日 録

 予報ではふらないはずだったが、みごとに雪だ。拙宅の庭にも、けっこうつもっている。



 一昨日と比較可能なように、おなじ場所も撮った。



 雪化粧を美しいと思うこころの余裕もなく、明日、筑波まで長距離通勤するとき、電車がまともにうごくだろうか、と心配しなければならないところがかなしい。
 きのうにつづいて、きょうも雪がふった。しかし、午後からは雨にかわり、積もることはなかった。きょうもきのうにつづいて、いちにちぢゅう、共著書の編集作業をしている(それにしては進みかたがおそいな、と共著者たちからはいわれそうだが、全速で進めると疲れてしかたがないので、だらだらとやっている)。
 まだ土曜だったか、という、連休に独特のまったりとした感覚がうれしい。雪だからこどもと外にあそびに行く必要もないので、ちょうど正月のような弛緩した感覚だ。



 きょうの朝刊にはまにあわなかったが、エジプトのムバラク大統領がついに辞任に応じたそうだ。午前1時ころにはインターネットに速報がながれていた。現地時間ではきのうの2月11日にあたる。これは偶然だが、イランでホメイニ師がパハレヴィー朝をたおした記念日とおなじ日づけだ。(とくに今後、エジプトにも反シオニストの政権がたつようなら、)イスラーム圏にとっていっそう意味ふかい日づけになるのではないか。

 朝までみぞれが降っていたが、家をでるころにはやんでいて、くもり空。
 筑波はきょうは曜日振りかえのため、いつも担当している科目は休講だが、会議があって出勤。
 いつも授業をしている時間帯に、大学会館でゆっくり昼食をとり、ついでに大学会館別館の≪伊勢甚≫で茶菓を買って、研究室にむかう。



 桐葉橋をわたりきり、第一学群棟にむかってくだってゆくながい坂道の上にたつと、24年まえ、19歳のときに、筑波大学を受験のためはじめておとずれたときのことを思いだす。
 いや、思い出すというより、24年を一挙にちぢめて、あのときに立ちもどるような気になる。
 19歳のとき、見晴らしのよいこの場所(晴れた日は筑波山もみえる)に立って、みょうな希望をいだき、身ぶるいしたものだった。
 いまどきのことばでいうと、この場所はわたしにとっては「パワースポット」(笑)なのかもしれない。
 最近、大学院進学のひともふくめて、学生の卒業後の予定の話をよくきくせいか、自分も若いころのことを、甘い感傷をともなって思いおこすことが多い。
 それは当然ながら、雑務にまみれて、いったい自分がなんの仕事をしているかわからなくなりかねない現状に対する強いよびかけになる。

 なにを青くさいことを書いているか、とつっこまれそうだが、研究をつづけるには、やはり若者のこころをもちつづけていないとだめな気がする。
 さいわい、若い人たちに接することを職業としているので、そういうことを思い出すチャンスはある。

 大村はま『教えるということ』(ちくま文庫)、p.27 からの引用:

 「「研究」ということから離れてしまった人というのは、年が二十いくつであったとしても、もう年寄りだと思います。つまり、前進しようという気持ちがないわけですから。それに、研究ということは苦しいことです。ほんの少し喜びがあって、あとは全部苦しみです。その喜びは、かけがえのない貴重なものですが。研究ということは、「伸びたい」という気持ちがたくさんあって、それに燃えないとできないことです。少しでも忙しければ、すぐおるすになってしまいます。」

 なんという耳の痛い指摘!

 きょうは、おあつらえむきに、会議のあと、学生時代から同級生で、いまは同僚の和田くんと合同開催の研究会だった(昼食後に買った茶菓はこのときのためのもの)。
 大学院生もまじえて、けんめいに研究の話をしていると、なにやら生き返ったような気がする。
 
 一昨日(1月31日)からきょう(2月2日)まで、2泊3日、大学院入試のためつくばにとまりこみでした。大学院入試は1日と2日なので、一昨日は前泊のみでしたが。
 こどもたちとわかれるのはつらいけれど、微量ながら、ノマード的な、ラ・ボエーム的なよろこびもあります(笑)。
 宿泊施設から出勤し、めずらしく、朝はやくから研究室にいると、校舎のあいだにちらりと見える松美池の水面にきらめく朝日がまぶしかったので、写真にとりました。



 入試業務の終了とともに、入試に関連するある委員としての2年の任期もおわりました。たいへんな解放感です。任期明け、というより、年季明け、という感じです。やっほーやっほー、ゆっふーゆっふー♪

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