日 録

 きょうは、わたしのパリ留学時代以来のともだちで、現在は関西大学で教えておられる大久保朝憲くんを筑波にまねき、講演会をひらきました。
講 師:大久保 朝憲(関西大学文学部教授)
題 目:「ポリフォニー理論の新展開:アイロニー・緩叙法・婉曲語法」
 ポリフォニー polyphonieとは、発話主体の分裂や複数性をさす概念である。この講演では、「論証的ポリフォニー理論 théorie argumentative de la polyphonie」の概要と可能性をしめしながら、とりわけ発話の「ひきうけ prise en charge」の概念を活用したアイロニー・緩叙法・婉曲語法などのいわゆる修辞的発話の記述をこころみる。
日 時:2013年10月29日(火)15時〜17時
場 所:筑波大学第1エリア1C302会議室
 この講演会は、科学研究費補助金 (基盤研究 (C)) 25370422「フランス語および日本語におけるモダリティの発展的研究」(研究代表者:渡邊淳也) によって実施されます。
 おわったあと、大久保くんと、大部分の参会者のみなさんとつれだって、つくば市内のフランス料理店≪グルマン≫にゆき、コート・デュ・ローヌの赤をのみながら話してきました。
 昨夜につづいて美酒美食でしたが、赤ワインのポリフェノール効果に期待します(笑)。

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 そういえば、10月12日にも「懇親会二連荘」と書いていました。どうも、そんなふうになりやすい傾向があるような気がします。
 台風がとおりすぎて2日が経つが、まだ「台風一過」といっていいくらいの快晴だ。

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 きょうは授業のゲストスピーカーをつとめるため、成城大学にはじめて行った。
 こぢんまりとした、落ちついた雰囲気の大学だ。

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 だいたい、こういう機会は気おくれして、あまりうまくいかないものだが、きょうはなんとかつとめることができた。たまには気分が変わるのもよい、とさえ思うようになった。
 おわったあと、新宿に移動し、イターリアのワインをのんできた。いっしょにいったひとのなかに、たまたまきょうが誕生日というひとがいて、ついでにお祝いをした。

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 台風27号と28号がニホンに接近してきている。27号は伊豆諸島をかすめて東にぬけるらしい。10月も下旬になってから台風が接近するのは異例だ。
 台風が北からつめたい空気を吸い込んでいるせいで、きょうは東京では、しぐれのようなつめたい雨がふっている。

 ここのところ、夜は疲れて比較的早くから寝ることが多かったので、おつまみを買ってきていなかったが、台風がすぎるのをまつあいだに小腹が減ったときのため、とおもって、ひさしぶりにピーナッツを買ってきてしまった。ピーナッツはおいしく感じるが、カロリーが高い。
 買い物ついでに、まずいコーヒーをのんできた。近所には、まずいコーヒーを出す店しかなくなってしまった。

 ことしの年末で、いまの家に引っ越してきてからちょうど10年になるが、このまちに住みはじめたころは、いい店があった。
 散歩をしてはたちよっていたその店を、旧≪日録≫には≪A≫と書いていたが、いまでは閉店してひさしいので、名まえを書いてもさしつかえない。≪Les Amis≫という店だった。
 コーヒーがおいしいだけでなく、ひとのためになる有意義な活動を、≪社会貢献≫などとおおげさなことをいわずに、さらりとやってのけていた。
 しかし、善意だけではやっていけないのがいまの世の中なのだろう。さみしいことだ。

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 以下は、最近購入した書物についてしるす。
 留学時代、わたしも高等社会科学研究院の講筵に列していたイレーヌ・タンバ先生の『新版・意味論』の訳書。訳者の大島先生も当時顔見知りだった。

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 わたしがもっているフランス語版は1994年刊行の第3版で、大学院生のころ買って読んだものだが、今回の訳書の底本は2007年に大改訂された第5版ということなので、21世紀になってからの研究の進展も解説されている。わたしにとっては新しい内容が多くあり、勉強になった。
 しかし、個人的には訳書のニホン語の用語が少々気になる。「論証」という訳語がほぼ定着している argumentation が「議論法」となっていたり(これではまるで、論証理論以前の修辞論の、そのまた以前の、雄弁術にまでひきもどされるようだ)、フランス語にはあるが、英語にはない langue / langage の区別(英語ではどちらも language になってしまう)を明示するくだりではせっかく langage を「言語活動」と訳したのに、アントワーヌ・キュリオリを紹介する段になると「言語能力」と訳しているなど、一貫していない。

