日 録

2009年9月、北京出張報告

(1)北京大学
 北京大学・清華大学・筑波大学合同言語学研究会に参加し、研究発表をするため、昨日まで1週間、北京に出張してまいりました。以下に写真つきで、ご報告をいたします。












 はじめにお目にかけるのは、わたしが参加し、研究発表もした合同研究会の会場だった北京大学です。さすがに校舎も歴史的建造物で、ほとんど圧倒されます。
 学内は公園のようになっており、こどもや家族づれも散歩しています。

 教員はいうにおよばず、学生も、12億中国人の頂点にたつひとたちだけあって、秀抜なひとばかりで、ただただ驚歎しました。
 研究会は、共通テーマがちょうどわたしの専門でもある「モダリティ」だったこともあり、なかなか楽しく、有意義でした。

 ところで中国語が専門でない教員も、北京大学のことをわざわざ中国語読みで、「ペイ・ター」といっていました。
 どうしてかとおもいましたが、よくよくかんがえると、日本語で「ほくだい」というと北海道大学になってしまうからですね(笑)。

(2)≪白家大院≫







 北京大学からちかい、蘇州街というところに、≪白家大院(バイジャー・ダーユアン)≫という不思議な空間があります。 地元のひとでさえ中のようすを知るひとのすくない、秘密の花園です(笑)。

 ここには要するに夕食をたべに行ったのですが、コンセプトは清朝の宮廷を再現することにあります。
 この空間に一歩はいるやいなや、あいさつも「你好(ニーハオ)」ではなく、そのもっともみやびなヴァリアントである、「您吉祥(ニンチーシャオ)」になります。それを女性はひざを折って、右手をあげて言っています(まんなかの女性は背が低いのではなく、ひざを折ってあいさつしているところです)。




 大広間では、京劇の出し物があり、拍手喝采です。











(3)≪渝郷人家≫











 この直前も(いちおう)夕食関連でしたので、ここからは順不同で、おいしい食事のはなしをつづけます。

 四川料理店≪渝郷人家≫。客室が個室で、上品な雰囲気なのにとても安く、麻婆豆腐がなんと13元(180円くらい)。「渝郷」は四川省重慶あたりをさす「渝州」からとった名まえだそうです。
 料理は辛いだけでなく、それをささえるうまみがあり、そして山椒がつよくきいているのが四川料理の特徴です(「辣」が辛味であるのにたいして、「麻」は山椒のしびれるような味のことをいうそうです)。

(4)≪辣婆婆≫















 おなじく四川料理店≪辣婆婆≫。こちらはもっと若々しく、パンチのきいた味でした。
 はじめの写真、おしぼりの袋に、揚げまんじゅうなどをたべるためのビニール手袋がはいっていました。
 さいごの写真。にんにくと辣油で三枚肉を煮た料理が絶品でした。

(5)≪晋陽双来飯庄≫













 王府井にほどちかい灯市口大街の山西料理店、≪晋陽双来飯庄≫。ここに行った日は、国慶節パレードの予行演習のため王府井付近は道路封鎖、店舗休業が多く、たべるところにこまったのですが、めずらしく営業していた店を、同行の先生方がさがしてくださいました。この店が大当たりで、絶品の酒肴がたのしめました。

 山西料理といえば刀削麺が有名ですが、山西省は江蘇省とならぶ黒酢の名産地でもあり、黒酢をきかせた料理がおいしいです。

(6)≪暢春園≫など







 食事のはなしばかりして、いいかげん、おなかがいっぱいになってきたので、まだ写真はありますが、かんたんに昼食と朝食のはなしをして、食事に関してはおしまいにしましょう。
 1まいめの写真は昼食をたべに行った北京大学の学食≪暢春園≫の外観です。2まいめのような本格的な中華料理の昼食です。おいしくてついつい完食してしまいました。
 朝食はホテルでたべると中国らしからぬ値だんなので、近所のお粥屋さん≪大粥鍋≫に行きました。3まいめの写真のような、粟(あわ)のお粥と、たまごサンド。これはひとり1元(14円くらい)の破格。

