日 録

 きのう、ロマンス語学会事務局からはがきを受けとり、来年度のロマンス語学会大会は2018年5月12日から13日、京都大学でひらかれるむねのお知らせでした。
 わたしは今年度大会のときの総会に出たので、そのことを知っていましたが、次年度の大会の日程や会場を事務局から全会員に知らせるというのは、例年にない念の入れようです。
 その理由は、京都の宿泊事情がきびしいので、いまから予約に動いたほうがよいからです。
 わたしは大阪の実家に泊まるか、それとも、日曜の朝が早いから土曜の夜だけ京大付近に泊まるか、思案中ですが、そうこうしているうちに京都の宿は予約でいっぱいになってしまうかもしれません。
 もしそうなると、なんのために早めに知らせているのか、といわれそうです(笑)。
 京都に泊まるといっても、京大から遠ければバスもタクシーも渋滞するので、時間が読めなくなり、京大の近くに泊まらないと意味がないと思っております。
 初日に行くときも、バスやタクシーは使わず、京阪出町柳駅から歩くつもりです。

ロマンス語学会からのはがき

 * * * * *

四ッ谷

 そのロマンス語学会関連の案件ですが、きょうは日曜返上で、午後から上智大学で現在受給中の科研費の共同研究の打ちあわせに行ってきました。
 この共同研究では、フランス語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語・ブラジルポルトガル語・ルーマニア語の6言語パラレルコーパスをすでに構築し、かつ、データを検索・対照可能な形にしているので、今後はどんどん対照研究ができそうです。
 わたし自身も半過去形、大過去形、単純未来形、迂言的未来形などの対照研究を遂行するつもりです。
 とくに大過去形については、つぎの画像にみるように、回顧をのべるとき、フランス語は大過去形をとてもよく使うのに対し、イタリア語は少し、他では皆無という、ドラスティックな対比になっており、共同研究もおもしろいことになりそうです。

corpus

 [後刻追記] 大過去形部分だけを赤字にするつもりでしたが、イタリア語の [5]、[6] は遠過去形 passato remoto なので、赤字にするべきではありませんでした(きょうの打ちあわせで判明)。
 しかし、この点を修正すると、フランス語からはますます遠ざかるので、対照として言ったことは保持できます。
 ただただ、多忙にしているうちに季節はすすみ、梅雨にはいりました。
 先先週までは学会シーズンで週末も留守にしていることが多かったのですが、一昨日、昨日の週末はひさしぶりに自宅にいられましたので、庭で写真をとったりしました。
 ただ、ことしは5月ころから雨がすくなく、庭の花花も咲くのが遅めでした。
 玄関のわきにあり、そこからいくらか自然にひろがったムラサキカタバミ。

P6102734

P6102735

 乾燥をむしろ好むラヴェンダーだけは、雨がすくなくても、例年のようにあざやかに色づいています。

P6102742

P6102738

 2種類植えているのですが、細長い穂の種類が、野生に近いのか、繁殖力が強く、種が自然に飛んで、掃き出し窓のすぐ下の、自転車をおいているところにも咲いています。
 外から風がふいてくるときは、ここから屋内にまでラヴェンダーの香りがとどきます。

P6102737

 そういえば、『時をかける少女』は、ラヴェンダーの香りをかぐとタイムスリップするのでしたね(わたしの世代に固有の記憶)。
 栗の木は、去年あまりにも大きくなりすぎたので、幹と大きな枝だけ残して大胆に剪定したのですが、ふたたびさかんに茂っています。

P6102741

 * * * * *

 拙宅の庭の花や草木はみな素朴ですが、わたしと同世代のある閉じたコミュニティーで最近、「あじさい日記」と称して、あじさいの写真を紹介しあっていた(いいとしをして、みんな星菫派じゃのう(笑))ので、こちらにもその余滴を紹介します。
 しかし、あじさいこそ、雨が必要なので、ことしは関東では花が咲くのがおそいと思います。

P6082715

P6082716

 ところで、細菌が原因となり、あじさいが緑色になる病気が流行しているそうですね。
 http://blog.fujitv.co.jp/goody/E20160629002.html
 わたしが見かけたのも、花びらが一部緑色だった(広く撮っているほうの写真)の、少し気がかりです。単にまだ咲きはじめだからだと思いたいところです。

 がくあじさいは、あじさいの異端のように言われることがありますが、わたしはほかのあじさい以上に好きです。なので、以下はがくあじあしの写真。
 こんな種類もあるのか、と思うような、めずらしい形のものもありますね。

P6082713

P6092727

P6092720

P6082717

 * * * * *

 きょうはいつもどおり授業を3コマつとめたあと、ロマンス語学会以来3週間ぶりに、博士後期の院生の、コードネーム「えるたそ~」さんと会って、研究相談に応じました。
 そのあと、なぜか昭和時代的な酒肆が大好きな「えるたそ~」さんと、北千住の伝説的な(ピークの時間帯には店外にも行列ができる!) « 大はし » にゆき、ビールをのんできました。
 あさりの酒蒸しが絶品でした。
 こうして酒をのんだこと自体ひさしぶりで、たいへん満足しました。

P6122759

 * * * * *

 わたしも著者としてくわわった『フランス語学の最前線』第5巻(ひつじ書房)が刊行されました。
 このシリーズは、第5巻でいちおう完結ということになりました。わたしは第2巻、第3巻、第5巻に登場しました。えっ、わたしばかり出すぎ?

P6152777

 青木三郎編『フランス語学の最前線』第5巻(ひつじ書房) もくじ
 ・フランス語のsujetおよび対応する日本語の研究  渡邊淳也、ダニエル・ルボー
 ・「捉え方」の意味論—ダイクシスに関する日仏対照研究  守田貴弘
 ・何を「言う」のか—〈Nヲイウ〉と〈dire N〉の日仏語比較研究  須藤佳子
 ・名詞の複数表現をめぐる日仏語対照研究  バティスト・プヨ
 ・言語の形式的特性と感情表出とのインターフェースに関する研究—フランス語と日本語の指示詞の用法を中心に  稲葉梨恵
 ・フランス語と日本語における必然性の意味を伴う名詞修飾表現—-able型形容詞、à+不定詞、動詞+「べき」をめぐって 奥田智樹
 ・話し言葉における理由節の非節化の現象について—parce que, puisque、から、ので  秋廣尚恵
 ・「それどころか」とloin de làの比較研究  田代雅幸
 ・確信度の表現に関する日仏語対照研究  石野好一
 ・femme médecinの語順の不思議—複合語〈Femme+N〉の構造に関する日仏語対照  藤村逸子
 ・ヨクとbienと評価モダリティについて  フランス・ドルヌ、青木三郎
 きのうからきょうにかけて、日本ロマンス語学会第55回大会に参加し、発表するため千葉方面にとまりがけで出張してきた。

 東京駅で京葉線にのりかえる長さをきらって、東京メトロ東西線の快速で西船橋まで行ったのはよかったが、西船橋・南船橋・市川塩浜を頂点とする「船橋トライアングル」を見誤り、市川塩浜でのりかえることに。

IMG_20170520_120641

 なんとか海浜幕張に到着。そして学会にも間に合いそう。

IMG_20170520_122459

 学会会場の神田外語大学へは、海浜幕張から徒歩15分というたてまえだが、これはやはり、迷わずに行った場合で、しかも校門までの所要時間のようだ。
 校門にはいったあと、さらに10分くらいは歩く。広域埋め立て地なので、学内も学外も、平らでだだっぴろい。