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 アンリエット・ヴァルテールの Aventures et mésaventures des langues de France
 おなじ著者の前著とどうしても似ているが、EU統合後のフランス語や諸地方語の新たな状況も書かれており、参考になる。学部の講読の授業にも使えそうだ。

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 この本を読んで、はじめて知ったことのひとつ。南部コルシカ語でおこなわれている cavaddu (fr. cheval)、famidda (fr. famille) などの -dd- のそり舌音を、cacuminale というらしい。
 ヴァルテールはこの名称を「きれいな名まえ joli nom」と評している(p.131)。そんなふうに感じるのか、と思うが、ざんねんながら、感覚そのものは共有できない。

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 フランス出張中に知り、この日録でも言及したダニエル・エヴレットの『ピダハン』と Language - The Cultural Tool

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 前著『ピダハン』の訳書がみすず書房からでていることはあとから知り、追加註文していたが、国内とりよせなのでこちらのほうがはやく来た。
 ピダハン語(弁別される音素の数が少ないので、「ピラハン語」といっても音韻論的には同じ)の話されている地域に入っていったときの経緯や発見の過程がくわしく書かれており、おもしろい。
 新著の英語版はあとから着いたので、まだ少ししか読んでいないが、こちらは言語一般に関する話が多く、ピダハン語の特異性への言及は前著より少ないようだ。
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 12日以来、更新していませんでした。
 元気ではいたのですが、原稿書きもふくめて、業務が輻輳しておりました。
 しごとが一段落した、とはいいがたいのですが、なんとか、つぎなる段階に進みつつあるとはいえるかもしれません。

 きょうは半年に一度の恒例により、つくばのフランス料理店≪Chez Lénon≫で昼食にクスクスをたべてきました。
 この店のクスクスは、チュニスの名店、≪Dar Es-Saraya≫にまさるとも劣らないおいしさです。
 自家製メルゲーズにくわえ、毎回少しづつ新たな工夫があり、きょうはアクセントに入っていた赤ピーマンがとてもおいしく感じました。

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 そのあとは、会議と委員会業務がうちつづきました。なにやら、夢がさめたようなこころもちです。
 昨日は筑波フランス語フランス文学研究会の年に1度の研究発表会で、おわったあと懇親会で飲んでかえってきたので、身体的にはつらかったのですが、きょうは和光大学でのワークショップがあり、発表者がほとんど全員知り合いでしたので、出てきました。

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 研究会の内容にはいくつか新しい発見があり、自分としてはためになったと思います。
 
ワークショップ「構文と意味の拡がり」
 開催日:2013.10.12(土)
 開催場所:和光大学コンベンションホール(和光大学E棟1階)

 プログラム
 開会 10:20
 発表1 10:30~ 11:20
 「日本語の拡張コピュラ構文 ―構成的意味と派生的意味をめぐって―」
 益岡隆志(神戸市外国語大学)

 発表2 11:20~12:10
 「日本語の補助動詞と「構文」」
 三宅知宏(鶴見大学)

 発表3 12:10~13:00
 「サマ主格変遷構文の意味と類推拡張 ―様々な「のが」構文との関係―」
 天野みどり(和光大学)

 (昼休み 13:00~14:00)

 発表4 14:00~14:50
 「「やばいうまい」 ―用法拡張による形と意味のミスマッチ解消―」
 今野弘章(奈良女子大学)

 発表5 14:50~15:40
 「プロトタイプカテゴリーとしての英語中間構文」
 本多啓(神戸市外国語大学)

 発表6 15:40~16:30
 「懸垂分詞(節)の構文化現象と日英対照」
 早瀬尚子(大阪大学)

