日 録

 2月11日の日記で言及した岡山大学での講演会の詳細がきまり、主催者がわから公開されましたので、このページにも情報を転記しておきます。

講演とシンポジウム「ことばと外界認知―日本語(方言)・英語・フランス語の構文からみえてくるもの―」 のご案内
(http://www.okayama-u.ac.jp/user/le/news/data2013/e130318.html)

日時:3月18日(月)13時00分-17時30分

会場:岡山大学津島キャンパス・文法経1号館2階・文学部会議室
津島キャンパスへのアクセスについては、岡大HP(http://www.okayama-u.ac.jp/)のトップページ上部の「交通アクセス」ボタンをクリックし、「アクセス」のページの「津島キャンパス」を選択してください。

講演1 講師:渡邊淳也氏(筑波大学)
演題:「フランス語の「間一髪の半過去」と西日本諸方言における「未実現の「よった」」の対照研究」

 フランス語には「間一髪の半過去」という、あやうく起きかけたことをあらわす未完了の過去時制の用法がある。たとえば、Un peu plus, je tombais.(もう少しでわたしは転んでいた)のような例である。一方、西日本諸方言にも、転びかけたときに「転びよった」というような未完了過去の表現があり、よく似ている。両者を対照することにより、事態のとらえ方の異同をさぐる。フランス語の「半過去」の多様な用法の解説も前提的に行ない、フランス語の例文にはすべて日本語訳を添えるなど、フランス語にふれたことのないひとにもわかりやすい提示をこころがける。

講演2 講師:早瀬尚子氏(大阪大学)
演題:「英語の懸垂分詞構文にみる事態のとらえ方―日本語との対照研究」

 懸垂分詞構文とは、分詞句の主語が主節の主語と一致していない分詞構文をいう。たとえばWalking upstream, the finest aspect of Ben Nevis is revealed(上流に歩いていくと、ベン・ネヴィス山の美しい姿が現れてくる)のような例がそれにあたる。「歩いていく」のはもちろん「山」ではないため、このような主語不一致の表現は、英語では好ましくない非論理的なものとされ、教育現場でもそのように指導される。一方で、この懸垂分詞構文に対応する日本語訳はごく自然である。なぜこのような違いが見られるのか、両言語で対応する表現の対照を通じて、日英での事態のとらえ方の相違について考えたい。

シンポジウム:渡邊淳也氏、早瀬尚子氏、他 「ことばと外界認知」

一般聴講歓迎・入場無料

 もうひとりの講演者である早瀬尚子さんとわたしは、じつは30年前、高校でおなじクラスにいた元同級生で、のちにたまたま近接した領域を研究するようになったという奇遇にめぐまれました。
 当日は、たがいに問題意識の交錯をたのしむ機会になればと思っております。

 早瀬さんは先月も和光大学に招かれて講演なさり、わたしもききに行ったので、1月5日、12日の日録にも登場なさっています。
 しかし、1月につづいて3月にも招待講演とは、たいへん頻度が高いですね。この点、わたしなどとはくらべること自体が失礼なほどです (わたしのほうは、招待講演は2年ぶりです)。

 以下のポスターはいずれも、クリックすると拡大します。

  

 今週は、月曜に、非常勤出講先の白百合女子大学で来年度の教科書などの相談をする会議があった。
 火曜には筑波大学で年度最後の平常授業をするとともに、会議1件に出席した。
 そして、水曜から金曜(あす)まではおもに学外でのながい会議が3日づづくということで、会議づけの週だ。
 ちなみに来週は筑波では前期入試と学年末試験の両面作戦ということになり、あいかわらず、なかなかきびしい。

 一昨日の火曜、筑波の大学院の2月入試の合格発表だった。
 2月5日づけの日録で言及した、ジュネーヴ大学に留学経験のある学生は、みごとに合格していた。
 7月入試で学内から合格しており、入学をきめていたひととあわせて、ことしの4月にはフランス語学領域だけで合計2人が入学する予定となった。
 入学予定のかたがたには、れいによって、メールで、「4月から、いっしょに楽しく研究にはげみましょう!」という、能天気なメッセージを送っておいた。
 いや、実際はそれだけでなく、従来は入学後の相談で間に合っていたけれど、今年から事務方の要求がきびしくなり、だれに担当してもらうかを早期に決めなければならなくなったTA(ティーチングアシスタント)にまつわる相談ももちかけた。

