日 録

 移動中などにちょっとした書きものをするのに便利なキングジム≪ポメラ≫だが、11月下旬に発売された新製品、DM100は、なんと、キーボードをなつかしの(といっても、わたしはいまでも大学の研究室のデスクトップパソコンでは使いつづけている)親指シフト入力に設定できるということで、よろこびいさんで購入した。





 2枚目の写真が、キーボードに親指シフト用のシールをはりつけたところ。手が器用でないうえに、まちがえて2重にはってしまって、はりなおしたところもあるので、美しくはないが、自分としては許容範囲(笑)。
 さっそく親指シフトで入力をこころみるが、JISキーボードで「無変換」にあたるところが左親指、「変換」にあたるところが右親指なので、親指キーが左右とも中央に配置された本来の親指シフトの感覚からすると、親指をネコのようにひっこめてうたないといけない感じだ。
 ついつい、親指のつもりで空白キーを押してしまい、表記未決定の文字列の変換候補が出てきてはとまどうということをくりかえす。
 しかし、この問題は、今後慣れてくるにつれて解決するだろう。とにかくニホン語の入力が速く、らくにできることはありがたい。

 Bluetooth キーボードとしても使えるそうだが、残念ながら、Bluetooth キーボードとして使っているあいだは、親指シフト入力ができない。これは両立させてほしかったところだ。
 12月17日から18日にかけて、福岡に出張してきた。17日に福岡大学で研究会があり、そこで発表するのがおもな目的だった。
 福岡は東京より寒く、16日には初雪がふり、17日も雪の予報がでていたので、少々身がまえていたが、さいわい雪には一度も遭遇しなかった。

 福岡にゆくのは、2002年、九州大学でひらかれたフランス文学会の秋季大会に参加したとき以来だ。
 当時は九州大学には六本松キャンパスがあり、そこまで中心街の天神からバスで行ったものだが、いまでは六本松キャンパスは移転により廃止され、一方、六本松を通って福岡大学方面にゆく地下鉄七隈線が新設されるなど、かなり変容したようだ。



 17日、はじめてたどる道すじなので、慎重に、七隈線の始発駅である天神南駅の場所を確認してから地上にのぼると、大丸のまえの広場で、クリスマスコンサートがひらかれようとしていた。
 その広場に面したほそながい店が、≪Aux bacchanales≫というビストロ風の店で、名まえといい、提供している料理といい、調度品といい、たいへんフランス的な店だとおもって、ぼんやりながめながら前をとおると、ガラス越しに手をふるひとがいて、わたしが発表をするのとおなじ研究会で発表するSさんが、ぐうぜんにも昼食をまつところだった。
 これさいわいとSさんと合流し、わたしはキッシュをたべた。店のなかは France Info のような、フランス語のニュースがずっとながれていた(Sさんによると、「ときどきかかるみじかい音楽が、France Info とはちがう」らしい。わたしはそこまでこまかなことはわからなかった)。





 七隈線にのるとき、鉄っちゃんのお約束で写真をとる。東京でいえば大江戸線に似ていて、トンネル口径がちいさく、コンパクトな車輌を走らせている。



 福大前という駅でおり、地上にのぼるとすぐ福岡大学の正門だ。
 (これまた鉄っちゃんネタだが、「福大前」と称する駅はニホンに2か所あり、もう1か所は福井大学のちかくだ)



 巨大な大学で、広大な敷地は筑波大学と似ているが、ちがうところは、建物がほとんどみな高層棟だということだ(筑波はひくく広く建てている棟も多い)。
 いちおうしごとをした証拠で、研究会の会場の窓からのながめを撮影(笑)。



 研究会ではじっくりと議論することができ、たいへん有益だった。
 おわったあと、主催者側のKさん、Yさん、発表者のSさんとわたしの4人で、天神にちかい赤坂というところにゆき、≪山なか≫でもつ鍋をたべてきた。Kさん、Yさんにごちそうになってしまった(ありがとうございます)。
 しょうゆ味、みそ味、しゃぶしゃぶ風と3種類の鍋を順にたのみ、最後は雑炊にしてたいらげた。
 もつ鍋のもつは、(わらってしまうほど月並みな表現だが)「ぷりぷり」で、いくらでも食べられそうなおいしさだった。





 この週末は、福岡でなにかイヴェントでもあったのかと思うほど、中心街のホテルがのきなみ満室で、1か月まえに確認したときに愕然とした。
 しかたなく、福岡市と糟屋郡の境に近い、東区和白というところにあるホテルに宿泊した。和白には、17日夜の往路は地下鉄箱崎線と西鉄貝塚線で、18日朝の復路はJR香椎線(愛称「海の中道線」)で往来したので、鉄っちゃん的にはたのしかった。