 全体討議 16:30~17:00

 おわったあと、18時までその場にのこって、自然発生的に議論をつづけました。
 鶴川駅前の酒肆での懇親会に出て、ビールをのんで、いい気分で帰ってきました。

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 「懇親会」とは言い条で、じっさいには酒宴ですので、二連荘は少々つらいような気もします。明日からまた摂生します(笑)。
 9月27日(出国)からきょう10月6日(帰国)まで、フランスに出張してまいりました。
 ここ数年、海外出張の行き先としてはチュニジアやウズベキスタンに「浮気」をしていましたので、フランスにゆくのは4年ぶりです。
 以前からこのブログでもお話ししておりましたように、アンジェ Angers での学会で発表してくることが主目的でしたが、これまたこのブログでもお話ししておりましたように、発表採択・参加登録をすませ、こちらでは航空券も購入したあと、プログラム確定の段階で主催者がわの都合で学会日程が3日間から2日間に短縮されたので、発生した日程の余裕を利用して、ブルターニュのサン=ブリユー Saint-Brieuc にも立ちよってきました。(サン=ブリユーはわたしが2005年に訳書を出したジョルジュ・パラントのゆかりの地です)
 以下には、出張中に書いていた記録のうち公開可能な部分のみを、写真つきで紹介します。

 * * * * *

9月26日(木)
 こどもたちが小学校、幼稚園から帰宅するのを待ってから、家族としばしの別れを惜しみ、家を出る。
 成田にゆき、京成成田駅にほどちかいホテル(ただし、奇矯な女性社長で有名なあのホテルではない)に前泊。
 衛星放送で、井筒和幸監督の『パッチギ!』が放映されていたので見る。エンドロールの「協力」の項に、わたしが共著書を出版した駿河台出版社が出てきたのでおどろいた。なんの協力をしたのだろうか。

9月27日(金)
 飛行機の時間の2時間以上まえに成田空港の第1ターミナルについたのに、搭乗券発行、あずけ荷物のカウンター、手荷物のチェック、出国手続きがいずれも長蛇の行列で、ゲートまでたどりついたら搭乗開始時刻になっていた。こんなに混んでいるのはめずらしい。
 エールフランスAF275便。飛行機は定刻よりおくれて、ちょうど正午にうごきだし、12時15分ころになってようやく飛びたつ。客室が2階建ての大きなエアバスA380は、地面からはなれがたいように、おもおもしく離陸する。
 はてしないシベリアをよこぎり、定刻17時にパリのロワシー空港(ド・ゴールがきらいなフランス人のひそみにならって、シャルル・ド・ゴール空港とはよばない)につく。

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 比較的スムースに出てきて、RERでパリ市内へ。車輌はアコモ改造がほどこされ、格段にきれいになっている。冷房も入っている。

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 退勤の混雑がはじまっていて、大荷物をかかえているとたいへんだが、なんとか Denfert-Rochereau でメトロの4号線にのりかえ、Alésia へ。

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 しばらく歩いて、ふたつ星のつつましいホテル、Villa du Maine に投宿。

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 シャワーをあびて、ひとごこちついたら、妻にだけメールをして、TF1の20時のニュースをみる。金曜から日曜までの週末担当のキャスターは、Claire Chazal という、わたしが1997年から99年パリに留学していたころとおなじ女性。旅のつかれに時差もくわわって、夕食に出る元気がなく、とちゅうで買った飲み物をのんだだけで、22時ころ寝る。

9月28日(土)
 時差のせいだと思うが、3時ころに目が覚める。5時ころまではベッドにとどまり、起きだす。テレヴィをつけると、France 2で、いま問題になっているロマ(フランス語ではRom)にたいする政策を論じる番組をやっている。夏時間があとちょうど1か月でおわるというときだが、7時はまだ真っ暗。8時ころからほの明るくなる。
 8時半ころ宿を出て、地下鉄13号線の Plaisance 駅にむかう。Alésia 駅とあまり距離はかわらない。Montparnasse-Bienvenüe 駅へ。Montparnasse-Bienvenüe 駅にはプラットフォームにドアが設置されていておどろく。また構内もたいへんきれいで、以前のパリではない。新聞で見た「RATPは「おどろくほどの清潔さ」を約束する」ということばにいつわりはなかった。しかし、以前の地下鉄にあった、独特の鉱物的なにおいがなくなり、ややさみしくもある。

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 TGV の駅で9時すぎに明日からつかう切符を買う。国鉄の Montparnasse 駅は巨大で、明日いきなり来るのではなく、きょう来ておいてよかった。駅でサンドウィッチを買ってたべる。

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 モンパルナス駅構内には、自転車型のトレーニングマシーンで携帯電話などの電池を充電できるという装置があって、だれでも利用できる。