 きょうは学外での会議のあと、同僚たちと渋谷東急プラザの≪銀座アスター ベルシーヌ≫にゆき、おしゃれな中華料理をたべながら、ビールと紹興酒をのんできた。
 この店は渋谷駅西口のロータリーをみおろし、首都高速渋谷線がすこしうねって青山トンネルにはいってゆくところもみえるなど、都市的な眺望がたのしめる。
 駅をへだててむこうがわに、東急文化会館をたてかえてできた≪ヒカリエ≫があるが、いまだにいちども行ったことがない。
 あたらしいところをさけているわけでもないのに、あたまのなかの地図がふるいままで、自然にたちよる経路にはならない。

 きょう酒をのんだことで、きょうまできっかり2週間つづいた禁酒は、もろくもくずれた(笑)。
 まあ、めんどうくさいしごとなので、かえりに酒でものまないと、やっていられませんよ。はっはは。

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 小樽商科大学の田林洋一さんからご著書をいただきました。ありがとうございます。

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 すこし拝見するだけでも、否定の問題のなかでもとくに重要な部分についての、意欲的な研究であることが感じられます。
 時間をみつけて、楽しみに読ませていただきたいと思います。

 ちなみに田林さんは、かつてわたしと同僚だったことのある木村琢也さん(タレントの木村拓哉よりとしうえなので、「元祖キムタク」とも)の指導のもとで博士論文を書かれました。
 今回のご著書は博士論文をもとにしてまとめられたものです。以下に書誌的情報、もくじを転記しておきます。

 田林洋一 (2012) :『スペイン語の否定語の概念構造に関する研究』ひつじ書房
 A5判、10+342ページ
 定価 7,500円+税
 ISBN 978-4-89476-613-6

 本書は、スペイン語の否定現象、特にENを伴う前置詞句を主題化させると否定文になる「EN否定」と呼ばれる現象の概念構造を考察した研究である。EN否定のみならず、スペイン語の否定語に関する概念構造を網羅し、それに対して一定の説明原理を構築することを目的としている。スペイン語や否定現象に関心のある大学生、大学院生、研究者を主な対象としているが、認知言語学的な考察は、広く言語学に興味のある読者にも有益である。

 目次

 まえがき
 序論
 1. はじめに
 2. 理論的背景
 
 第一部 スペイン語の否定語とその他の否定要素
 第一章 スペイン語の否定語についての概説
 1. 否定語no について
 2. その他の否定語について

 第二章 否定語と否定環境
 1. 否定語が動詞に前置するということ
 2. EN 否定における主題化と否定語の動詞への前置
  2.1 Bosque(1980)の主題化の扱いについて
  2.2 主題化の痕跡と否定語が動詞に前置した時の痕跡
  2.3 否定の呼応とno 以外の否定語の前置
  2.4 従属節内の否定語と否定環境
 3. EN 否定における痕跡と否定現象及び否定表現
  3.1 否定の移動(Transporte de la Negación)の概略
  3.2 TN の本書の理論への応用
 4. 否定含意述語と理論的拡張
  4.1 否定含意述語の概略
  4.2 否定含意述語と痕跡の応用
 5. 語否定と理論的拡張
 6. 前置詞sin と理論的拡張
 7. 副詞incluso、ni siquiera と理論的拡張
 8. 修辞疑問及び修辞感嘆文と理論的拡張
 9. 章結

 第三章 その他の否定要素
 1. 否定極性項目について
  1.1 否定極性項目の若干の考察
  1.2 段階的な極限を表す否定極性項目
  1.3 慣用句としての否定極性項目
   1.3.1 慣用句についての若干の考察
   1.3.2 否定極性項目としてのスペイン語の慣用句
  1.4 否定極性項目としての不定名詞句
  1.5 否定極性項目としての名詞に後置されたalguno
 2. 虚辞の否定語について
  2.1 虚辞の否定no について
  2.2 No 以外の否定語の虚辞の否定について
 3. 比較構文と否定について

 第二部 スペイン語EN 否定における意味構造
 第四章 EN 否定の概略
 1. 導入
  1.1 前置詞EN の概略
 2. EN 否定の主な先行研究
  2.1 Bosque(1980)によるEN 否定の扱い
  2.2 Sánchez López(1999)によるEN 否定の扱い
  2.3 Bruyne(1999)によるEN 否定の扱い

