日 録

 きょう、会議の昼食で出てきた≪浅草 鮒忠≫の弁当が、≪花柳界≫という(弁当の名まえとしては)いささか衝撃的な名まえをおびていたので、おもわず写真をとってしまった。

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 「芸者さんたちでにぎわった浅草で創業し、ながらく惣菜店をいとなんできたから」というような説明が書いてあったが、それでもなお、命名センスとしてはかなり特異な部類にはいるのではなかろうか。しかし、中身はとてもおいしかった。

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 晴れて、暑くなる。にわか雨の予報がでていたが、なんとか夜まではふらなかった。
 息子の野球の練習が火曜の夕方ときまっているので、火曜に雨がふるかどうかは、わが家では重大な関心事だ。先週まで、火曜は3週連続で雨がふり、かわいそうだったが、きょうは雨がふらなくてよかった。

 19時すぎ、しごとからかえってきたら、自宅の軒下にへびがいた。自宅でへびを見かけるのは7年ぶりくらいだ。フラッシュをたいて撮影したら、あわてて床下に引っこんでいった。

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 きのうときょう、それぞれにすこしずつうれしい、いくつかのできごと(紋切り型でいうところの、「ちいさなしあわせ」)がたてつづけにおき、ひさしぶりに、精神的にはけっこう元気になってきた。

 きのうはつめたい雨がふり、3月下旬なみの寒さだった。東京と、つくばの正午の気温は、偶然おなじ13.7度だった。
 きょうは一転して暑くなったが、暑くてもここちよい、乾燥した晴天だった。東京の最高気温は25.0度、つくばの最高気温は21.8度。

 きょうは、電車ののりつぎがいつになく効率的にすすみ、つくば駅にいつもよりはやく着いたので、つくば駅から大学ゆきのバスをふたつ手まえの停留所でおりて、研究室にゆくまで、学内をすこし遠まわりしてあるいた。
 健康のためのステレオタイプ的行動だが、どうせこの程度では、たいしたちがいはなかろう(笑)。

 筑波大学のキャンパスは、中央部はわたしが学生だった25年まえとほとんど変わっていない。
 学内をあるきまわっていると、若いころが眼前によみがえってくるかのような感覚をおぼえる(出勤するたびにいつも見ているではないか、といわれそうだが、ふだんはことさらにながめているほどの時間の余裕はない)。
 このような気分をあじわうことができるのは、母校に転職してよかったと思える理由のひとつだ。

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 クリスマスにはサンタクロースの服を着せられるなど、年ぢゅうさまざまな扮装をさせられている銅像は、今週は日蝕観察のめがけをかけ(させられ)ている。
 このようなことをおもいつくのは、わたしなどはとうに失った学園的な快活さで、それがまぶしいような、うらやましいような気もちになる。しかしもちろん、じっさいには、そのころにはそのころなりの苦しみもあるので、ただうらやむのは無責任というものだろう。


 晴れ。初夏のような暑さになる。きょうの東京の最高気温は27.2度、つくばの最高気温は26.8度。

 半年に1度の恒例で、つくばのレストラン≪Chez Lénon≫にゆき、昼食にクスクスをいただいた。いつもながら、とてもおいしい。

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 はらごなしに、洞峰公園を散歩した。洞峰公園には、めずらしいアヒルたちがいる。アヒルたちも、ニンゲンにまじって、池のほとりで休んでいたりする。

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 つぎの写真は筑波大学の学内のようす。木々がずいぶんしげってきて、きょうのような日は木陰がうれしい。

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 午後は会議と打ち合わせがいくつかつづいたが、クスクスを燃料にしてのりきったつもり。
 「クスクスをたべたなら、ヴァン・グリ vin gris をのまないのか」などとよく問われるが、さすがに午後にしごとがあると、そういうわけにもいかない。

 『虚構新聞』が謝罪
 http://news.livedoor.com/article/detail/6558005/

 上記の記事を読んで、唖然としました。
 もともと、どうみても、『虚構新聞』のコンセプトの範囲内でしょう。
 『虚構新聞』をまにうけて、それが事実でないから怒るなんて、なんというはずかしいことでしょうか。
 このようなことで怒っているひとにとっては、いっさい冗談をいってはいけない、沙漠のような社会が理想なのかといいたくなります。
 『虚構新聞』がわの、「今後はもっと現実離れした虚構報道を心がけます」という、おとなのコメントがかろうじて救いです。どこぞの市長(や、その石心鉄腸の支持者たち)に、つめの垢を煎じてのませないといけないかもしれません。