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 Raspail 大通り、Fleurus 街をあるき、Luxembourg 公園へ。このあたりは、高等社会科学研究院に留学していた1997年から99年当時、よくあるいていたところだ。研究院のまえも通ったが、きょうは土曜なのでほとんど閉まっている。

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 留学時代、白昼夢をみた思い出の場所、Café Fleurus が復活していてよろこばしい。

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 Luxemboug 公園では、走っているひとがたいそう増えた。健康志向が高まっているのだろう。

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 Gibert Joseph で本をみる。以前はまとまって存在していた、言語学のコーナーが見あたらなくておどろく。ブルターニュの旅行ガイドをみる。サン=ブリユーの案内にはLouis Guilloux の名まえがあるが、Palante の名まえはない。もちろん、後者の痕跡もしるされていない。

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 正午ころ、Brioche dorée でチョコパンとコーヒー。ずっとあるいて、Port-Royal, Denfert-Rochereau 経由でもどってくる。Plaisance のちかくにある Franprix で買い物をして、15時ころ宿にもどる。Taboulé がおいしい。
 夜、arte(以前のように5チャンネルではなく、7チャンネルになっていた)で絶滅危機言語にかんするおもしろい番組をみる。ブラジルのアマゾン河の支流、マデイラ川のそのまた支流のマイシ川流域でおこなわれている pirahã 語。時制がない、数詞がない、明暗以外の色彩語彙がない、そしてなにより回帰性 recursivité がない特異な文法をもっているという。Daniel Everett (テレヴィでは Ivresse のようにきこえたので、ネットでしらべた) 氏が研究。厖大な録音コーパスをMITの他の研究者が分析したが、回帰性の痕跡はまったくみられなかったという。回帰性を言語の普遍的な特徴のひとつとみなしているチョムスキーがその学説に反対し、そんな言語はシャルラタンだといっているとか。しかしこれでは、ほとんど、アントワーヌ・メイエの「文明言語」/「野蛮言語」的な軽蔑ではなかろうか。しかるに最近、Everett 氏は州政府から調査地域への立ち入り、話者との接触を禁止され、ポルトガル語教育が強化されるという、pirahã 語にとってはかえって皮肉な結果になった。arte はこのような番組をしているので、すばらしい。もっとも、pirahã 語の話は、少しく類型論に興味のあるひとにとっては常識かもしれない。わたしは、はずかしながら、はじめて知った。

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 ▲数詞がない、というところ。8つを「たくさん」といっている。

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 ▲自説への反例を冷笑するチョムスキー。

 きょう気づいた新しい略称:Inter-connecté=connecté à Internet。

9月29日(日)
 10時すぎにパリの宿をでてモンパルナス駅へ。駅のカフェでサンドウィッチをたべ、コーヒーをのみながら発表の準備。正午にカフェをでる。

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 TGV の停車番線は発車20分まえにしか表示されないので、そのときになったら旅行者が一挙にうごきだす。

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 12時23分発。ル・マン Le Mans の少し手まえで高速線をおりて、在来線にのりいれる。高速線のうちにロワール地方にはいっている。とちゅうでは雨がふっていたが、アンジェにちかづくとやむ。14時1分、定刻にアンジェにつく。

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 宿は17時からチェックインと書いてあったので、すぐには出発しないで、路面電車の駅と経路を確認しておく。駅前では日曜のわりに店があいている。直近の店は混雑していたので、2番手の店、Bar de l'Univers でビールをのむ。

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 はやめに宿にいくことも考えたが、宿のちかくでながく待つことを考えると、時間をつぶしていったほうがよかろう。15時30分ころ、駅のまちあいスペースにゆき、何本もTGVがゆきかうのをながめる。いまでは、パリまで往復する列車はTGVしかないようだ。
 16時40分ころ、路面電車にのってモリエール Molière にむかう。

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 17時すぎにつき、ホテルに入ろうとするが、ドアが施錠されていて、インターフォンをおしてもだれもこたえない。応答がないときは電話せよと書いている。これでは、フランスでつかえる携帯電話をもっていない外国人旅行者(わたしのような)はどうしようもない。「17時からチェックイン」というのは大嘘だった。近所のひと(おなじ建物にすんでいるひと)にきいても、なにもわからないという。しばらく考えたあと、近くのケバブ屋のおにいさんに窮状をうったえ、電話を貸してもらった。玄関の暗証番号と、部屋番号を告げられ、勝手にはいれという。こんなホテルははじめてだ。ケバブ屋のおにいさんが電話の代金もうけとってくれなかったので、夕食にケバブのパニーニをたべる。おいしい。