P5202602

 会場に到着するのは、結局開会式がはじまる直前になってしまった。

P5202604

 下記プログラムをみればわかるように、わたしの出番は初日の最初なので、心配してくださっているかたがたがおられた。申し訳ない。
 http://sjsrom.ec-net.jp/sjsr55.html
 なんとか出番をつとめ、質疑応答、コメントの時間も有意義だった。
 早々に自分の出番がおわり、あとは気らくだ。

 今年はロマンス語学会創立50周年(ぐうぜん、わたしとおないどしだ)ということで、これを紀念して、Elisabetta Carpitelli 先生による言語地図に関する特別講演。
 各国の研究者が共同して、ALiR = Atlas Linguistique Roman と称する、ヨーロッパのロマンス語圏全体で、共通のフォーマットで連続的な言語地図が編まれており、さらに、ヨーロッパ全体での ALE = Atlas Linguarum Europae とも連携しているという。わたしにとっては新知見が多かった。

 特別講演のあとは総会。来年度の共通テーマを総会で多数決できめるのは、この学会の美しい伝統だ。

P5202605

 来年の統一テーマは「限定詞・関係詞」ということになった。
 わたしは昨年、今年といずれも統一テーマ(昨年は「時制」、今年は「語彙論」)で発表した。統一テーマのセッションは初日にひらかれるので、2年連続で早く「解放」されたことを笑いながら指摘するかたがおられたので、「さすがに来年はそれは無理です」とこたえた。

 学内の « バルコーネ » に場所をうつし、懇親会。
 ビール、ニホン酒、赤ワインをのみ、いい気分になる。

P5202607

P5202609

 20時30分ころ会場を辞し、共同研究の打ち合わせ。
 話しおわったあと、大学を出て、海浜幕張ではなく幕張まで行こうとするが、ながい水路に沿った暗い道がつづくばかりで、たいへんこころぼそい。

P5202611

 しかし、どうやら間違っていなかったようで、突如ポケットからとりだしたように(プルーストの比喩)、幕張に到着。

P5202612

 泊まったホテルは幕張から千葉方面に数駅行ったところだったが、さいわいたいへん快適で、よくねむれた。

 今朝もおなじ道のりをたどり、学会会場へ。
 きょうだけくるひとも多く、応接にいとまがない。
 きょうは自由テーマの発表だが、ふたつの分科会にわかれている。時制関係の発表が多い分科会に出て、いずれもたいへん参考になった。

 かえりみち、きょう発表した院生の慰労会と称し、新橋の « Antwerp Six » にゆき、ムール貝をたべながら、ベルギービールをのんできた。
 « Hoegaarden » の500mlのグラスははじめてみたが、数字以上に巨大にみえる。

P5212614

P5212618
 きのうは午後、2時間ほどたいへんな雷雨に見まわれたが、きょうは新緑がまぶしい晴れで、しかも暑いほどではなく、さわやかな気候だ。

P5022556

 きょうは半年に一度の恒例で、つくばの名店、« シェ・レノン » で昼食にクスクスをたべてきた。
 いつもながら、チュニスの名店 « Dar Es-Saraya » を思いおこすほどの絶品だった。
 きょうはここに連れて行ってくださった先生が、最近お店に協力なさったことがあり、そのお礼ということで、特別に子羊のあばら肉もつけてくださった。わたしもご相伴にあずかった。

P5022557

P5022559

P5022560

 はなしは前後するが、きのうのかえり道、« 西武百貨店 » 筑波店撤退後のようすをはじめてよく見てきた。
 « 西武 » のなかにあった書店 « LIBRO » だけは « CREO » の2階の回廊がわにうつって営業していたが、規模はかなりの縮小だ。

P5012551

 « 西武 » のななめ向かいにあった、« サロン・ド・テ・なかやま » も撤退してしまったようで、こちらもさみしい限りだ。
 名まえは « サロン・ド・テ » だったが、わたしはここで、1註文ごとに1本の小さなエスプレッソポットでつくられ、供されるイタリアンコーヒーが好きだった(もっとも、« なかやま » のべつの店は存続しているので、どうしても飲みたければそちらに行けばよいのだが)。

P5012554
 午後、大学院のオリエンテーションのしごとがあり、つくばに出勤。
 つくばでは、さくらはまだまだ見ごろだ(例年、東京よりいくらか遅い)。

P4102493

P4102491

 科研費研究成果公開促進費(学術図書)の結果が来た。残念ながら不採択だった。
 以前は不採択のときは剥離紙のはがきが送られてきたものだが、いまは封書だ。内封の通知の情報量はけっしてふえていないので、無駄にカネをつかっている気がする。
 予算がもらえなかった身からすると、ついつい、「肥大化する官僚組織にはふんだんにカネをつかわせ、わたしのような人文科学の研究者にはつかわせないようになっているのだな」などと、ひがみっぽいことを思ってしまう。

20170410

 しかし、同僚の和田くんが代表者になって申請した科研費(基盤研究(C))は、このきびしい時代にもかかわらず今春新規採択されたので、もって瞑ずるべきであろう。
 その情報もふくめて、TAME研究会の情報を更新した:
 http://www.lingua.tsukuba.ac.jp/lgfr/tame/
 さくらはうつくしい。ことしは寒かったせいか、さくらが咲くのがおそかった(東京の開花がいちばんはやかったのが「ほんとうか?」と思うくらい)ので、さくらの写真をほとんど撮っていなかったが、きょう、ようやく撮ってきた。
 ちいさな川の岸に、さくら並木がある(ほんとうは、もうすこし上流まで足をのばせば、「さくらのトンネル」とよばれる、両岸からさくらが張りだしているところがあるが、そこまで行くだけの元気がない)。撮った写真を貼りつけておく。

P4072473.jpg

P4072477.jpg

P4072481.jpg

 * * * * *

 きょうは筑波大学では入学式だった。入学なさったみなさん、おめでとうございます。
 前任校のような入学式への参列義務がないので、きょうはのんびりしていた。
 筑波大学でも以前は入学式の日の夕方に大学院オリエンテーションをしていたものだが、大学会館が改修工事のため、全体での式典を学外でするようになったことと、オリエンテーションの内容が増大した(研究倫理、情報倫理、ティーチングアシスタントをするための講習、などなど)ことから、ガイダンスのわたしの担当範囲は週明けからということになった。
 そのようなわけで、きょうは「嵐の前の静けさ」という感じだ。
 今年度だけ、役職につく先生の代講で、東京外国語大学で非常勤講師をつとめることになった。
 西武多摩川線(anciennement : 是政線)にのって多磨へ。ちょっとした遠足気分。

P4062462.jpg

 学会や研究会ではなんども来たことがあったが、関係者としてくるのははじめてだ。
 しかし、この大学ではきのうから平常授業がはじまっている。国立大学では例外的なほど早いのではなかろうか。
 これにはからくりがあって、春夏秋冬の4期制にして、夏、冬の学期は集中講義や海外研修に利用するとともに、春学期を七夕ころに、秋学期を1月なかばに終わらせるようにしている。そのかわりに、新年度の始業を早めているのだ。
 しかしそれでも、春学期、秋学期の平常授業が13週しかできないので、のこりの2週分を「アクティヴ・ラーニング」と称し、課題を出してみずから学ばせるようにしている。
 半期15週というルールは、文科省からの通達で、「試験週間を含めてはならないことは言うまでもない」などと念押しをされ、これをなんとしてでも守るため各大学が日程的に苦慮しているわけだが、これをかろやかに踏みこえている!(註: これは賞讃です)