(7)万里の長城













 研究会のあと、日程に余裕があった(日本の連休明けをひかえて飛行機が混んでおり、ただちに帰国する日程では切符がとれなかった)ので、いわずとしれた世界遺産、万里の長城にもいってきました。
 北京市内からバスで1時間くらいの、八達嶺(バーダーリン)というところです。「四通八達」の「八達」ですから、「ここからならどこへでも行ける」というような意味でしょうか。
 歩こうとおもえばどこまでも歩ける、西域まで歩ける、というのは冗談ですが、ここを歩くのはなかなかたいへんです。
 要するにうねるような山の斜面に沿っているわけですから、ところどころたいへん急な階段や坂になっていて、ちょっとしたスポーツです。
 しかし、壮大な景観にこころうばわれます。来る価値があります。

(8)頤和園



































 これまた世界遺産の頤和園(いわえん、イーホーユアン)です。清朝の離宮(西太后も避暑におとすれていたそうです)に由来する広大な公園で、昆明湖といううつくしい湖に面しています。
 「排雲門」という門をくぐって階段をのぼれば、「仏香閣」というみごとな5重の塔があります。塔のなかには仏像ものこっています。写真にうつっている「排雲門」の漢字にならんで、満州文字(モンゴル文字を手なおしして使っている)がしるされていることに気づきます。清は北方王朝でしたから、満州語がつかわれているのです。

(9)地下鉄







 鉄っちゃんとしてははずせない北京の地下鉄。
 1回かぎりの切符でもカード状です。かんがえてみれば、出口で回収するわけだし、再利用できるので、このほうが合理的ですね。
 オリンピックを機にかなりひろがり、既存施設も全面的に更新されたようで、電車はまあたらしく、駅にはプラットフォームにもドアがあり、安全です。
 近い将来、北京の西北の端の北京大まで地下鉄で行けるようになるそうです。

(10)王府井の夜、天安門の夜















 最後に打ち上げと称して飲んだ夜(いや、飲むのはまいばん飲んでいたが)、期間中ごいっしょさせていただいた先生がたと、王府井から天安門まであるいて行ってみました。

 王府井は車をしめだして歩行者天国にしているにもかかわらず、銀座の中央通りの何倍もあろうかという広さで、まわりのたてものも同様です。
 おなじく巨大な≪北京飯店≫のまえでまがって、長安街にはいります。
 長安街は10月1日の中華人民共和国建国60周年の国慶節を目前にして、お祭りらしいはなやかさと、警備のものものしさが目だっていました。
 そしていよいよ天安門にたどりつきました。おどろくほど広いです。ざんねんながら広場のなかに入ることは禁じられていましたが、天安門のライトアップがうつくしく、やはり見にきたかいがありました。
 こうした演出はもちろん、国家というもののメガロマニアだとは百も承知だが、おなじメガロマニアどうしでくらべるならば、やはり中国は巨大な国なのだとあらためて感じるほかありません。

 そのとき、わたしのあたまのなかには、ルイ・リネルのふるいシャンソン、≪中国の夜 Nuits de Chine≫がまわっていました。いい夜でした。



♪Nuits de Chine, nuits calines, nuits d'amour !
♪Nuits d'ivresses, de tendresses.
  中国の夜、甘い夜、愛の夜!
  酔郷の夜、やさしさの夜
♪Ou l'on croit rever jusqu'au lever du jour.
♪Nuits de Chine, nuits calines, nuits d'amour !
  夜があけるまで 夢見ごこち
  中国の夜、甘い夜、愛の夜!

 わたしが個人的に、中国をおとずれると詩情をいだく理由は、じつは25年まえ(1985年、高校2年生のとき!)、わたしがはじめておとずれた外国が中国だったからです。
 フランス語(や、ロマンス諸語)の言語学を専門にするにいたったいまでも、中国はある種、若かりしころの私的体験にむすびついた、特異な眷恋の地であるといってもよいほどです。
 もちろん中国はこの25年でさまがわりしました。しかし、基底的な文化はかわっていないと思います。その感覚がなつかしいのです。はずかしげもなくいうと、≪セイシュン≫がよみがえってきたような感じです。
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