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 18時30分ころにようやく部屋においついた。やれやれ。シャワーをあび、気分をたてなおす。ホテル側のいいかげんさ(これでもミシュランの星をとっているホテルだ)も、ケバブ屋さんの親切も、いかにもフランスらしいエピソードだ。さいわい、はいってからは問題はなかった。

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9月30日(月)
 8時すぎに宿をでて学会会場のあるカトリック大学にむかう。

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 電車道にそって Foch-Harras までゆき(ここまでは市電が道しるべなので、わかりやすい)、道をおれて大学にむかう。ほどなく大学につく。

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 正門からまっすぐ行って中央に Palais universitaire という古くて荘厳な建物があり、そこが学会の会場。ちょうどよい時間。
 学会のプログラムを以下にかかげておく。

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 この学会のテーマは La Transgression(逸脱)で、この用語は現在フランスの人文・社会科学の世界ではちょっとした流行になっているようだ(一昨年、トゥールーズでも同題の学会がひらかれた)。
 語源的に「超えてかなたに」(trans-)「進む」(-gression) ことでもあり、現行の規範にかなっていないことではあるが、そのことにより、慣用を少しづつ改変してゆく原動力として、動的に、かつ肯定的にとらえかえすことができるという考えで、いろいろと研究がなされているようだ。

 受けつけと会費の支払いをすませ、会場にはいると、横長の階段教室だ。Verchoud 先生の最初の基調講演のあと一般発表。きょうは語学教育の発表が多い。
 昼休み、勤務校の交流協定校としてこの大学をよく知っている大久保くん(明日の午前、わたしと同じセッションで発表する)に学内食堂につれていってもらい、昼食をとる。

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 午後の休憩時間、カトリック大学の修士2年の学生で、京都外大でスタージュを経験したことがあるという女性と、もうひとり、Cormanski さんという、きょうの午後の発表者が話しかけてきてくれて、しばらく話す。
 午後の最後にあった Cormanski さんの発表は、言語習得における身体性の重要性を強調するもので、共感できた。
 きょうの最後は、M. Pretceille 先生の2件めの基調講演で、「文化」というものはない、「かれは文化的にことなる」というのは「かれは人種的にことなる」というのと同様に差別的だという、根柢的な内容でおもしろかった。
 全体の懇親会(アペリティフ)のあと、大久保くんとともに旧市街をあるき、大聖堂、メーヌ川、城砦などをみる。

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 劇場の向かいのブラッスリー≪Le Pub≫で夕食。

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 22時すぎに宿にかえり、明日の準備。

10月1日(火)
 8時すぎに宿を出て学会会場へ。エクス=マルセイユ大学の Pallaud 先生の3件目の基調講演。研究がだんだんと言語現実の多様性、異質性をとりいれるようになったことを強調。一般発表は題名から言語学的であると期待したものが、そうでないものも少なくなかった。
 自分の発表はまずまずうまくいったと感じた。聴衆がやさしく、好意的だったことにくわえて、今回は35000例を上回る大量の調査結果を提示し、≪努力賞≫的な研究だったこともある。
 大久保くんの発表はわたしとは対照的に理論的なものだったが、好評だった。質疑応答では日本語には反語法がんほとんど存在しないことも話題になった。
 Grand témoin の Bergier 先生による、雄弁で感動的な総括のあと散会。主催者と知り合ったかたがた礼をいって会場をあとにする。

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 他のことに気をとられ、大久保くんと話さないまま外に出てしまったが、大聖堂のまえのカフェで偶然再会。コーヒーをのみながら話す。20時ころから、大久保くんが約束していたふたりの学生たちとの夕食に同席させてもらうことにする。ところが19時ころから雷がなり、大雨になる。なるべくテントの奥によけようとするが、かなりぬれてしまった。
 20時ころ劇場前に移動。しばらくして学生がきて、きのうとおなじ≪Le Pub≫にゆく。ワインをのみながら夕食をともにする。たいへんたのしい思いをした。

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 アンジェは「住みごこちのよいフランスの大都市」アンケート第1位をとっているだけあって、どこに行っても雰囲気がよく、ひともおだやかで、大学もそのなかにふくまれる感じだった。