 大学の構内ではさくらが8分咲きくらいで、みんなそれをとりかこむように写真をとっていた。



 わたしが担当するのはフランス語学の専攻選択科目で、学部の3、4年生が対象。
 昨年度、いまの3年生世代の必修科目を教えていた先生(わたしを外大に呼んでくださったかたとは別のかた)がわたしの知り合いで、「とてもいい雰囲気」とうかがっていたので、はじめからけっこう気らくに授業ができた。
 また、後刻のお申し越しで、熱心な大学院生のかたがたも履修してくださることになった。
 まだ履修は確定していないが、16人ほどになりそう。 まずまずのすべり出しではないか。

 * * * * *

 拙宅の庭で、まいとし白水仙よりおくれて咲く、八重咲きの黄水仙。
 頭がおおきく、花がたれ下がって土についてしまうのが残念なので、ことしも麻ひもで囲いを作ってやった。

P4062470.jpg

P4062472.jpg

 大学1年でフランス語を学びはじめたとき、白水仙 narcisse と黄水仙 jonquille が基本単語で違っていることにおどろいたものだ。
 わたしが大学に入学したのは1987年だったので、それからはもう30年経ったことになる。少年老いやすく、学成りがたし。
 きょうから新年度だが、とりあえず週末なので猶予期間(そういえば、まえの職場では、4月1日が土曜だろうが日曜だろうが始業(会議集中日)で、2日が土曜だろうが日曜だろうが入学式ときまっていたなあ(遠い目))
 アラビア語学の榮谷さんを中心とする「いつメン」で、« お茶の水ビアホール » にゆき、ひるざけをのむ。

IMG_20170401_145357

IMG_20170401_151414

 ビールとワインをほしいだけのんで、新年度にそなえて英気をやしなった(つもり)。

 榮谷さんは3月にエジプトにいっておられたので、おみやげをいただいた。
 スフィンクスの « ペプシ・コーラ »。

P4012455

 オリーヴのはいったチーズ。

P4022457
 きのうは上智大学に、現在共同で受給中の科研費(ロマンス諸語の時制・アスペクトの対照研究)のうちあわせに行ってきた。
 おなじ用件で、ふだんは週末にしか来ないのだが、学期中の週末より、春休み中の平日のほうが大学はにぎわっていた。
 
20170329

 12月、わたしの日程管理の不手際で、おなじ科研費のうちあわせに参加できなかったので、みなさまとお目にかかってお話しするのはひさしぶりだ。
 ロマンス諸語にはいずれも興味があり、今後共同ですすめてゆくデータベースのタグづけなどのうちあわせをしていると、雑事にまぎれて最近消磨ぎみだった研究意欲がもりかえしてきたような気がする。
 年度もまもなくあらたまることだし、またがんばろう、とめずらしく前むきなこころもちになっている。

 * * * * *

 拙宅の白水仙が見ごろだ。無心に咲く、素朴な花が好きだ。
 東京では、桜だけははやく咲いたそうだが、全般的には、ことしは春がややおそいように感じる。

P3302446

P3302448

 去年のいまごろ( http://palantien.blog137.fc2.com/blog-entry-354.html )、拙宅の庭ですでに咲いていた八重咲きの黄水仙は、ことしはまだつぼみだ。

P3290417
 ▲昨年3月29日

P3302450
 ▲今年3月30日(きょう)
 春休みにはいったこどもたちと、妻とともに、先週末を中心に、大阪の実家に行ってきた。
 こどもたちにおじいちゃん・おばあちゃん孝行をさせることが主目的なので、主目的は達したと思う。

P3272406

 26日は雨だったが、27日は晴れたので、こどもたちをつれて大阪万博記念公園に行ってきた。
 この場所にくるのは、1983年、高校1年のとき、おなじクラスの有志一同と遊びに来て以来、じつに34年ぶりだ。
 ごていねいに、当時、上の写真とまったくおなじ場所で、おなじ太陽の塔を背にしてとった記念写真ものこっている。
 それ以前にもたびたび来ていたので、記憶とふかくむずびついた場所だ。
 そんなところに、ながいときをへだてて、しかも自分のこどもたちとともにまた来ることになるとは、感無量だ。

 芝生の上を走りまわったり、(小学生の娘だけ)遊具であそぶところを見まもったり、家族4人でサイクルポートにのったりしたあと、« EXPO '70 パヴィリオン » と題された大阪万博全体を記念する資料館をみてきた。博覧会当時は « 鉄鋼館 » だったたてものだ。
 1970年の大阪万博には祖母につれていってもらったりしたらしいが、当時3歳だったわたしは万博そのものはまったく記憶がない。
 とはいえ、3年保育の幼稚園にかよった、その1年目の生活ははっきり記憶があるので、たいへん近い時期の世のなかの雰囲気はおぼえているのだろう、当時の写真や、当時使われた道具などの実物展示を、たいへんなつかしく感じた。

P3272421

 また、常設展のほか、« 建築の記憶 » と題された企画展もいまだけ開かれていて、こちらも見てきた。
 たんに高度成長時代だったというだけでなく、「科学技術がひらく明るい未来」が強く信憑されていた時代、という背景がはっきり感じられる。
 いまはどうだろう。過去になされた未来予測の多くは、否定的な面をすくなからずはらみながらも、実現してしまっているようだ(否定的ということのなかには、原発事故のような人災もふくまれる)。
 いまから未来を予測するならば、むしろディストピアっぽいことにしかならないのではないか。

P3272424

 いまはあとかたもなくなってしまったエキスポタワーにも、中学生のころにのぼったことがある。
 ここはエレヴェーターの「呼」ボタンを押すとかごの中でブザーがなって、オペレーターが呼ばれた階まで向かわせるという、1970年仕様だった...というつまらないことを記憶している。
 しかし、このエキスポタワーのカプセル状になった展望室が、当時構想された「未来の住居」のすがただったということは、今回展示をみてはじめて知った。

 大阪に帰るなら知らせるよう、おっしゃってくださったかたがたには申し訳ありませんが、今回はこどもたちの相手で手をとられることがわかっていたので、とくに連絡しませんでした。ご容赦のほど。
 晴れ。春らしいあたたかさになった。しかし風がつよい。
 えるたそ~さん帰国、ならびにブランシュ=ネージュさま修士取得を祝して、10日につづいて、北千住 « 幸楽 » を再訪し、総勢6人でビールを飲んできた。いつもながら、どじょうの唐揚げが絶品だ。

P3222382
 横浜の元町あたりにはめったに行かない。おそらく20年ぶりくらいに来た。なので、みなとみらい線にのるのもはじめてだ。

IMG_20170318_111424

 東横線、副都心線から西武線にまで直通で、いちばん遠くは飯能まで直通列車がある。

P3182358

 Yui さんとこの元町・中華街駅でまちあわせて、まず近くの « Brasserie Artisan » で昼食をとりながら相談ごとをする。
 そのあと、近隣の « フジムラコンテンポラリーアート » にゆき、いま開催中の Yui さんの銅版画の個展、『錆色の森』をみてきた。

