日 録

 くもりで、ややはだざむい。昼間はほとんどずっと雨がふっていた。
 筑波大学の春の進学説明会のため、茗荷谷にある筑波大学文京校舎にゆく。

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 わたしは今年度、人文学類の広報委員長をつとめているが、任期は今年度末までなので、年度末ぎりぎりのしごとだった。
 雨にもかかわらず、昨年以上におおぜいのかたがたが人文学類の説明会をききにきてくださり、90席の会場が3分の2くらい埋まった。

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 わたしが全体の司会をして、まず学類長による概要説明をうかがい、そしてわたしが外国語学習とホームページに関する補足説明をして、そのあと、先史・考古学ご専門の先生に模擬講義をしていただき、最後に来場のみなさんからの質疑応答で、それにこたえるには、人文学類の学生2人にも協力していただいた。予定の時間(110分)を超過して質疑応答がつづくなど、盛会だった。

 ホームページといえば、ちょうどきのうから、人文学類のホームページが全面的にリニューアルされた:
 http://www.jinbun.tsukuba.ac.jp/

 同じ人文文化学群に属する比較文化学類、日本語・日本文化学類にくらべて、2006~2007年ころのフォーマットを使いつづけていた人文学類のホームページはいかにも古く、見劣りすることが昨年から問題になっていたのだが、たまたまわたしが広報委員長だった今年度のうちに一新することができ、よろこばしい。
 新しくするとはいっても、比較文化学類、日本語・日本文化学類のように、ポップな感じにすることはなく、古典的な学問分野の多い学類として、堅牢なイメージを保っている。もちろん、ポップなホームページもよいのだが、提示対象の性質にあわせた意匠であることが好ましいので、人文学類ではポップにはできないだろう、ということだ。

 きょうの説明会で委員長としては最後のしごととおもっていたが、このホームページ改変にともなう依頼事項がひとつできてしまったので、それをかたづけなくてはいけない。こんどこそ、ほんとうに最後になりますように。

 * * * * *

 ところで、早稲田大学で非常勤講師をしておられるかたが、先日、「来年度からは、非常勤講師を5年で雇いどめにする」という趣旨の通告を受けとったとおっしゃっていたので、以下ではその話をしたい。
 改正労働契約法で、有期の労働契約を5年を超えて更新した場合、無期の契約に転換しなければならなくなった影響だ、非正規労働者をまもるはずの法律がうら目に出た、などとおっしゃっていたが、なんのために法律を改正したのかを考えれば、うら目に出てはいけないだろう、と思いながら少し調べていたら、つぎのようなすぐれた解説ページを発見した。

 「5年を超える前に雇止めすれば問題ないという勘違い」
 http://d.hatena.ne.jp/kmayama/20120806/

 上記記事にもあるように、「5年を超えると無期契約に転換しないといけないから、そこで雇いどめ」といってしまうと、これまた法律違反になる。
 早稲田大学の通知がどのような文面か、わたしは知るよしもないが、もし5年ルールを理由に雇いどめといっているなら、はなはだ問題だろう。今後、大きな騒動になるのではなかろうか。
 それとも、おもてむきは雇いどめのもっともらしい別の理由をもってくるという逃げ道をとっているのだろうか。
 いずれにしても、個人的には、必要な科目を恒常的に非常勤講師で安くまかなおうという大学にこそ責任があるので、この問題は、あちらこちらの大学で、大きくひろがっても当然だろうと思っている。

 ちなみに、わたしの所属する筑波大学人文学類では、もとより学類全体で通年10科目分くらいしか非常勤講師を雇用できる予算枠がまわってこないので、退職教員がしりぞいた年度から後任が採用できる年度までのギャップなど、緊急の理由があるところしか補填できない感じだ。
 非常勤にもともとあまり依存していないという点で、今回の問題に関してはましな方かもしれない。

 別の国立大学の先生からうかがった話では、近隣の国立大学と、5年おきに非常勤講師を「交換」しあうという奇策まで考えられているようだ。プーチンとメドヴェージェフの交代じゃあるまいし、そんなにうまくいくかなあ?
 春休み中にしあげておきたい、フランス語学会の4月例会のハンドアウトと、それに対応する内容の論文を執筆中だが、どうも疲れが出やすくて、たびたび中断している。
 ひとつの原因は長さだろう。1ページを48字づめ、48行として、ハンドアウトで30ページ(こちらはほぼ完成)、論文は現在40ページ超えだが、従来の研究なら、この長さに達するまえにとうに終わっているはずなのだ。
 しかし、母数生起約3万5000例の調査をしたので、それをなるべく生かせるようなかたちで提示しようと思うと、どうしても長くなってしまう。根気をやしないながら、だましだましつづけたい。

