日 録

 きのう(土曜)は息子の小学校の運動会でした。
 息子は、わたしに似ずに運動が得意なのですが、すなおで、戦略性にとぼしいので、運動会本番の成果は、ふだんにくらべてかんばしくありません。
 しかしそれでも、わたしの小学生時代よりはずっと上等の活躍ぶりでした。

 運動会に行っても、親としては、ただ観戦して写真をとるくらいで、たいしてなにをするわけでもないのに、ながい時間、陽ざしと砂ぼこりにさらされるだけでも、ぐったりと疲れてしまいます。
 ことしはあまり陽ざしが強くなくて、例年よりはしのぎやすい陽気だったのに、それでもやはり、疲れます。そしてなかなか疲れがぬけません。

 ちなみに、息子のかよう(公立)小学校は、運動会のとき親に来させて、昼食時はかならず親といっしょに(親の用意した)弁当を食べるよう要求していますし、運動会の運営も PTA の役員のみなさんのただ働きにかなり依存しています。
 このようなありかたは、わたしが小学生だったころの運動会とはかなり違っていて、これでよいのか、と思わないでもありません。わたしが小学生だったころは、運動会はそもそも平日に実施していたので、親が見に来られること自体めずらしかったし、見にくることも奨励はしていなかった記憶があります(そのかわり、紅白戦の運動会とは別に、町内会対抗の運動会というのもあり、そちらは体育の日の祝日に開催して、親が参加していましたが)。
 だいたい、いまの方式では、親がどちらも都合がつかなかったり、もっといえば、親のいない子はどうすればよいのでしょうか。

 しかし、こんなことをいっても、かつて運動会が大のにが手だったわたしの全般的なルサンティマンの表現にしかきこえませんかね。
 わたしはもちろん、親に対しても、運動会など「決して見にきてくれるな」と思っていました。どうせ、はずかしいところしか見せられないのは確実でしたし。
 その点、いまの子どもたちは、すくなくとも小学生段階では、そのような屈託はほとんどないようです。とくにわたしの息子なんて、もう5年生なのに、ただ無邪気なまでに家族が見にくることを歓迎しています。

 * * * * *

 ところで、こどもたちが毎日のように出ては遊んでいる拙宅のささやかな庭では、くりの葉と花はますますさかんにしげり、ラヴェンダーの花はますます青くなっています。
 わたしども夫婦は、新婚のころ住んでいた借家が、広い栗畑に面していて、当時大学院生だったわたしは、窓にむけておいた机から、ありあまる時間をその栗畑をながめてすごしていたので、くりの花のかおりがただよってくると、若かったころをなつかしく思いおこします。
 そのようなこともあり、2003年に一軒家を買った直後の冬の終わりに、栗の苗木を庭に植えました。いまではそれが大きく育っています。
 きょうも庭をながめて、風にふかれていると、少しずつ疲れがひいてゆくのではないかと期待するのですが、なかなか...

 また明日からしごとかと思うと、からだのだるさが増します。まあ、ゆっくり行きたいと思います。

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 待っていたかいがあって、今朝がた、予定より1週間おくれて、アンジェから発表の採択通知が来ていました。めったに早起きしないのですが、今朝はなぜか6時まえから目がさえてしまい、起きてきたところ、メールがとどいていました。
 通知につけられていたコメントは、要するに、「実例を出せばわかりやすくなるだろう」という、もっともなものでした。これは、応募の際に発表要旨では字数の関係で実例を省略していたことに対して心配してくださったものと思います。

 発表採択通知で知らされた、参加者の参考になる情報を掲載するというブログをひらいてみたら、
 http://transgression.over-blog.com/
 いまのところ、最初のエントリーが≪Où manger ?≫(どこで食事をするか?)だったので、笑ってしまいました。まるで、フランスではこれが最重要の問いであるかのようです。

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 写真は拙宅の玄関わきのわずかなスペースに、まいとしこの時季に咲くムラサキカタバミの花です。一昨年からは、種が飛んで、べつのところにも生えるようになったのですが、わたしはこの花が好きなのでありがたいです。