Yui 銅版画新作展『錆色の森』

P3182363

 版画はいつもながら微細で、今回は制作の過程もわかるよう、原版も展示されていた。
 今回の展示は、はかなくもうつくしい蝶の生滅にことよせた新たな連作で、夢見ごこちになった。
 1年ぶりに帰国なさった大学院生のえるたそ~さんと再会をはたし、欣喜雀躍♪ るんたった~♪ るんたった~♪
 あ、「1月にもフランスで会ったから、たいした久闊ではなかろう」というツッコミは無用に願います(笑)。

 北千住でまちあわせ、学会発表にむけての準備など、研究上の相談をうける。
 えるたそ~さんはまだ帰国して数日しか経っていないにもかかわらず、すでに図書館で多くの歴史書(コーパスの候補)を借り出し、かつ調査対象の形式に多数の付箋をはりつけておられた。すばらしい。

 まず « イタリアントマト » でカップケーキをたべながら、コーヒーをのみながら話す。

IMG_20170310_124744

 ひととおり話したら、朝10時から酒肴を出しているという、北千住ならではの店、 « 幸楽 » にゆき、ビールをのみながら、どじょうの唐揚げをたべる。
 どじょうの唐揚げは絶品だ。えるたそ~さんはこれがとてもお好きのようで(中身はオッサンなのではないかという疑惑)、「ニホンにかえってきた気がする」とおっしゃっていた。

P3102324

 夕刻、腹ごなしと酔いざましをかねて、宿場町通りをあるき、荒川の土手まで散歩した。手まえから順に、JR線(複々線)、つくばエクスプレス、東武線(複々線)の鉄橋がならんでかかっている。

P3102326

 対岸には首都高速道路がはしっている。

P3102339

 河畔にたたずむわたくしめを、えるたそ~さんがうしろから撮ってくださった。左肩からかけたかばんが上着とつながって見えるので、よけいにふとって見える(ということにしておいてください)。

P3102333

 おみやげにいただいた、ランス Reims のお菓子。素朴でやさしい味だ。

P3102345
 出かけるとちゅう、千代田線車輌なのに新宿行きという、非常にめずらしい運用の電車にのりあわせた。ダイヤみだれで、千代田線と小田急線との相互乗り入れをとりやめた結果、小田急線内にとりのこされた千代田線車輌がしかたなく新宿にむかった恰好だ。

P3082320

 筑波大学の交流協定校でもあるパリ第13大学の Aude Grezka さんの講演会があったので、4日まえに来たばかりの早稲田大学を再訪した。

早大戸山キャンパス

 春休み中の平日のせいか、わずか10人ほどの聴衆しかあつまらなかったが、かえって親密に質疑応答できてよかった(すべての参会者がなんらかの発言をできるほどだった)。
 14時から16時すぎまでが講演会で、おわったあと近隣でコーヒをのみ、17時から場所をうつして懇親会。懇親会にはわずか5人しかこなかったので、わたしも Grezka さんと直接いろいろな話ができた。
 今回の企画の主催者だった K さん(あ、そういえばこのブログに登場するほかのかたがたのように、コードネームをつけられないものか)は、かねてより Grezka さんと個人的にも親しく、懇親会がおわったあと、さようならをいうときも、なみだを流して抱きあっておられ、学的交流と個人的な友情がふたつながら成りたっている、うつくしい例であるように思った。
 かくいうわたしも、K さんにはいくらか肩入れしているつもりなので、学的な活動の根柢には、なにほどか情的な次元が存在することはめずらしくないのではないかと思う。「理論」をつかさどる次元に、「感性」があるのではないかと、これは以前、わたしがジョルジュ・パラントの著作にことよせて肯定したことでもある:
 http://www.ne.jp/asahi/watanabe/junya/palante/antinomies.htm
 そうであるだけに、感性的次元から学的次元にいたるまで、堅固な信頼、協力関係をきずいておられる K さんと Grezka さんに敬意をいだかずにはいられない。
 だいたい、ニンゲンどうしで、いがみあっている場合もすくなくないのだから、「協力できる」ということだけでも、すばらしいことだと思う。
 ギリシアの劇作家メナンドロスのことばに、"Deus est mortali juvare mortalem" (ひとがひとを助けることは、神だ) というのがある。つまり、「神」は、「協力」という行為のなかにこそ存するのだ。近年のはやりことばでいう、「神対応」というものに接続したくなる。これをいうときだけは、ふざけているのではない。メナンドロスのことばも、「神対応」も、本質はおなじだと思う。
P3072318

P3072312

 所得税の確定申告書を提出するため、« ぽっぽ町田 » にゆく。
 すでに書いてきた申告書を単に提出するだけでも長蛇の行列で、これだけでも疲れる。

 6年まえ、おなじように確定申告書を提出に行った日に、東日本大震災が起きたことを思い出さずにはいられない。
 高い税金を払うのはおもしろくないことだが、東日本大震災の日、確定申告のために地元にいたおかげで、帰宅難民にならずに済んだものだ。

 * * * * *

 確定申告書を無事提出したあと、« ぽっぽ町田 » のとなりの « ぎょうてん屋 » にはじめてゆき、昼食に、« 二郎 » インスパイア系の「ぎ郎」をたべる。
 健康上の理由から、ラーメンはたまさかの楽しみにしている。
 野菜増しを所望。野菜といっても8割がたはもやしなので、たべるのは見かけほどたいへんではない。野菜はゆでただけなので、卓上の高菜といっしょにたべるとおいしい。

P3072313

 たいへんこしの強い太麺で、たべごたえがあり、おいしい。

P3072316

 池袋の « 大 » や、かつて渋谷にあった « 梵天 » など、« 二郎 » インスパイア系どうしがひとまとまりに類似しているような気がする。しかも、それらはいずれも、ほんものの « 二郎 » からははなれているように思う。そしてわたしは、そうした布置のなかで、インスパイア系のほうが積極的に好きだ。

 * * * * *

 ♪1年2年は夢のうち~
 ♪まさかとわらって待てば~(中島みゆき『トーキョー迷子』)

 というような心境で待ちつづけた、えるたそ~さんが、ご無事で1年ぶりに帰国なさった。19時ころ、ご本人からメールをいただいた。めでたしめでたし。
 学会誌編集委員会のため、早稲田へ。
 はじまるまえ、すこし時間があまっていたので、(早稲田にはたびたび来ているのだが、はじめて)穴八幡宮にはいり、境内をあるきまわった。
 無知をさらすようで、たいへんはずかしいのだが、ここは鳥居も門も櫓もあざやかな朱色にぬられているのに、なぜ本殿だけは朱色でないのだろう?