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 23日土曜日は、休学して1年間留学していて、帰国したばかりの大学院生と高田馬場でまちあわせて、ビールをのんできた。

 往路、小田急の下北沢駅がちょうど地下化されたばかりのところを通った。地下部分の複々線化はまだこれからなので、地下にうつっただけで、せまく、ごったがえしていることは変わらない。
 あたらしい下北沢駅で、停車時にいったんプラットフォームにおりて、写真もとったが、とおりかかるひとたちがどうしても写りこんでしまうので、ブログに貼りつけることは断念。

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 高田馬場駅早稲田口で14時にまちあわせ。
 ロータリーに面した、≪芳林堂書店≫などのはいっているビルにあるイタリア料理店、≪リストランテ文流≫にはいれればよかったが、午後いったん休むので無理だった。
 ≪文流≫はイタリア語専門の書店も経営していて、学生のころ、山手線のうちがわを新大久保にむかってあるいていったところにある書店に、ちょくちょく本を買いに来たものだ。
 ≪文流≫の社長だった西村氏は、当時、画期的といわれた小学館の『伊和中辞典』の編集委員に名をつらねておられたが、店頭でいろいろ教えてもらったりした。

 ≪リストランテ文流≫とおなじフロアにある、≪Kirin City≫にゆき、一番搾りフローズンをのんだ。
 泡が凍っていて、これをソフトクリームのように、いくらかなしくずしに食べてからでないと、ビールがのめない(笑)。

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 小えびのアヒージョと、玉こんにゃくのアヒージョがあったので、かわりだねの玉こんにゃくのほうをたのんだ。これが意外と合う。

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 ビールをのみながら、17時ころまで、3時間くらい話した。
 彼女はあいかわらず上機嫌で、マイペースだったので、みょうに安心した。
 こんどは職もさがしたい、ということだが、進めかたがいかにもかろやかで、悲壮感がない。なんとなくの勘にすぎないが、まったく失敗しそうな感じがしない。
 じっさい、面接では、自然な余裕の感じられるひとのほうが結果をだすのではないか。
 拙宅の敷地にある白水仙が、満開になりました。

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 まいとし、白水仙よりあとに咲く黄水仙が庭にありますが、こちらもつぼみが出はじめました。

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 大学1年生で、フランス語を本格的に勉強しはじめた年、白水仙(narcisse)と黄水仙(jonquille)でべつの単語をつかうと知って感動したのも、いまではふるい思い出です。
 18日から19日にかけて、岡山大学に出張してきたので、以下に写真つきのかんたんな記録をのこしておく。
 岡山にくるのは2006年のフランス文学会秋季大会以来、6年半ぶりだ(愛媛に行くときの乗り換えではもっと頻繁にくるのだが、そのときはただ通るだけなので)。
 駅周辺は再開発がすすみ、さまがわりしていた。

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 パンタグラフのたかい岡山電気軌道。

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 金子さんに駅までむかえにきていただき、もうひとりの講演者の早瀬さん(じつはわたしとは、高校1年ときおなじクラスにいた、もと同級生♪)とも落ちあい、いっしょに岡山大学へ。
 言語科学専修のセミナー室におじゃまし、駅で買ったたこめしや、ままかり寿司を昼食にたべながら打ち合わせをする。
 しかしそのとき、金子さんは、「今夜、懇親会で行く店はお酒の持ち込みができるのですよ。どれにしますか」と岡山の地酒をならべはじめる(笑)。

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 講演会、シンポジウムは春休み中にもかかわらずたいへん盛況で、教員、学生(留学生も多数)、学外からの来場者で大会議室が満杯になった。
 学生からの質問もたいへんするどく、有意義な議論ができた。タヒチ出身のフランス語母語話者もいて、疑問点があったとき、その場でインフォーマントになってくださった。
 13時から18時までなんとかつとめ、外に出るともう真っ暗。

