といいたくなる(笑)。

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▲ 高田渡『値上げ』


▲ 添田唖蝉坊『増税節』

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 晴れ、16時ころから雪。
 今春は所得税も消費税も住民税もいっせいに高くなるので、震災以前の習慣をとりもどし、添田唖蝉坊の『増税節』をくちずさみながら、≪ぽっぽ町田≫という、おなじくらいふざけた名まえの施設に、所得税の確定申告を出しにゆく。
 きょうの申告にまつわり、特筆すべきとととして、ことしからできた復興特別税は、所得税額の2.1%を一律に加算するものだが、なんと、これが向こう25年もつづくという。25年もつづけるならば、そのあいだにまた別の大震災が起きかねない。もはや恒久増税と考えたほうがよいのではなかろうか。
 横浜銀行にたちより、申告の結果発生した追い銭を払い、帰途につく。
 以前は町田の中心街にでると、嬉々として古書店で書物を買い、嬉々としてカフェにたちよって読むのがおきまりのコースだったが、疲れやすくなったせいか、そのようなことをする気が起きない。

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 新刊の拙著については、出版社より、今週中に印刷が終了、来週中には製本が終了する見込みであるとの連絡をいただきました。
 おくづけの発行年月日(3月15日)にはなんとか間に合いそうです。

 つぎのような、書物の主題ともひびきあう新作銅版画をあしらった表紙カヴァーを、小柳優衣さんが制作してくださいました。ありがとうございます。



 わたしのホームページの一角に、紹介のページをつくりました:
 http://www.ne.jp/asahi/watanabe/junya/temps.htm
 雨のち晴れ。晴れてからはあたたかくなる。

 つくばに出勤する途上、千代田線の車中で、一昨年、ウズベキスタンに出張したときにたいへんお世話になったHさんに偶然会って、下車なさる駅までしばらく話す。

 正午過ぎに大学に着き、たまっていた書類しごとをいくつかかたづける。

 午後は、交流協定先のフランシュ=コンテ大学にいっておられた学生のMさん、Tさんがわたしの研究室をたずねてきてくれて、昨年7月以来ひさしぶりに再会する。4月の新入生ガイダンスに上級生としてご協力いただくことなど、いくつか相談があり、話す。
 ブザンソンのおみやげに、お茶を買ってきてくださった。緑茶なのにオレンジの皮などでかおりづけされた、フランスでしか買えなさそうなお茶だ。お店の名まえ La petite cuillère にそえて、épicerie (très) fine と書かれているのもしゃれている。

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 どういうわけか2月中旬から、にわかに、わたしのフランス留学時代にお世話になった先生(2月12日の日録で言及した「熱心な先生」がこのかただ)とメールでよく議論をするようになった。それがたいへんおもしろい。すぐにでもここに転載したいくらいだが、だいじなところは将来の論文の素材としてあたためておくことにする。
 さしつかえのないことだけ書くと、2012年の拙論「叙想的時制と叙想的アスペクト」( http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/M11/M1105798/8.pdf )や、2013年の拙論「主語不一致ジェロンディフについて」( http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/M11/M1153710/7.pdf )で便利につかわせていただいた、中村芳久先生(金沢大学)が2009年のご論文「認知モードの射程」で提唱なさっている「Iモード」(Interactional mode of cognition)と「Dモード」(Displaced mode of cognition)の概念が、シャルル・バイイ Charles Bally の著書 Le langage et la vie(初版1913年)で提示しているという「経験モード」(mode vécu) と「純粋モード」(mode pur) に比せられうるのではないかという気がしてきた。
 はずかしながら、これまで、バイイといえば、modus と dictum の概念を提唱した著書、Linguistique générale et linguistique française しかまともには読んだことがないことに気づき、これはまずいと思い、図書館の旧分類(東京教育大学からうけつがれた蔵書)から借りてきた。
 この版は1965年にジュネーヴの Droz 書店から刊行された覆刻版だ。

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 しかし、第1章(33ページ)までしか読まれた形跡がなく、それ以降は2ページごとにつながったままだ(伝統的なフランス綴じの本は、つながったページの上端をペーパ-ナイフで切りひらきながら読む)。

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 刊行から49年も経つまで開かれたことがない本を、わたしがはじめて切りひらいて読むことになるとは、それだけでも気分が昂揚するというものだ。

[3月7日追記] 蚤取り眼でさがしつづけたが、おどろいたことに、Bally 自身は、mode pur / mode vécu という用語をもちいていない。
 A. Hübler (1998) ; The Expressivity of Grammar, Benjamins. でかなり長い引用とともに紹介されているにもかかわらず、その引用中にも mode pur / mode vécu は出てくるわけではない。どうも、Hübler が Bally の考えをまとめなおして作りだした用語らしい。
 しかし、これ以降は、メイナード泉子 (2000) :『情意の言語学』くろしお出版. や S. Maynard (2002) : Linguistic Emotivity, Benjamins. のように、たんに「Hübler によれば、Bally が mode pur / mode vécu という対立を提唱している」というようなルースな孫引きでひろめている者がいるようだ。
 原著者が書いてもいないことが既成事実化してゆくメカニズムをまのあたりにしたような気がする。


 16時から19時30分ころまで入試実施委員会の業務があり、きょうのしごとは終了。

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 数日前のことだが、同僚の木田剛さんから、刊行されて間もないご著書をいただいた。プロヴァンス大学出版の≪Langues et langage≫叢書所収。讃嘆するばかりだ。

 今後は Linux にまつわることは≪おぼえがき≫( http://wjunya.blog39.fc2.com/ )に書くこととする。
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