IMG_20170304_124517

IMG_20170304_124443

IMG_20170304_124427

IMG_20170304_124357

 委員会のひらかれた16階の会議室は、ちょうど穴八幡とむかいあわせの位置にある。

IMG_20170304_125142

 きょうの会議はとくにこれといった問題もなく終わったが、わたしは先週末の泊まり勤務以来、ずっと疲れがとれないでいて、最近の紋切り型表現でいうところの、「明日から本気出す」という状態がつづいている。
 « おぼえがき » にはすでに出しているが、イヴェントの告知を2件、貼りつけておく。

 * * * * *
Aude GREZKA 氏 講演会

パリ第13大学LDI(Lexiques, Dictionnaires, Informatique)研究所の Aude Grezka さんによる講演会が開催されますのでお知らせいたします。

Aude Grezka : Ingénieur de Recherche CNRS,
   Responsable de l’Équipe Lexiques de
   Laboratoire Lexiques, Dictionnaires, Informatique (LDI),
   Université Paris 13

発表タイトル: “Phraséologie et traduction : bases de données et applications”

発表内容:
 (i) la méthodologie scientifique et la théorie ;
 (ii) les problèmes rencontrés ;
 (iii) les outils que nous développons au laboratoire

発表要旨へのリンク:
http://www.sjlf.org/wp-content/uploads/2017/02/Grezka.pdf

使用言語:フランス語(通訳なし)

日時:2017年3月8日(水) 14:00~16:30

場所:早稲田大学文学学術院(戸山キャンパス)33号館16階第10会議室

主催:科学研究費助成金(若手B)「フランス語の知覚動詞に関する凝結表現の研究」
   (課題番号 16K16822)(代表 木島愛)
共催:日本フランス語学会 および
   筑波大学総合言語科学ラボラトリー

 * * * * *
Yui 銅版画新作展『錆色の森』

小柳優衣 銅版画新作展『錆色の森』

●会期
2017年3月3日(金)~26日(日)
※ 月・火 定休
12:00~18:00

●会場
フジムラコンテンポラリーアート
http://www.fujimura-art.com/
横浜市中区元町2-91-11 Iyeda Bldg 2F
TEL:045-641-3070
 ことしも前期入試の時期だ。
 今回は25日、26日にそれぞれことなる業務があり、24日から26日までつくばに泊まり込んだ。
 24日は世間では「プレミアムフライデー」だそうだが、わたしはフライデーはおろか、土曜も日曜も返上だ。えっ、「なまけものの節句ばたらき」?

P2262287

 2月24日(金)
 晴れ。午前中から出勤。
 必要にせまられ、図書館で、マイクロフィッシュで所蔵されている古い雑誌をみてきた。

P2242269

 きょうまで、microfiche がフランス語で microfilm が英語というちがいがあるだけで、それらはおなじものをさすと思い込んでいたが、実は別ものだった。マイクロフィルムは(むかしの映画のフィルムのように)オープンリールに巻かれたものをさし、マイクロフィッシュは縦横にならべて平らな1枚におさめたものだということを、はじめて知った。
 それにしても、機械の扱いがとてもむずかしい。こわしてしまわないかと、ひやひやした。司書のかたがたに懇切に助けていただき、どうにか使うことができた。

 午後は会議1件、面会3件。
 なかでも、この年度末に博士の学位を得られ、4月から他大学に就職なさる他研究科の院生のかたと話したのがたいへん楽しく、興味深かった。

P2242271

 平塚徹編『自由間接話法とは何か』を、著者のかたがたから献本でいただいた。
 すこしページを繰ってみたが、新たな観点からの論文ばかりで、とてもおもしろそうだ。ひまをぬすんで読みたい。

 17時をすぎても、きょうぢゅうには来るはずだった学類の卒業判定書類が来ない。担当のかたに電話をして、できあがるのは18時ころ(もう学内便は動かない時間)とうかがったので、18時ころにこちらから出向いて、その場で処理してきた。
 もとより、22日(一昨日)が教員からの成績入力期限なのに、きょうには卒業判定の書類を送り出そうというのが、至難の業ではなかろうか。
 また、ついでに別の教務的案件についても対処方法を確認して、研究室にもどって対応する。

 19時すぎ、「喫茶・軽食」というトリッキーな看板をかかげている « クラレット » で、どどーんと夕食。

P2242274

P2242275

 2月25日(土)

P2262283

P2252276

 9時から監督業務。
 このしごとだけは、いつまで経っても慣れない。だいたい、あの張りつめた空気がにが手だ。
 きまった時間に、きまったことしか言ってはいけないのも苦痛だ。せめて、顔だけでもほほ笑みをこころがけている。
 はじめの試験時間中、10時19分に地震がおき、ひやっとしたが、たいしたことはなくてよかった。これ以外は万事平穏だった。

P2252280

 ふだん長距離通勤しているせいか、ながい時間じっとしていること苦にならないほうだと思うが、それにしても1科目あたり120分の試験はながながしく感じる。

 最後の試験時間は18時15分に終わるが、そのあと、確認作業などのため、1時間以上は待機しなければならない。
 19時30分ころ解放された。
 待つ時間がながいだけで、たいしたことはしていないのだが、それでもどっと疲れた。

 2月26日(土)
 きのうより1時間おそくてよいので、ふだんはめったにたべない朝食をホテルでたべる。

P2262281

 10時から採点業務。しかし、フランス語は受験者がすくないので、短時間でおわる。
 おわったあと、出題・採点担当の先生がたとコーヒーをのみにゆく。

 かえりみち、明後日最終的に閉店してしまう西武百貨店筑波店に立ちよってみた。
 売りつくしセールをしていたが、ほしいものがなかった。そういえば、ここにかぎらず、ながいこと「百貨店」と名のつくところでは買い物をしていない。わたしはとりわけ無頓着なほうだとは思うが、わたしと似たような消費傾向のひとはめずらしくないだろう。道理で西武も撤退するわけだ。

P2262286

 資料の受け渡しなどのため、かねてよりの約束のとおり北千住でホルヘさんと会い、ビールを飲んできた。

P2262290
 くもりのち雨。きのう自宅の庭木を剪定したせいで、筋肉痛だ。のこぎりで太い枝を引くとき全身を使うので、太ももがいちばん痛い。

 9時すぎに家を出て、地下鉄東西線の竹橋へ。一ッ橋をわたり、そのむこうにみえる « 如水会館 » へ。
 ここは国立にうつるまえに一橋大学のあったところだ(といっても移転は戦後ではなく、関東大震災のあとの1927年と古い)。
 一ッ橋は川の上を高速道路がふさいでおり、まったく風情はないが、通りかかったときは白いカモがおよいでいた。

P2052238

P2052239

 「「老人はおしゃべり屋で言葉だけの哲学者だ。老人は自分の経験を弱々しく冗漫で不明瞭な説教口調で語るため、つい〈常套句〉だけになってしまう」(『ヘルダー旅日記』)
 これは、いま老人と呼ぶのに不足はない年齢に達したぼく自身が、老人学者に投げつけたいことばだ。モデルはいくらでもいる。ぼくは老人であることは、自分ではわからないが、これら身のまわりのモデルを通して、自分を鏡に映したかのように、そうだとわかる。それにもかかわらず、こんな自伝を書こうとするのはどういうわけだろう。それは、いまのように老け込んでしまった社会、若いままに老いてしまった人たちの目にうつるであろう、ぼくの自己弁明のためである」((『田中克彦自伝 あの時代、あの人びと』p.7)

 田中克彦先生の自伝出版記念講演会ならびに懇親会に出席。
 わたしは田中克彦先生の著作は80年代後半から90年代にかけて集中的に読み、絶大な影響をうけた。

P2052246

 自宅ですぐに見つかるかぎりの書物をならべてみた。
 とくに『国家語をこえて』はわたしのいちばん好きな1冊で、EU の統合がすすんで国家レヴェルの言語が相対化されてきている現在、ますます光彩を放つ著作だろう。

 [後日追記] だいじな本がまだあることを忘れていた。下の写真のものも手もとににあった。この『モンゴル:民族と自由』のなかにある、「モンゴル文字のよみがえり」もおもしろい。