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 岡山大学の先生方といっしょに、城の二の丸の石垣とむかいあわせの店、≪Natural Maru≫にゆき、懇親会をたのしむ。
 岡山の郷土料理をたべ、酒をのむ。さわらのさしみ、えぼだいの焼き魚など、どれもおいしい。

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 懇親会のあと、早瀬さん、金子さんとわたしの3人で、食後酒をのみにゆく。
 酔いにまかせて午前2時まで、すきかってな話をした(ひとりだけ未婚の金子さんに、早瀬さんとわたしがふたりで、結婚相談に名を借りて、からんでいただけのような気もするが...)。

 18日は昼から夕方にかけて雨がふり、あいにくの天気だったが、19日朝はすっきりとした晴天。ホテルの窓から岡山のまちをながめる。

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 10時から岡山大学にまいもどり、研究打ち合わせ。

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 「ゆうべもおそかったのに、元気ですね」といわれたが、それは早瀬さん、金子さんのおかげだ。
 今後も協力しあうことを約束し、帰途についた。

 おみやげはきびだんごとままかり。ままかりは酢づけではないものが好きだ。じんわりとした滋味で、いかにも瀬戸内海という感じがする。

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 晴れて、あたたかい。東京では、きょう、さくらが開花したとのこと。
 きょうは娘の誕生日だ。恒例により、近所のしにせの洋菓子店でデコレーションケーキを買ってきて、お祝いをした。

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 たいてい、娘の誕生日のころに拙宅の敷地の片隅にある白水仙が見ごろになるのだが、ことしはまだちらほらとしか花がひらいていない。
 昨年も、一昨年も、「春がおそくて、白水仙が咲きだすのがおそい」と書いたので、3年連続でおそい春ということになる。
 冬の寒さがもどってきた。東京の最高気温は12.4度と、きのうより13度もひくい。
 しかし、よく晴れていて、体感的にはあまり寒くない。かりにかたづけていたコートを、またひっぱりだして着るほどではない。

 所得税の確定申告書を出しに、≪ぽっぽ町田≫にゆく。

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 たいへんな混雑で、ただ提出するだけの受けつけも、うんざりするほどの長蛇の行列だった。
 提出ための行列の末尾に、「申告書はできあがっていますか」とたずねるためだけ(申告書を確認するわけではない)にひとりの税務署員が配置されていた。わかりきったことをたずねるひまがあるなら、受けつけにまわってこの人数をさばいてもらいたい。

 一昨年の3月11日、おなじように確定申告書を出すため地元にとどまっていて、つくばには出勤していなかったので、大地震のあと帰宅難民にならずにすんだのを思い出す。もちろん、だからといって、重い税金を課する税務署に感謝するわけにもいかないが(笑)。
 確定申告のときは、添田唖禅坊のサルカスティックな「増税節」をくちずさむのが従来のわたしの習慣だったが、一昨年からはそんなものはすっかりふきとび、圧倒的に、なまなましい震災の記憶とむすびつくようになってしまった。

 一昨年のきょうの行動をありありとおぼえているので、ジンクス信仰のようではずかしいことだが、なるべくそれとはちがったことをしようと思ってしまう。べつに、あの日の行動が原因で地震に遭遇したわけでもないのに。
 とはいえ、明日からはまた補講や会議などのため連日筑波に出勤するので、確定申告書の提出は、一昨年の3月11日とおなじになっても、きょうにせざるを得なかった。

 震災から2年たったが、黙示録の時代を生きているという感覚は変わらない。

 ≪ぽっぽ町田≫を辞したあと横浜銀行にたちより、確定申告で発生した差額分の税金をはらう。
 かえりみち、小田急が14時46分から2分間、地震を想定した一旦停止の訓練をしていた。

 玉川学園前付近で、車窓から(わたしが以前勤務していた)玉川大学をながめた。
 朔風館が建っていた自然の丘の山腹が重機でおおがかりにけずられていて、朔風館はあとかたもなくなり、教育学部棟のすぐ手まえまで土がむきだしのがけになっているのがみえた。
 またハコモノを作る(作りなおす)のか。しかし、そのために山をけずっては、山を愛してこの地に学園をひらいた創始者が泣いているだろう、などと思ってしまう。