 翌日追記:太陽がよくあたっているときに、写真をとりなおしました。明るさによろこんで、ちいさな花をせいいっぱいひろげているようです。

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 大学のあたらしいオンラインシステムをつかおうとして、すこしばかりテクノストレスをおぼえたけれど、しょせんは道具の不具合なので、あまり真剣につきあう気はなく、それはそれとして気もちのうえでは横においておいて、まずまず平穏な週末をすごした。

 自宅のささやかな庭に出ると、栗の花と、2種類のラヴェンダーの花がさいている。

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 5月10日の日録で言及したアンジェでの学会については、きのう(17日)には研究発表の採否を知らせてくるはずだったのに、まだなにも言ってこない。
 フランスとの時差(いまは夏時間なので、7時間差)を考慮しても、もうあちらでの17日の就業時間は終わっているから、このまま週末にはいり、たぶん週明けにならないと知らせはないだろう。
 フランスでの学会によく応募している複数の知り合いが、異口同音に、「採否通知と書いてある日までには、まず何も言ってきませんよ」と予言していたが、そのとおりになってしまった(笑)。

 しかしさいわい、そのようなことでこころが波立つことはなく、きょうはひとつ、べつのしごとを予想外に軽快におわらせた。
 どういうわけか、こんなときにかぎって、つごうのよいことばがぽんぽんと出てきて、もっともらしい書類ができるのだ。ニンゲンとはふしぎなものだ。
 とりたててよいことはないけれど、「それにもかかわらず、ここちよい」(A pesar de todo, me siento bien)。こういう気もちでいられることは、ありがたい。



 ≪A pesar de todo, me siento bien≫という曲をつくって、うたっていたのは、アルゼンチンのオラシオ・フォントバ。わたしが大学生のころ(同時代的に)よくきいていた。
 Mais j'ai rien fait ! (mort de rire)

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http://japanese.ruvr.ru/2013_05_04/112455657/
からの引用:
民間航空機のパイロット 飛行中に眠る
 インドの航空大手エア・インディアは、4月12日にバンコクからニューデリーに向かっていた飛行機の中で起きたスキャンダル事件により、パイロット2人と客室乗務員2人を解雇した。
 離陸からおよそ30分後、飛行機が規定高度に達したとき、まずは副操縦士、続いて機長が客席で眠りについた。操縦席には、客室乗務員が座った。機長は客室乗務員に対して、コックピットの装置について手短に説明し、自動操縦に切り替えた。その後、客室乗務員が誤って自動操縦を解除し、乗客166人の命が危険にさらされるまでのおよそ40分間、副操縦士と機長は休憩をとることができたという。

 唖然としますね。横山やすしが飛行機にのって、「へたな操縦しとるのう。わしが代わったる!」という冗談を飛ばしていたそうですが、それに近いことを本当にさせてしまった感じです。

 わたしは、海外出張のときはほかに手段がないのでしかたなく飛行機にのりますが、本音をいうと飛行機が大のにが手で、乗るたびに生きた心地がしません。
 「飛行機の事故率は低い」ということはよくいわれていることですが、そのかわり、陸上交通とちがって、ひとたび事故が起きたらまず助からないという怖さがあります。

 つぎのサイトで、航空会社別の重大事故の発生率を比較することができますので、航空会社をえらぶときのいちおうの参考にはなると思います。
 http://www.airsafe.com/airline.htm
 http://www.airsafe.com/events/regions/europe.htm
 http://www.airsafe.com/events/regions/asia.htm
 http://www.airsafe.com/events/regions/afmid.htm
 1970年以降の累積で、100万フライトあたり何回の重大事故を起こしているかの率が "Rate" という欄に示されています。
 数字が出ている会社のなかではキューバ航空が18.53回で最大、カンタスやエミレイツなどがゼロで最小の事故率です。
 しかしそれ以外でも、じつは "Unknown" になっている会社のなかに、あぶないところがあるのではないかと思います(飛行回数がわからないので割り算ができないだけで、割り算前の事故回数のところをみるとけっこうある、など)。