P2232261

 追記おわり。

img165

P2052243

 11時にはじまった講演第1部は、自伝(一部、伝記や日記)そのものを主題化し、戦前の軍神廣瀬中佐にはじまり、戦後からお読みになったというマリー・キュリー、ソーニャ(ソフィヤ)・コヴァレフスカヤ、マリー・バシキルツェワの日記、アウグスティヌス、大杉栄、荒畑寒村、片山潜、クロポトキン、ルソー、ゲーテ、シュヴァイツェルらの自伝、伝記についての話で、わたしにとっては新情報が多かった。
 たとえば、「フランコフォニー」(francophonie) の名づけの親として知られるルクリュが、アナーキズム、そして地理学というふたつの共通項を介して、クロポトキンとまじわりがあったことなど。
 また、Kindlers Leteratur Lexicon が、狭義の文学のみならず、ふだんは話題にもならないモンゴルの文献にひろく言及していたことを例とし、関連することはひろく研究する姿勢を範とするお考えをのべておられたが、この考えかたは、ともすると拡散的にすぎるといわれそうな研究をしているわたしにとっては、勇気づけられるようなものだった。
 講演第1部がおわったあと、田中克彦先生の息子さんにあたる田中ひかるさんが登壇され、1871年のコミューヌ・ド・パリ(フランス語ではたんに La Commune という)のさなかに作詞作曲された L'internationale の解題。ひかるさんは作詞者・作曲者のフランス語の名まえを読みあげるとき、壇上から「フランス語のよみかたはこれでよいでしょうか、わたなべじゅんやさん?」とわたしに確認してくださった。
 ひかるさんとは2005年にわたしがジョルジュ・パラントの訳書を出したころから交流があり、最近では大杉栄全集のフランス語関係の解題に協力したご縁で、同全集月報にも書かせていただいた。しかし、父上がどなたかはきょうまで知らなかった(じつは、わたしにとってはこのことがきょうはいちばん衝撃的だった)。
 L'internationale を会場で大合唱。ニホン語でも、フランス語でも、ドイツ語でも、ロシア語でも、すきな言語でうたってよいということで、田中ひかるさんに招かれて前にでていっしょに歌ってしまった。
 その後、田中克彦先生が親しんでおられ、L'internationale の伴奏もしてくださった新宿のうたごえ喫茶、« ともしび » のかたがたを中心として4曲ほどの演奏をきき、一部はいっしょに歌う。
 講演第2部は今回の出版に関する話で、複数の他社に原稿をもちこんでもうまくいかなかったが、平凡社で出版できたことがよろこばしい、続篇もあるかも、とのことだった。くわしい裏事情も話しておられたが、会社名、個人名など固有名詞が多く、ここには書けない。
 13時から懇親会。乾杯の発声はスペイン語学の原誠先生。
 もとゼミナリストのかたがたによって構成される主催者がわに、わたしをおさそいくださったおふたりのほか、非常勤先でごいっしょしている先生もおられたことにおどろいた。また、学会などで交流のあるかたがたとも話すことができた。
 田中ひかるさんと話し、『チョムスキー』のあとがきに、「チョムスキーの年譜がはなばなしいできごとにかざられておらず、簡素であることに、むしろ私は好感をいだく」(同時代ライブラリー版 p.219)と書いておられる田中克彦先生が自伝を出すのはちょっと矛盾しているのではないですか、と冗談を申し上げたところ、「そんな指摘をしても、『人間は矛盾に満ちたものだ』といわれて終わりですね」と笑っておられた。
 ユーリッヒ・リンス氏、木村護郎クリストフ氏をはじめ、名の知られたエスペランティストのかたも多く来ておられた。
 最後のあいさつで、田中克彦先生が、「この会場は(一橋大学関係の施設なので)石原慎太郎が都知事になったときに祝賀会が開催された『いやらしい』場所です。このような催しをひらくことができ、お清めになったと思います」と発言され、拍手喝采のうちに15時30分ころ終了。

P2032234
 大学院のわたしの担当授業で、14時から17時30分まで白熱した議論をかわした。
 おわったあと、院生のみなさんと大学近隣の « 灯禾軒 » にくりだし、熱燗のニホン酒で乾杯。

P1242198

 偶然、となりの席に、他専攻所属の知りあいの院生、「ざしき~」くんが来られ、ときならぬ交流をたのしんだ。
2017年1月、フランス出張日誌
 ブザンソンにあるフランシュ=コンテ大学での博士論文審査員(じつは予備審査報告 pré-rapport を書く担当でもあった)をひきうけ、公開審査がひらかれる1月17日を中心として、1週間ほどフランスに出張してまいりましたので、以下に時系列にそって報告をお目にかけます。

 2017年1月14日(土)
 成田に前泊のため、16時ころ自宅を出発。息子は合唱の練習で留守 (だが、息子を送り出すときにたがいに声をかけあった)。娘は妻と昼寝をしていたが、出るときはかならず起こしてね、といわれていたので、声をかけてから出る。1週間、こどもたちと会えないかと思うとさみしい。外はとても寒い。
 18時ころ成田につき、京成成田駅ちかくのホテル(といっても、奇矯な女性社長が目立っているホテルではない)にチェックイン。ホテル近隣の « イオン » で飲みものなどの買い物をし、« かつや » でとんかつの夕食。

P1142067

 寝るまえにみたニュースで、わたしの聖地、新潟県十日町市が豪雪にみまわれているところがうつる。

P1152069

 2017年1月15日(日)
 今回のホテルは送迎つきなので、8時30分にホテルをでて、9時まえには空港(第1ターミナル)につく。AF275便は11時45分から35分に、10分出発を早めたとのこと。

P1152073

 あずけ荷物を入れ、両替をして、安全検査まえに飲みほしておくべき飲みものを飲みきったら、9時30分くらいに出国。保安検査、出国カウンターともすいていて、9時40分ころには搭乗口まで達してしまう。ひどく時間があまった。なるべくひとけのないベンチにすわり、公開審査の予習。観光庁の職員が、出国しようとしている観光客とおぼしいひとに詳細にアンケートをしている。ニホンはすでにじゅうぶんすぎるほど(ある意味で消費者を甘やかしてだめにするほど)歓待的な国なので、これ以上「おもてなし」に磨きをかけなくてもいいかな、と個人的には思う。
 AF275便は早めた出発時間に達しても機内に案内されることはなく、けっきょく11時40分ころ搭乗。ほぼ定刻に出発した。効率的に乗り込ませるために出発時間に関してさばをよんだのではないかとうたがいたくなる。機内は文字どおりの満席。これだけ混んでいたら、直行便のメリットをうち消すとさえ思う。
 きのう、オンラインチェックインしたのだが、にが手な窓がわしか空席がなかった。もちろん通路がわに変更することもできない。しかし窓から、利根川や霞ヶ浦、さらには筑波山神社の赤い鳥居がみえたりして、それなりに楽しい。下の写真では、うつっている霞ヶ浦の左端が土浦。

P1152080

 新潟の雪景も見えたが、すぐニホン海に出てしまい、写真をとりそこねた。
 窓がわ座席だから、トイレにいくために迷惑になってはいけないと思い、なるべく飲みものをひかえたが、結局、12時間の飛行で2度トイレにいった。わたしとしてはうんと少ないほう。
 ただし食事には赤ワインをつけ、洋なしの食後酒ももらった。

P1152085

P1152086

 16時に着陸、16時20分に駐機場へ。パリはみぞれまじりの雨がふっている。

P1162088

 飛行機をおりたら、あずけ荷物もうけとらずに Roissyval という空港内新交通システムにのらないといけない、直観に反する構造だ。入国審査が非常におそく(ずらりとならんでいる窓口のなかで、EUのパスポートと、ほかのパスポート、それぞれ1つずつしかあいていないので、まるで行列をさばけない。半年前に経験したポーランドでのEUへの入境のほうがずっとよかった)、17時15分ころまでかかる。17時20分にあずけ荷物のうけとり場所へ。わたしのスーツケースはすでにテーブルをまわっていた。