10月2日(水)
 朝、テレヴィをみていたら、Télématin の司会者がさらなる進行をディレクターに制止されたとき、≪C'est fini fini ou fini fini fini ?≫とききかえしていて、≪Trois fois fini≫との答えを得てはじめてひきさがったのが語学的に(fini を反復することによって、概念の牽引的中心 centre attracteur によせることでの強調)、かつ文化的に(フランス文化では時間制限が可塑的で、グレーゾーンがひろい。テレヴィの各番組のはじまる時間も数分ずれる)おもしろい。内容的には、紹介されていた≪Days are gone≫というCDがよさそうだった。
 フランスのおおざっぱな天気予報。

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 90年代までは禁止さえされていた手話が、テレヴィでもみられるようになり、隔世の感だ。

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 9時すぎに宿をチェックアウトして市電で国鉄駅へ。
 TGVとあわせて1枚切符だったにもかかわらず、SNCF の Laval ゆきはなんとバスだった(泣)。しかし、バスにもかかわらず、1分きざみで正確に定刻の12時10分に Laval につく。

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 Laval 駅構内でサンドウィッチを買って昼食。

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 ▲わたしの研究テーマである主語不一致ジェロンディフの実例。

 TGV にのっていて、Saint-Brieuc がちかづくと、それだけでも気分が高まる。Saint-Brieuc におりたつと、もう、おどりだしそうな心境だ。

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 駅から間近のホテルはたいへん親切で、設備、サーヴィスともに今回泊まったなかでは最高。

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 メールがきていたので、返信してからまちなかに出る。

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 中心街に近いところにある、サルバドール・アジェンデの名を冠した公園。フランス人はアジェンデが好きなようで、あちらこちらのまちにアジェンデの名をもつ街路や施設がある。

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 市立博物館にたちよる。

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 ブルターニュの美しいまちなみだ。観光案内所で Hillion-La Grandville に行くバスの貴重な情報を得る(市営バス TUB の時刻表だけを見ていて、Hillion-centre までしかバス便はないものと思っていたが、実は TIBUS という県営のものもあり、そちらは遠くまで行く)。タクシーで行けば目的地までは楽なのだが、目的地で待たせなければならないので、ゆっくり見ていられないという難点がある。

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 Lous Guilloux はこのまちでは大切にされていて、中心街の住所には、Guilloux の小説ではどこのモデルになkったかが併記されている。

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 Rue Palante にたちより、写真をとる。この一角に(学期中は)パラントが住んでいたとのことだが、家屋単位で正確に≪Ici habitait...≫のような標識はない。

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 比較的みじかい通りなので、入口から出口まであるいた。出口の Rue Palante の標示の足もとに、なんと、わたしの家の玄関わきの敷地内に咲いているのとおなじ、ムラサキカタバミが咲いていて、みょうなつながりがあるように感じた。

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 まちなかにもどり、Collège Le Braz へ。 Collège Le Braz は、かつてパラントがいちばん長く教えていた Lycée de Saint-Brieuc があったところだ。

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▲コレージュの一角が市立図書館になっている。

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▲ニホンのアニメなどの店。

 宿の近くのトルコ料理店≪Le Newroz≫で夕食。じつはドゥネール・ケバブが好き。昨春ウズベキスタンをたずねたときにおぼえたウズベクの春祭りの名まえ Navroz とそっくりだと思って、「ひょっとして、トルコ語で『春』という意味ですか?」と聞いたら当たりで、たいそうおどろかれた。

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10月3日(木)
 7時におきてホテルで朝食をとる。ホテルの朝食は高いばかり(パリのホテルにいたっては10ユーロ!)なのでとらないことにしていたが、このホテルは例外。
 駅前から8時5分の TIBUS にのり、Hillion-La Grandville にむかう。駅前はまだ自動点灯の街灯がついたままのほど暗い。
 とちゅう、Langueux のあたりから、あいにく、たたきつけるような雨になる。
 Hillion にはいってもやまず、8時30分、La Granville でバスをおりたときも、まだかなりふっている。

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 バス停の屋根の下で傘をとりだし、パラントが休暇をすごした別荘にむかう。その通りの名は、サン=ブリユーとおなじく、ジョルジュ・パラント通り。