 * * * * *

 おくちなおしに、愉快な話題をひとつ。
 以前、ゆうさんの掲示板( http://theatrum-mundi.bbs.fc2.com/ )で話題になっていた「論外」印ですが、当時個人的にも話題にしたところ、最近、古くからの友人である厨子くん( http://ecco.muzik.gr.jp/ )が、実際に作って送ってきてくださいました。模範とするべき精神の余裕です。

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 どんな文字でも彫りさえすれば印鑑になる道理ですが、いざ現物を手にしてみると、やはり衝撃的で、あちらこちらに捺したくなります。
 とりあえずためし捺し。まだ朱肉がなじんでいませんので、少し印影がぼけていますが、使ううちによくなってくるでしょう(<って、使うんかい!)。

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 最近、どうも疲れやすくなってしまい、なにかあったときでも、当日≪日録≫を書くことができないことがおおい。もちろん、こんなものは好きでやっているだけなので、義務でもなんでもないのだが、書きたいときでさえ、手がうごかないことがある、ということだ。
 このひとつまえの日記では、筑波での新入生歓迎会から午前の帰還だったので、どのみち日があらたまっていたのだが、きのうは比較的はやくかえってきたのに、パソコンをつける元気さえなかった。
 
 きのうは、東京フランス語学研究会、ならびにフランス語学会の例会のため、それらがひらかれる茗荷谷の跡見学園女子大学にゆく。
 その名もゆかしき茗荷谷。丸の内線にのって、電車が後楽園方面から谷すじにそう坂をのぼって近づいてゆくとき、いつも、いいところだと思う。



 今回はフランス語学会の例会で発表者をつとめた。ただの例会としては異例の、40人近い参会者がきていて、ひさしぶりに会う先生がたも先月以上に多かった。
 発表のハンドアウトが12ページにもなり、60分の持ち時間が不足しそうだったので、急いで発表したら、かえって時間があまってしまった。いまだに、しろうとっぽい結果で、なさけない。
 しかし、質疑応答の時間を多めにとることができ、いろいろなことを言ってもらえたのでよかった。
 おわったあと、会津先生、鳥居先生、ドルヌ先生たちといっしょに、アペリティフ程度に、(ジョッキではなく)グラスの生ビールを1杯だけのんで、かえってきた。

 最近の体調にもかんがみ、私的な酒席には当面参加しないという方針をさだめた。ただし、学会・研究会関係や、大学関係など、公的な性格の酒席には顔をだすこともあるので、ほんものの禁欲ではない。
 (じつは新年度始業以来、すでに実行にうつしている。私的な飲み会は4月5日が最後だったので。)

 6日(日曜)、つくば市では竜巻や落雷の被害があり、週明け、筑波大学に出勤したら、わたしの研究室の旧式デスクトップパソコン(2006年購入)の時計が6時間くらい遅れていて、それだけの時間、停電していたことがわかった。
 停電が回復しても、サーヴァーは手動で再起動しないといけないらしく、筑波大学の多くの部局のサーヴァーは7日の午前まで、もっとながい時間止まっていた。しかしさいわい、6日は連休最終日だったので、とどこおっていたメールはあまり多くなかった。

 火曜、水曜は、先月末までに各方面から原稿を出していただき、編集作業をしてきた『人文学類案内』の来年度版の更新事項の最終確認の作業で根をつめた。水曜は夜を徹して作業し、きのうの木曜の午前にデザイン会社に送り出した。そのあと、デザイン会社と印刷会社に見つもりを依頼したり、並行して進んでいるウェブページの改変の確認をしたり。
 この日録でも言及した(ぼやいた?)人文学類広報委員長のしごとの一環だが、卒業生の就職のデータなどは、事務方からもらった個別データを手作業で分類、計算し、種類別のパーセンテージを出すなど、こんなことまで広報委員長がしていたのか、とわたしの前任者の先生がたへの尊敬をあらたにした。