P1162093

P1162094

 RERの駅に移動し、17時45分第2ターミナル発。ダンフェール=ロシュローDenfert-Rochereau でメトロにのりかえ、18時45分ころオルレアン門 Porte d'Orleans へ。19時ころホテルへ。
 ホテルちかくのスーパーが、自社サイトで日曜も21時まで営業していると書いていたので安心していたが、じっさいに行ってみると13時まで(12時45最終入店)だった。あとで Google をみると、正確な情報があった。しかし、自社ホームページ以上に Google のほうがただしいって、どうなのよ。
 しかたなく、ホテル内で軽食と飲みものを買って飲み食いし、シャワーをあびて、ひさしぶりにインターネットに接続し、たまっていたメールに返信して就寝。

 2017年1月16日(月)
 時差ぼけで5時ころに目ざめる。これでも寝たほうだ。テレヴィのニュース局(BFM)をつけると、昨夜左派の大統領選予備選の討論会のとき、オランド大統領が劇場に劇を見にいっていたことが、候補者に対する挑発(provocation)ではないかという憶測が出ていた。かりにそうだとしても、自分の任期がおわったら自分のしごともおわりなのだから、知ったことではないという態度はべつにわるくはない、むしろある意味で健全だと思う。それに、放っておいてくれたほうがあとのひとはやりやすいのではないか。しかしオランドは観劇について釈明し、« Le théâtre, ça détend » (演劇というのは、リラックスさせてくれる)といっていた。ここで、総称文と ça の用法に興味をもつのが言語学徒としてありがちだろう。もうひとつ、言語学徒が興味をもちうるポイントとしては、予備選を primaire とよぶのは、アメリカの大統領選挙の予備選を primary とよぶことに影響された外来語法だと規範主義者が批判していることだろう。

P1162095

 それから、おなじテレヴィのニュース局の天気予報で、température ressentie という用語が出てきた(以前は天気予報ではこの用語は出てこなかった)。風を勘案して、実際の気温より低く出る「体感気温」といったところ。いまから数日は、体感気温はいうにおよばず、実測にしてもほとんどずっと氷点下のようだが、「頭寒足熱」といった感じで、中途半端に寒いよりも、わたしにとってはここちよい。
 昨日以来とどいていたメールに返信したあと、明日の公開審査の準備。9時、近所のスーパーの開店にあわせて買い物にゆき、朝・昼食をかねた食事をホテルでとる。11時ころ、ようやくひととおりできあがる。正午チェックアウトという寛大なホテルなので助かった。大荷物をあずかっておいてもらい、11時45分ころ出て、駅でカルネを買って地下鉄でカルティエ・ラタン Quartier Latin にむかう。

P1162100

 鉄っちゃん的に遠回りして、とちゅう、La Motte-Picquet という、たいへんなつかしいところ(留学時代、Champs de Mars の近くに住んでいたので)にたちよった。
 ソルボンヌ広場 Place de la Sorbonne の入り口の角に、かつてはフランス大学出版局 Presses universitaires de France の書店があったものだが、いまでは Nike の店になっていた。商業化に浸蝕される左岸。

P1162104

 « Gibert Jeune » の言語学書専門の支店で、来年度の専門の授業で講読教材にできそうな本をえらぶ。

P1162103

 これまたなつかしい « Royal Luxembourg »(留学時代、よくここで院生どうしで集まっていたものだ。ちなみに、1968年5月革命のときには、このカフェのまんまえにバリケードがきずかれたことでも有名だ)で生ビールをのむ。留学時代よりずっと洗練されており、わかいひとが経営していた。

P1162105

P1162107

 15時30分ころ再出発してホテルにとってかえし、大荷物を受け取ってリヨン駅 Gare de Lyon に向かう。Porte d'Orléans からリヨン駅に行くとき、巨大すぎて不便なシャトレー Châtelet でののりかえをさける方法はないかとしばらく考えたが、1回ののりかえを2~3回にふやさないかぎり、明らかに、ない。しかし、4号線から14号線へののりかえがたいへん近く、しかも4号線はシャトレーを出るとリヨン駅までとまらないので速い。
 リヨン駅は改装されて、とてもきれいになっていた。各所にあたらしく優雅な名まえがつけられていた。たとえば、1990年代にはただ屋台にちかいカウンターがずらりとならんでいるだけだったながい廊下は、いまでは Galerie des Fresques になっていた。しかもカウンターはすべてとりのぞかれて、壁になっていた。

P1172111

P1172115

 わたしののるTGVの発車番線がなかなか表示されない。あとから出るリヨンゆきのTGVに順番をぬかされる始末。そうこうするうちに、10分遅れるという放送がきこえる。TGVはブザンソンゆきではなく、ドイツのフライブルク・イム・ブライスガウ Freiburg im Breisgau ゆきの国際列車。2階だてのTGV。

P1172116

P1172117

 切符の指定席標示に fenêtre haute (高い窓) と書かれていて、天窓みたいなものか、と思っていたら、2階席のことだった。となりにドイツ人のおじさんがすわって、みょうに礼儀ただしいひとで、しかも Michel Onfray の最新著書を読んでおられたので、「同志!」と思った(とてもしずかな車内だったので、そこまでは話していない)。
 ブザンソンにTGVの新駅(Besançon Franche-Comté駅)ができたことから、てっきり全区間が新線かと思いきや、ディジョン Dijon 近辺では在来線をはしるので、あまり速くない。ディジョン駅は Dijon Ville といい、中心街近くにある。こうなると、ブザンソンのように新駅をつくった都市だけが、不便をしのんで損をしているような気もする。というのも、Besançon Franche-Comté 駅から旧来の Besançon Viotte 駅へは新設連絡線(未電化単線)にのりかえなければならないのだ。ディジョンからブザンソンのあいだも、ひとたび新線にのりいれれば時速320キロを出すので、速いことは速いが、便利かというと疑問だ。

P1172119

 雪のせいか15分くらいおくれたが、Besançon Franche-Comté 駅での接続に余裕があったので吸収でき、定刻20時に Viotte に到着。フランシュ=コンテ大学のルボー先生が迎えにきてくださり、ホテルまで送っていただく。

P1172120

P1172121

 « Best Western Citadelle » というはずかしい名まえだが、2009年にきたときにもとまったことのある、旧名称 « Granvelle » という瀟洒なホテルだ。シャワーをあびて、ほとんどすぐ就寝。

 2017年1月17日(火)Jour J
 朝食込みのホテルだったので、ふだんはめったに食べない朝食をホテルでとる。時差ぼけもあって朝5時に起きるから、食べてもよいだろう。

P1172125

 朝9時半に出て、Rue Claude Goudimel にある大学施設にむかう。フランシュコンテ大学国際部のかたととお目にかかるはずだったが、そこにはいないという。べつのところ(Rue de l'Orme de Chamars)にある建物にまわされ、15分おくれでようやく合流し、話しあいに同席する。

P1172126

 正午から、審査員どうしでの直前打ち合わせをかねて、レストラン « 1802 » で昼食をとる。牛のほほ肉のブルゴーニュ風煮物がおいしかった。フランス式で、しごとのまえなのにワインものむ。アルボワのピノ・ノワール。