 晴れて、比較的あたたかい。

 いつもどおり筑波大学に出勤し、授業3こまをつとめた。
 そのうちのひとつ(1年生対象)で、能動文≪Christophe Colomb a découvert l'Amérique コロンブスがアメリカを発見した≫を受動文≪L'Amérique a été découverte par Christophe Colomb アメリカはコロンブスによって発見された≫に変換するという、ありがちな練習問題をしたとき、つぎのような余談をしたくなった。
 「わたしは1992年に筑波大学の大学院に進学したのですが、そのとき学長だった物理学者の江崎玲於奈が、式辞で、「ことしはコロンブスがアメリカを発見して500年という、たいへんめでたい年で、、、」などといいだしたので、「いつの時代の歴史認識か」と憤慨する学生が多く、会場がどよめいたものです」
 しかし、「1992年に、、、」とわたしが話しはじめたとき、「1992年は、わたしたの生まれた年です」という学生がいたので、そんなに年齢がちがうのかと、たいそうショックをうけ、そのあとの話が、いや、そのあとの授業全体が、ぐだぐだになってしまった(学生のみなさまには、まことに申しわけない)。

 修士論文や卒業論文のしめきりまでおよそ1週間ということで、ひざづめで学生の原稿を読みかえしたり、ほかにも来年度の科目編成をめぐる確認や、1月下旬にひらかれる専攻説明会のことなど、雑務もおおく、授業のあいまに支援室(以前の呼称でいう「事務区」)になんども往還するなど、いそがしい日だった。
 どういうわけかここ1週間、イターリアの超高級車、フェラーリの事故が相ついでいて、目をみはります。

 ・12月4日、下関市の中国自動車道でフェラーリ8台が多重事故
 http://news.livedoor.com/article/detail/6093399/

 ・12月9日、大阪府高槻市でフェラーリが民家に突入
 http://news.livedoor.com/article/detail/6108145/

 ・12月11日、千葉県野田市でフェラーリがひき逃げ
 http://news.livedoor.com/article/detail/6109328/

 これらの事故(における運転者の傍若無人ぶり)から「うかびあがってくる意味作用」(signification dessinée) を約言すると、あきらかに、「フェラーリさまは何をしてもよい」ということであります。

 よく、車のハンドルをにぎると性格が一変するひとがいるといいますが、「フェラーリさま人格」こそ、その極北といえましょう。
 野田のひきにげの加害者は、医者でありながら救護義務をなげうって逃亡するなど、悪質そのものですが、そこはやはり、「フェラーリさまは何をしてもよい」という驕慢が端的にあらわれているところです。
 きょうで3日連続の雨。かさをさして出かける。
 13時から15時、フランス語学会の編集委員会と、15時から18時、同学会の例会があり、慶應(三田)へ。
 慶應に行くまえ、11時30分に、編集委員会でもごいっしょしているSさんとまちあわせて、昼食をとりながら研究会企画の相談をした。

 Sさんは大学院生時代の1993年以来のともだちで、気らくに話せるのがありがたい。
 とくに、1997年から99年、パリ留学時代がかさなっているので、パリでの思い出がおおく、会うたびに十数年まえにもどるような気がする。
 十数年まえとはいえ、わたしにとってはもはや、"bon vieux temps" という感じだ。

 編集委員会では査読の分担などがきまった。
 じぶんの論文もおぼつかないのに、ひとの論文を評価できるのか、と自問しつづけて幾星霜。おもえば、編集委員になって、もう11年も経ってしまった。

 例会では、いつものように、ふたつの発表があった。
 大阪大学の春木先生の発表「現代フランス語の認知モードについて」が、わたしの現在の個人的な関心とかさなりあったため、興味ぶかかった。
 わたし自身、きのう書き終えたばかり(!)の、「叙想的時制と叙想的アスペクト」と題した論文で、事態そのもののアスペクトは完了的であっても、それを見る視点が事態内在的であることによって、半過去、現在分詞などの未完了アスペクトを標示するマーカーがもちいられているケースを考察した。
 こうした叙想的アスペクトの問題は、事態内在的で、状況との相互作用のある視点をとるか、それとも、神の視点ともいうべき「客観的」な視点をとるかという、いっそう広汎な認知的問題の一環をなしているように思う。

 夜おそく、ひとりで発見して、感動したこと。
 シャトーブリアンって、じつはけっこうな文献学者 philologue でもあったのね。
 Itinéraire de Paris à Jérusalem et de Jérusalem à Paris のなかで、「ヨルダン」の語源を考察していたりして、おどろいた。「才能のあるひとはなんでもできる」とでもいおうか......

 変則的3学期制をとっている筑波大学の特権である「秋休み」が明け、きょうから3学期だ。
 にわかにさむくなった。つくばでは、しぐれがふり、日中でも気温が5度くらいしかない。
 つくば生活1年目のひとがおおい1年生の授業で、「寒いですね。でも、まだ、つくばが本気を出した寒さではありません」と言ってしまった。すこしいじわるかもしれないが、事実だからしかたがない(笑)。

 まいとし、秋には、つくばに出勤するたびにいろづいてくる紅葉の写真をとることをたのしみにしていたのだが、ことしはどういうわけか1枚もとっていない。
 そのようなこころの余裕がなかったことにくわえて、ことしは秋がおそく、なかなか寒くならなかったので、紅葉がいろづかないとおもっていたら、こんどは急にさむくなり、いろづききらないうちに、すでにかなり落ちてしまった。
 「異常気象」などということばをかるがるしく使いたくはないが、どうも自然が順当にまわっていないような気もする。

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