 第五章 意味的側面
 1. EN 否定の項構造
  1.1 EN 否定の統語的条件
  1.2 EN 否定の項構造
   1.2.1 Goldberg による構文文法について
   1.2.2 使役移動構文の影山(1996)による概念構造標識
  1.3 EN 否定の概念構造
   1.3.1 構文文法におけるEN 否定
 2. EN 否定の意味役割
  2.1 意味役割における先行研究の概略
   2.1.1 場所理論の概説
   2.1.2 Jackendof(f 1990)の意味役割の扱い
   2.1.3 Baker(1988)の意味役割の扱い
   2.1.4 加賀(2001)の意味役割の扱い
  2.2 意味役割の提案
   2.2.1  マクロな意味役割と意味役割素性によって拡張される説明力
    2.2.1.1 二重目的語構文と受動構文
    2.2.1.2 後置主語構文
   2.2.2 EN 否定における主題化された前置詞句の特徴
 3. EN 否定の極性決定条件とその極性環境
  3.1 先行研究の扱いについて
   3.1.1 先行研究におけるEN 否定の極性について
   3.1.2 否定極性決定に関する先行研究の概略
   3.1.3  Sánchez López(1999)におけるEN 否定の極性決定について
   3.1.4 Linebarger(1991)における極性決定の扱い
   3.1.5 Ladusaw(1980)における極性決定の扱い
   3.1.6 奥野・小川(2002)における極性決定の扱い
  3.2 本書で提案する否定極性決定条件
   3.2.1 命題否定とモダリティ否定の分割とQR
   3.2.2 EN 否定における極性決定条件とその環境
    3.2.2.1 予想に従ったEN 否定のケース
    3.2.2.2 予想に反したケース
    3.2.2.3 更に予想に反しうるケース

 第三部 総括と展望
 第六章 総括と展望
 1. 語用論的側面
  1.1 否定の非対称性について
  1.2 前提と否定について
 2. 重文と相
  2.1 重文におけるsino とpero
  2.2 相
   2.2.1 相についての若干の考察
   2.2.2 前置詞hasta について
   2.2.3 副詞todavía とya について

 結語
 参考文献
 索引

 13年まえ、大学の専任の職についてからというものの、まいとし2月は、かならずといっていいほど精神が低調になっていたものだ。
 そのことを、かってに「2月病」と称していたものだが、昨年からあまりそれを感じなくなり、ことしは、いまのところ、まったくといっていいほど感じないですんでいる。
 公私ともに、うれしいこと、ありがたいことが重なり、むしろふだん以上に調子がよい。
 もちろん、年度末をひかえた時期でもあり、いろいろとめんどうな問題も多いことは多いのだが、それさえ例年のようにこころの負担にならない。
 としをとって、鈍感になってきたということもあるだろうが、実際に幸運にめぐまれていることはまちがいない。
 はねまわるような昂揚ではない。ひくいところからゆっくりと、まるで、潮がみちてくるような多幸感(euphorie)だ。先週木曜の夜を最後に酒を1滴ものんでいないから(といっても、酒をのんでいないのはわずか4日めだが)、酔郷ともちがう。

 まずは、ふたつまえの記事で書いたように、13か月かかった主語不一致ジェロンディフの調査が終了した達成感から今月がはじまったことがあげられる。
 ひとからみると、「なにがうれしいか」というようなことだが、ここはやはり、言語学にかかわる人間にありがちな、パラノイアックなよろこびだという自覚がある。
 つぎの作業として、ジェロンディフ句がかかってゆく先の支配節(proposition régissante)の統辞的、語彙的条件などをより詳細に再調査しなければならず、すでに2月4日から再調査をはじめているが、こんどは前の段階で主語不一致として分離してある1483例だけに目をとおせばよいので、35475例を読まなければならなかった本調査にくらべれば、ぜんぜんたいしたことはなかろう(本調査のときにひどく悲観的だったのとは対照的に、なぜか楽観している)。
 ちなみに、再調査はこの3連休でおおはばに進むことが期待されたが、9日土曜日になってから、3つの調査項目のうちのひとつで、方式を変更したほうがよいことに気づき、じつはいま、その項目だけ初めからやりなおしで時間をとっている。それでも、どういうわけか、楽観していられる。精神とは不思議なものだ。

 それから、いろいろなイヴェントや交流の機会も、2月、3月、そして来年度にかけて予定がはいってきており、いまからたのしみだ。
 とくに3月18日には、岡山大学に招かれて講演をしてくることがきまり、これが当面最大のイヴェントになりそうだ。
 岡山大学文学部では現在、第2期中期計画にもとづき、言語学関連、文学関連、人類学・社会学関連の「3大プロジェクト」( http://www.okayama-u.ac.jp/user/le/project/pro-long.html )が進行中とのことだ。
 そのうち、文学関連のプロジェクトでは、フランス文学の柏木隆雄先生、ロシア文学の沼野充義先生といった、まさに斯界の大御所というべき先生がたの講演を企画しているとうかがった( http://www.okayama-u.ac.jp/user/le/news/data2013/e130309.pdf )。
 これに対応する言語学関連の講演会での講演者のうちのひとりとして、わたしをお招きくださるということだが、文学関連の燦然たる講演者にくらべて、あまりにも「しょぼい」のではないかと、ひそかに心配している(笑)。
 わたしごときにお声がかかったのは、昨年9月、岡山大学の金子さんを筑波大学にお招きした( http://wjunya.blog39.fc2.com/blog-entry-217.html )ことに、金子さんが律儀に「お返し」をしてくださったという一面もあろう。
 しかし一説には、「学的交流も、一般社会でのひとづきあいとおなじく、互恵的であってこそ長つづきする」ということもあるので、ここはありがたく招待を受け、せいぜい退屈されない話をするよう、つとめてこようと思う。
 きのうときょう、筑波大学では大学院入試だった。
 ジュネーヴ大学への留学経験もある、すぐれた学生が受験してくれたので、ありがたいことだ。