 ただし、新しい航空会社はフライト回数が少ないので事故ゼロでも当然ですし、また、事故率の出し方が「累積飛行距離当たり」ではなく「フライト回数当たり」なので、短距離しか飛ばしていない航空会社のほうが事故率が低くて当然であるなど、"Rate" の数字が危険性の大小と精確に比例するわけではないと思いますが。
 正午ころから夜まで、つゆどきのような雨がふる。

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 月に1度のフランス語学研究会、およびフランス語学会の例会のため茗荷谷にゆく。
 おわったあと、学会運営担当の酒井さんと、かえりみち、新宿でビールをのみながら話す。ゆっくり話せるのはひさしぶりだ。
 かつて(90年代後半)、大学院生だった酒井さんやわたしをふくむ、フランス語学関係者が、意外と近いところで行きあい、すれちがっていたことをいまさらながら知り、なにやらなつかしく、あたたかい気もちになった。
 閉塞感にさいなまれ、やや自棄ぎみだったころでもあるので、「あのころはよかった」とはかならずしも思えないが、しかし20代というものはいやおうなく人格の基幹にかかわる時期なので、ふりかえらざるを得ないようだ。
 そしていまでは、おたがい、勤務校であまり学問的とはいいがたい苦労をしているという話もしたが、へんに「おとな」になりすぎてもいけない、変わってはいけない部分が変わることのないようにしよう、という思いを強くした。

 連休の谷間、連休の後半、そして連休明けをあわせて、11日ほどの空白をつくってしまった。
 もとより、≪日録≫とはあくまでも題名で、じっさいには散発的にしか書いたためしがない。

 ことしの連休はカレンダーのめぐりがわるく、かつほぼそのカレンダーどおりにしごとがあった(つまり連休の谷間は働いた)ので、連続の休みは最大4日だった。
 しかし、その4日でも、わたしにとっては、ただでさえとぼしい社会性をぬぎ捨てるに十分だ。

 積極的ビジネス文化に属する言説に、「オン・オフの切りかえに労力をつかうとよけいに疲れるので、意識はつねにオンに保つべし」というのがあったと記憶しているが、そんなむちゃな、という反応がくちをついて出てくる。
 切りかえるか、切りかえないかという選択の問題でさえない。わたしの場合は、べつに切りかえようとおもわなくても、放っておいてもオフのほうにかたむいてゆく。つくづく徒食者体質だ。

 連休明け、社会復帰が困難な状態にもかかわらず、むしろ普通よりずっと多忙な週をきょう金曜まですごしてきて、その落差の大きいことには、やれやれという感じだ。
 明日の土曜も学会と研究会があるので、休みというわけではないが、それらはもっともストレスのないしごとなので、気らくに行ける。

 いまからちょうど1か月まえの4月第2週、アンジェ Angers での学会(実施は9月末から10月はじめ)の発表募集を Linguistlist のつぎのページで見つけた。
 http://linguistlist.org/callconf/browse-conf-action.cfm?ConfID=158853
 「逸脱」transgression という共通テーマで、これがいまわたしが研究している主語不一致ジェロンディフ(規範的には好ましくないとされる)によく合致していると思い、新入生オリエンテーションのあいまをぬってフランス語で発表要旨を書き、申し込んでおいた。
 発表案の採否がわかるのは5月17日なので、慎重な人間ならそれ以降に話すはずだが、わたしはこういうことにかんしては慎重ではないので明かしておく(笑)。

 アンジェには知り合いもひとりもいないし、大学とも縁もゆかりもない。
 おはずかしい話だが、これまでの海外発表では、いずれも、濃淡の差はあれど、かねてよりなんらかのつながりのある相手先にしか行ったことがなかった。今回のように、インターネットで見かけただけの募集という、まったくの「平場」からの挑戦ははじめてだ。
 それで少し躊躇して、「たまたま募集を見かけたような、もともとは縁のない海外の大学・学会での発表も積極的に申し込むお考えでしょうか」と同僚や知り合いに聞いてまわった結果、けっこうみんな果敢に未知の世界に打って出ていることを知った。
 それで応募したのだが、どうなることやら。もちろん、今回申し込んだコロックで発表がみとめられなくても、また淡々とべつの募集に応じるつもりだが。

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