 留学から帰国した学生が留学先で取得した単位を筑波大学の科目にふりかえて認定する手つづきで、細部の確認をしたり、修正を依頼したりするしごと(これは、人文学類の教育課程委員としてのしごと)もあったりして、おかげでわたしの留学時代にはなかった ECTS (European Credit Transfer System) の単位計算方法をはじめておぼえた。しかし、これについては、ECTS をいまさら知るほうがおそいかもしれない。
 
 きのうは、午後に竜巻注意情報が出て、つくばではたいへんな雷雨がふった。雷雨がとおりすぎたあと、急に肌寒くなった。
 夜はフランス語学領域内での大学院生の新入生歓迎会があり、大学にほどちかい中華料理店≪百香亭≫でビールをのんできた。れいによって、黒酢のかかった、おおきなボール状の酢豚をたべる。わたしにとっては、「おつかれさま会」の感があった。
 かえりみち、小田急が雷雨の影響でおくれていて、順当に午前の帰宅。

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 やっと週末、やれやれ、と思ったら、わたしは明日の土曜、フランス語学会で発表者をつとめなければならないのだった。ああ、いつ準備するのだろう。研究時間がもっとほしいなあ、などとぼやきを書いている間に発表の準備をしろ、といわれそうなので、あわただしく打ち止め。

 メーリングリストで配信されたお知らせからの引用:



日本フランス語学会第278回例会 

日時: 2012年5月12日(土) 15:00-18:00
会場: 跡見学園女子大学 文京キャンパス 2号館3階 M2308 教室
(東京メトロ丸ノ内線 茗荷谷駅下車 徒歩2分、東京メトロ有楽町線 護国寺駅下車 徒歩8分)

発表者:
(1) 栗原 唯 (青山学院大学大学院)「名詞文の解釈―共発話者の役割」

(2) 渡邊 淳也 (筑波大学)「叙想的時制と叙想的アスペクト」

司会: 守田 貴弘 (東京大学)

*跡見学園女子大学文京キャンパスへのアクセス (**文京キャンパス**での開催となります。十分ご注意ください。)
http://www.atomi.ac.jp/daigaku/institution/access.html
*学会ホームページ
http://www.sjlf.org/



(1) 栗原 唯 (青山学院大学大学院)「名詞文の解釈―共発話者の役割」

 名詞(句)のみで構成される発話、名詞文はBenveniste以降、動詞文と同じように「文」というステイタスを持っているとされているが、具体的にはそれがどのような文であるか、どのように解釈されるのかといったことに関しては、一貫した十分な説明はなされていない。名詞(句)のみで構成されている名詞文では、主語—述語構造を持つ動詞文のようには明白に叙述関係は表されていない。実際、主語—述語という叙述関係に従った解釈は名詞文には不適当であると考えられる。その一方で名詞文は属性付与による評価の表明、事物の提示による出来事などの描写、願望、命令の表明といった多様な意味内容を表しているように思われる。名詞文の受け取り手は、(それを取り巻く文脈の助けがあるとはいえ)名詞(句)のみを前にして、どのように様々な文的意味を読み取っているのだろうか?名詞文という形式の発話を、その受け取り手側の視点に立って、その解釈がどのように行われているのかという点を中心に考察する。



(2) 渡邊 淳也 (筑波大学)「叙想的時制と叙想的アスペクト」

 時制の機能は、「動詞があらわす事行を時間軸上に位置づけることである」とするのがほとんど公理的な定義としてうけ入れられている。しかし実は、それとならんで、事行を眺望する視点を時間軸上に位置づけている場合もすくなくない。本発表では、事行を眺望する視点を時間軸上に位置づけている時制の用法を「叙想的時制」とよび、時制のもうひとつの重要な機能と見なす。フランス語の半過去のさまざまな用法のうち、従来の研究では「モダールな用法」とされてきたもののかなりの部分が、叙想的時制の概念を導入することで説明できることを発表のなかで示したい。
 一方、アスペクトにも、事態そのものが帯びている性質としての完了相・未完了相とは別に、事態をその内側から眺望するという視点の特徴を反映する「叙想的アスペクト」を認めることができるという主張を本発表であらたに提出したい。さらに、発表中では、叙想的アスペクトと見なすことのできるいくつかの事例も見ておきたい。
 最後に、叙想性と未完了アスペクトのあいだに親和性が存在することを確認し、その理由についても考察するとともに、叙想性のよりひろい意味あいとして、視点論、認知モード論との関連づけの可能性を指摘したい。

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