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 この別荘は、パラントがついには自殺した場所でもある。いまではひと手にわたったらしいが、パラントがみずから発註してたてさせた家なので、わたしとしては見る価値がある。

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 ここをすぎるとすぐに海だ。

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 写真をとり、観光案内所のひとが推奨してくれたように海沿いを歩こうかと思ったが、ひどくぬかるんでいたので、やめて、バス通りをあるいて Hillion-centre まで2.5kmほどのみちのりをひきかえすことにする。

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 とちゅう、雨がはげしくなるたびに木陰で待つが、いちばんひどいときは、それでもまったくふせぐことができず、服が重くなるほど、すっかりぬれた。

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 休みながらでも30分くらいで Hillion-centre に着く。9時半。
 まだけっこう雨がふっているので、パラントの名まえを冠した市民会館 Espace Palante で30分ほど休憩させてもらう。

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 10時ころに Espace Palante を出て、墓地にゆく。雨はやんでいる。Palante の墓は、それ以降におなじ場所にほうむられた別人の名まえが正面に書いてあった(ふたりめの妻ルイーズはパラントの死後再婚したのでここにははいっていないが、じつは妻の親族がふたりはいっている)ので、しばらくそれとわからず、目の前にきていたにもかかわらず、さがしてしまった。

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 Palante の名まえは苔とカビと泥がないまぜになったような汚れで見づらい。名まえのところだけでも、なるべくぬぐってきれいにしようとつとめたが、ほとんどとれない(いまおもえば、墓地の入り口でデッキブラシをかりてきて掃除すればよかった)。
 墓前で、21世紀になってからわたしが訳書を出したことをフランス語で報告したが、いくらフランス語で話しても、そもそも墓前で故人に話しかける行為そのものがニホン的だったかもしれない。
 墓には、パラントの名まえ、主要著書、引用句がしるされている。
 墓地からは、おくふかい入り江が干潟のようになったイフィニャック湾がみえる。長らく海をながめていて、11時30分ころ墓地をでる。

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 イリオンのまちの中心。ほんとうはこの写真の左側に市役所があるのだが、拡張工事中で仮庁舎に移転していて、いまは無人。

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 Espace Palante と向かい合わせのクレープリーでサンドイッチとコーヒーの昼食。

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 12時58分 Hillion-centre 発の TUB のバスにのって、13時30分ころ、Saint-Brieuc の中心街 Clémenceau につく。ホテルにもどって服と靴をぬぎ、乾かす。シャワーもして、ようやくすっきりする。
 冒険といってもよい、大雨のなかでの Hillion ゆきだったが、つぎのようなルイ・ギユーのことばを思い出すなら、ちょうどよいときに行ってきたともいえる。≪[...] le soleil ne convient pas à Bretagne [...] son vrai visage n'apparaît qu'à travers les brumes ou sous la pluie≫ (Lous Guilloux, Souvenir sur Georges Palante) (「太陽はブルターニュには似あわない。ブルターニュのほんとうの顔は、霧をとおして、あるいは雨のなかでしかあらわれない」)
 メールの返信をして、しばらく手書きからの転記をやすんでいた記録をパソコンで書いたり、カメラの写真をとりこんだりして、午後をすごした。
 駅にゆき、明日のレンヌまでの列車の時間を変更できないか調べようとしたが、そもそも本数が少なく、問題外であることを知る。
 きのうとおなじ Newroz で夕食。

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▲楽天がフランスに進出していて、しょっちゅうコマーシャルがながれる。

10月4日(金)
 きのうのイリオンゆきで疲弊したので朝寝のつもりだったが、7時に目ざめる。

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 8時ころから朝食をとり、部屋にもどって荷物を整理したり、メールの確認、インターネットの掲示板の巡回などをする。
 10時すぎにチェックアウトし、大荷物をホテルにあずかってもらっておいて、「最後の散歩」(Ⓒ Beauvoir, L'Invitée)をする。

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 大聖堂にほどちかい Les Halles とむかいあわせの紅茶屋でおみやげ用のお茶を買う。
 大聖堂まえの広場にめんしたカフェ、Transat Kafé(ブルトン語だろうか)で Amstel の生ビールをのむ。

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 さらに散歩したあと、Newroz で昼食をとり、宿にあずけていた大荷物をうけとり、駅に移動する。