 なにやら、万事、文句たらたらの日録になってしまった。
 こんなときでも、岡山での招待講演の準備と、フランス語学会4月例会での発表の準備だけはたのしい。本業であるはずの研究が、むしろ救いをもとめてまぎれ込む場になりつつある。
 一昨日書いたような虚脱感にまかせて、この週末はだらだらしていたが、きょうになってから、ようやく重い腰をあげ、所得税の確定申告書を書いた。なにしろ、公的書類も金勘定も大のにが手なので、二重苦だ。
 昨年まで、国税庁ホームページの「確定申告書作成コーナー」というのは、E-Tax で提出する場合専用だとおもいこんでいたので、見にいくことさえせず、「確定申告の手引き」の冊子と首っぴきで手作業で計算していたが、「あの自動計算は使えますよ」と教えてくださったひとがいたので、今回は確定申告の第2表を手もとでつくり、第1表については自動計算を利用した。ずいぶんらくになった。

 きょうはおかしな天気だった。たいへん風がつよく、気温もあがった。東京の最高気温は25.3度もあった。観測史上もっとも早い夏日だそうだ。
 しかし、15時ころから、空がみょうに黄色くかすみ、みたこともないほど視界がわるくなった。いつも観天望気のめやすにしている山の稜線がまったくみえない。太陽もぼやけてみえるようになり、暗くなる。黄砂がきたにちがいない、と思った。ほこりっぽく、こころなしか、のどがいがいがする。外遊びをしていた小学生の息子もマスクをとりにもどった。幼稚園児の娘は外出をとりやめた。
 気象庁の発表によると、このかすみは黄砂ではなく、強風でほこりがあおられてできた「煙霧」だとのこと。しかし、某巨大掲示板には、「過去の煙霧の写真とくらべると、きょうは黄色すぎる。ほんとうは黄砂ではないか」、さらには、おなじく「煙霧」と報道したNHKに対して、「中国寄り報道ではないか」という書きこみさえみられる。

 夕方、娘が『リサとガスパール』の絵本をみながら、あわくやさしくえがかれたパリのまちなみの絵をゆびさし、「パパとママ、ここに住んでたの?」ときくので、「そうだよ」とこたえながら、ふわふわとした、いい気分になった。
 わたしがパリに留学していたのは29歳から31歳のときまでだったので、はっきり若かったといえる最後のころに近い。それで、あのころを、あまい感傷をもって思いおこすことがある。当時、留学生活のまっただなかでは、それなりに苦労も多かったつもりだが、いまではほとんどが『リサとガスパール』のあわい絵のような、よい思い出に昇華したように感じる。
 晴れて、あたたかくなる。東京の最高気温は23.2度もあった。
 きょうまで3日間、学外会議がつづいた。
 今年度最後の会期ということで、一昨日につづいて昨日も、しごとがおわったあとは鯨飲馬食の酒宴だった。
 そして、委員の「年季」が明ける、いや、「任期」が明けるわたしにとっては、きょうが最後の会議だった。
 朝から、「すっきりした顔をしていますね」などといわれたが、最終日まで、しごとがたいへんなことにはかわりない。
 昼休み、≪美登利寿司≫のちらしずしをたべた。こんなのを撮影するのはわたしくらいだろう、と思っていたら、わたしと同様にきょうでやめるひとが、ほかに2人も、紀念に写真をとっていた(笑)。

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 「たいへんだったけれど、このしごとがおわるのがさみしくもある」などというひともいるが、わたしには信じられない。
 たいへんなしごとが終わったよろこびが100%で、ほかにはなにもない。しかし、よろこびでみたされるというより、ほかになにもない、という方を意識してしまい、かえって虚脱感がある。
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 しばらくあいだが空いてしまった。きのうまで寒かったが、きょうから急にあたたかくなった。コートを着ないで出かけられる。
 この時期としてはめずらしいほど、雑務の自転車操業状態で、所得税の確定申告さえまだしていない(来週行く予定)。
 きょうはいちにちぢゅう学外会議で、おわったあと、同僚と神泉のイスパニア料理店≪ミネバル Minebar≫にゆき、れいによって鯨飲馬食してきた。
 さばとじゃがいものテリーヌ、えびとにんにくのオリーヴ油煮(camarón al ajillo)、マッシュルームとにんにくのオリーヴ油煮(champiñones al ajillo)が絶品だった。
 さいごにパエージャがでてきたけれど、そのときにはもう、おなかいっぱい。イスパニアでは、パエージャは前菜とメインのあいだにたべるはずだけれど、「しめにごはんもの」というところだけ、ニホン的なのかもしれない。

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