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 昨夜はつくばに泊まったので、受験者の接遇を担当してくれた大学院生を、お礼の意味もあって≪鳥吉≫に連れてゆき、焼き鳥をたべながらビールをのんできた(お礼というのはもちろん口実で、嬉嬉として飲んできたことはいうまでもない)。

 ところで、今夜から明日にかけて雪がふることは確実で、またかなり積もるかもしれないとのことだ。
 明日のしごとのためには、むしろ今夜つくばに泊まるべきだったか?
 一昨年12月から13か月間にわたって延々と続けてきて、この日録でもたびたび言及した主語不一致ジェロンディフの例文検索を、きのうの深夜(精確にはきょうの未明)完了することができた。
 たいへんな長丁場だったが、わたしとしては例外的に根気をたもち、とくに長距離通勤の往復の時間を利用して、編み物のように少しずつ進めることで、終わらせることができたので、感無量だ。おわらせたあと、自祝の晩酌をした。
 以前から調査していることをお話しし、お励ましをいただいていたかたがたに、昂揚した気分で紀念的に報告のメールを書いた。

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 パリ第5大学などの研究グル―プ Lexique が作成したコーパス、"Corpatext 1.02" のなかで、118の動詞のジェロンディフ形を網羅的に検索し、13か月かかってすべての生起に目を通して分類した結果は、総生起35475のうち、主語不一致は1483(不一致生起率4.2%)だった。
 不一致の生起の存在自体は多種多様な動詞に薄く広くひろがっているものの、とりわけ不一致が多い動詞というのも存在する。
 まず、全動詞中、en admettant だけは、不一致の生起のほうが一致より多いという例外的な動詞で、文法化がとくに進んでいることがわかる(この種の動詞については、主語不一致ジェロンディフ全般に関する論文とはべつに、論文を書くにあたいする)。
 しかし、全体的にみると、ときおりいわれるように主語不一致は「熟語的な固定表現」というのからはほど遠く、一定の生産性があるように思う。
 とくに、動詞の類型で全般に不一致率が高くなっているのは心理・認知動詞で、不一致生起率が12.7%と突出して多く、好まれやすい意味的なわく組みがあることをうかがわせる。
 それは、主語不一致ジェロンディフのかかってゆく支配節に明示的に現れるなら (1) のように経験者目的補語になるが、多くの場合は (2) のように明示されない「観察者」の視点からのべられている文であるということだ。

 (1) Que de larmes me viennent en pensant à vous [...] (Eugénie de Guérin)
   あなたのことを考えると、なんと多くの涙がわたしにやってくることか!
 (2) En regardant le feu, pendant des heures et des heures, le passé renaît comme si c'était d'hier. (Maupassant)
   火を何時間も見つめていると、過去がまるできのうのことのようによみがえってくる。

 観察者の行動をあらわすことから、主語不一致ジェロンディフには心理・認知動詞があらわれやすいことも説明できると思う((2) の regarder は心理・認知動詞ではなく知覚動詞だが、主語不一致のときに観察者の視点が問題になることは各種の動詞に共通している。そして、とくにその視点と協調しやすいのが心理・認知動詞であると考えられる)。
 もちろん、主語不一致ジェロンディフをひきおこすほかの条件(たとえば、支配節が非人称文であればほぼ自動的に不一致になるなど)もあるが、そうした他の条件があるときも、「観察者の潜在」という条件は重なって確認されるので、これを基本的な条件といってよいのではないかと考えている。
 すでにいくらか考え、書いてきたこととあわせて、春休み中に原稿を執筆するつもりだ。

 一昨日、日本フランス語学会の4月例会の発表者わくがいまだ空席と知り、もう少しで例文検索が終わることを確信していたこともあって、後期に予定していた発表を4月に繰り上げることを志願した。
 自転車操業をみずから課しているような状態になってきたが、大学院生に研究発表を積極的にするようさかんに勧めているわたしが、自分は奥に引っこんでいるようでは説得力がなくなるので、これでよいと思う。

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