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 この時間、サン=ブリユーに停車するTGVはなく、レンヌまでTERにのる。TERのドアに、Région Bretagne というフランス語表記とならんで、Rannvro Breizh というブルトン語表記がみえる。
 レンヌ駅はフランスではめずらしい橋上駅(たしか、リヨンのTGV駅がそうだったか)。

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 駅構内のカフェでひとやすみ。

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 TER、TGV とも定刻どおりで、17時18分にモンパルナス駅につく。18時ころ宿につく。初日とおなじホテルだが、きょうのほうがひろい部屋をあてがわれた。

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 18時30分ころ再出発。Galliéni のショッピングセンター(規制のあるパリ市のぎりぎり外側なので、大規模店舗が位置できる)にゆき、家族やともだちへのおみやげを買う。21時ころ帰着。

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 日本フランス語学会10月例会および東京フランス語学研究会第11回研究会の会場がきまったというお知らせが今回の会場校の守田さんからきていたので、フランス語学メーリングリストに研究会の通知をながす。
 ニュースチャンネル(15チャンネル)をみていると、大雨がふり、Sète で洪水があったという。街路を船で行く状態。0時に就寝。
 目ざまし時計をサン=ブリユーで落としてこわしてしまい、捨ててきたので、明朝おきられるかどうか不安で、ミニタイマー( http://www.geocities.jp/hedazou )をダウンロードし、7時にセットしておく。以前、2時間まえに空港についてもぎりぎりだったことがあったので、早めをこころがける。

10月5日(土)
 注意睡眠だったせいか、6時ころに目ざめる。おみやげのうち、冷蔵庫に入れていたものをとりだし、スーツケースにつめる。7時すぎにチェックアウト、Alésiaから7時半ころに4号線の地下鉄にのる。

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 Denfert-Rochereau で RER にのりかえると、うまいぐあいに北駅から空港まで止まらない速い便がくる。8時半ころ空港につく。

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 巨大な空港で、発券・あずけ荷物のカウンターが遠かったが、すいていて、すぐにすむ(わたしの買った切符はエールフランスAF282便だが、おなじコードシェア便でも、いまからのるのはエールフランス主体ではなく、ニホン航空主体なので、すいているのだろう。エールフランスのカウンターにならんだときは、あらゆる行き先の客が輻輳し、ひどく時間がかかったものだ)。9時まえには終了。

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 しかし、出国カウンターがひどく混んでいて、きっかり30分かかった。そのあと、空港内列車でで搭乗口Mにゆき、手荷物検査をうける。こちらは比較的すいていて、10分くらいで通過。各種ブランドの店がひしめきあう、いわゆる「物欲エリア」に達したのは9時45分だった(搭乗開始65分まえ)。Bio 系のカフェ≪Exki≫でビールをのむ。

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 予定どおりの時間、11時ころに搭乗できたが、乗客数の確認でおくれて、11時45分ころうごきだし、正午にとびたつ。

10月6日(日)
 追い風だったということで、定刻より約30分早い6時3分に羽田に着陸。しかし、6時10分発の飛行機が駐機場を占めているとのことで、わきでしばらく待ったので、飛行機をおりたら6時30分ころだった。
 入国審査も税関もスムースだが、荷物が出てくるのを待つことだけは時間がかかり、空港の一般スペースにでたのは7時すこしまえ。
 便利なリムジンバスは40分くらい待たないと来ないので、7時ちょうど発の京急にのって川崎へ。品川方面ゆきも、横浜方面ゆきも、蒲田でのりかえなくてよくなったので、ずいぶんらくになった。横浜方面ゆきは蒲田で進行方向がかわる(鉄っちゃん、よろこぶ)。

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 川崎で南武線にのりかえる。8時ころ登戸につく。
 小田急にのって、8時20分ころ自宅のもより駅へ、そして30分ころ自宅にたどりついた。家族、とくにこどもたちに歓迎され、かえってきた実感がわく。

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 総じて、問題といえば、アンジェでホテルになかなかはいれなかったことと、アンジェでの最後の夜と翌々日のイリオンで大雨にふられたこと程度で、事故といえるほどのこともなく、よい思い出ばかりになった。勇気をふるって縁もない学会に応募し、行ってきてよかった。
 今回の学会は、Voix Plurielles というカナダの学術雑誌の特集号として出版してもらえる予定だそうだ。これもよろこばしい。

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▲学会のときにつけていた名札。よい思い出になる。
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