P1172128

 14時からいよいよ本番。博士論文の公開審査会に審査員のひとりとして参加。話す順番が2番めなので、フランスでは慣習的にいって批判役か?と思ったが、話しはじめるときにルボー先生に確認すると、かならずしもそうではないというおこたえで、安心して話す。とはいえ、たいへん緊張した。ぎこちないコメントや質問になってしまったが、なんとか、かろうじて自分のつとめを果たした(つもり)。

P1182135

 ニホンの博士論文審査といちばんちがうところは、学位授与にかんして審査員が全権をあたえられていて、大学は審査結果を事後的に追認するだけなので、その場でなにがしかの時間の審査の結果、「言語学博士の学位を授与します」という遂行文を審査員代表が宣すれば、その場で、その瞬間から候補者は博士になるということだ。ニホンでは、学内での審議承認事項として諸会議にかけないといけないだけでなく、課程博士なら学年末まで必要単位がそろうかわからないこともありうる(もっとも、博士ともなると必要単位は何年もまえにそろっていることが多いが)。
 フランスとニホンのもうひとつ大きな違いは、フランスではごく最近まで、審査結果は合否だけでなく、mention(評語)がついていたということだ。低い順に、« honorable » (名誉な), « très honorable » (たいへん名誉な), « très honorable avec les félicitations du jury » (審査員の祝福つきで、たいへん名誉な), « très honorable avec les félicitations du jury à l'unanimité » (審査員総員一致の祝福つきで、たいへん名誉な) の4つがあった。最低評価でも「名誉」になるのは、もちろん、博士号を得ること自体が名誉だからだろう。この用語は、近代初期の市民社会のにおいがする。これに対し、昨秋から変わったこととして、それらの評語は全廃され、かわりに、« Oui » (合格), « Non » (不合格), « Oui, après corrections » (修正ののち合格) の3つしかなくなった(わたしはこのことをきょうはじめて知った)。現職のオランド大統領が数十年ぶりにおこなった改革だ。
 きょうの審査結果は合格で、れいの遂行文が発せられ、めでたく終わった。フランス語で pot という、その場でのお祝い。Tariquet という、ガスコーニュ Gascogne の白ワインがとてもおいしかった。
 さらに、夕食をかねてレストランでもお祝いをしよう、ということになっていたが、きょうは不思議なことに、ドゥー川 Doubs が輪状にとりまく中心街のレストランはのきなみ休みなので、しかたなく、輪から出たところにあるカジノのなかにはいっているレストランにくりだした。カジノに行くこと自体はじめてだが(べつに自分が品行方正だと主張したいわけではない。かけごとを避ける程度には打算的な人間だというだけだ)、レストラン自体は洗練されていて、非常によかった。ローヌの赤ワインをのむ。

P1182140

 筑波大学からブザンソンに留学中の学生・院生のうち、わたしが直接知っている3人(そのうち、ひとりは昨年の春からことしの春まで、ふたりは昨年の夏からことしの夏まで留学)はそろってごいっしょくださり、お元気なようすに接することができた。とりわけ、12月におきた筑波大学からフランシュ=コンテ大学に留学していた女子学生が行方不明になった事件で、衝撃をうけていることにはちがいないが、それでも気丈に、留学自体は予定どおり最後までがんばりたいという意志をもっているようだ。3人それぞれと、今後の学修・研究などの相談を明日午後にすることになった。24時ころに帰還。わすれられない、感動的な日になった。
 フランシュ=コンテ地方の天気予報。

P1182138

 フランス全国の天気予報。

P1182142

 2017年1月18日(水)
 酔いざめと時差ぼけが同時にきてしまったようで、4時に目ざめてしまう。7時から朝食。10時から昨日朝とおなじ国際部にゆき、今後フランシュ=コンテ大学より応募予定のプロジェクトの書類作成にかかわる具体的な相談。12時30分ころまで熱心に話す。
 « Le Petit Polonais » にゆき昼食。牛のあばら肉。素朴ながらおいしい。ねだんも安い。

P1182145

 午後は留学中の学生とホテルのロビーで会い、今後の学修について相談をうける。
 さらに、夕方17時から留学中の大学院生と会い、今後の研究について相談をうける。まず « Brasserie Granville » でコーヒーをのみながら、学会発表の予定、博士論文の構想について話す。18時30分ころ出てまちなかをあるきまわる。ちいさな町のこととて、さきほど会った学生とすれちがう。相談のつづきという口実のもと、夕食もごいっしょしていただく (ニホンではともかく、フランスではひとりではレストランにはいりづらい)。≪ Les Tables d'Antan ≫ で鮭とシャンピニョンがおおくはいったグラタン、Gratin du pêcheur をたべる。とてもおいしい。また、アルボワ Arbois の赤ワインを1本、ふたりで空けた。ここちよい酔いで、終わりよければすべてよし、という気になる。ブザンソン最後の夜にふさわしい夕食になった。

P1192149

P1192152

 2017年1月19日(木)
 やはり時差ぼけで、5時起床。こうなったら時差ぼけをなおさないほうが、帰国後安心かもしれない(笑)。
 来年度大学院科目のシラバスうちこみのしめきりが経過して、一刻も早く入力せよというメールがきていたので、あわてて入力する。
 7時50分、エールフランスのウェブサイトで、明日の飛行機のオンラインチェックインをする。往路とちがって、きっかり出発の30時間前、オンラインチェックインがはじまる瞬間を期していたので、ばっちり通路がわ座席を確保できた。
 8時30分ころから朝食をとる。ここも正午チェックアウトという寛大なホテルなので、チェックアウトはしないで、9時30分から開店する « Galerie Lafayette » にゆき、こどもたちへのおみやげをさがすが、目ぼしいものはなかった。パリについてからにしよう。

P1192153

 11時ころチェックアウト。シャルル・ノディエが住んでいた家のまえをとおって、ゆるやかに、シャマール Chamars の電停まであるき、2年ほどまえにできた路面電車にのってヴィオット駅へ(前回2009年にきたときは、まだ工事さえはじまっていなかった)。

P1192161

P1192158

P1192162

P1192163

P1192169

 待合室で、一昨日博士を取得なさった K さんといっしょになる。それぞれに予約したものの、たまたま、パリまで同じ便で行くことになっていた。しかしTGVの車輌はちがうので、いったんブザンソン・フランシュ=コンテ駅でわかれる。また2階席。12時48分発。フランスらしいひろい野原をかけぬけ、15時パリ・リヨン駅着。

P1192179

 K さんと再合流し、駅からほどちかいブラッスリーにゆき、白ビールの生をのむ。

P1202180

 16時ころリヨン駅を辞し、先週日曜とおなじ Porte d'Orléans のホテルへ。フロントのひとが、「ニホンに行ったことがある」と言っておられ、すこしばかり気にいられたのか、いつもよりひとまわり広い、快適な部屋をあてがわれた。
 18時ころホテルを出て、ガリエニ Galliéni へ。ガリエニは、パリ市のとなりのバニョレ市 Bagnolet にあり、大規模店舗が規制されているパリからほんの1歩出たばかりのところに、巨大なショッピングセンターがある。パリのなかをへたにあちらこちら回るより、ここだけでいろいろなものがそろう。とはいえ、今回はあまり気にいったものがなく、チーズ、お菓子などのおみやげを買う。ハイパーマーケット « Auchan » で、売り場の分類が天井から看板で吊り下がっているのだが、ヌガー nougat の上位語(分類用語)である confiserie をど忘れしてしまって、広大な売り場で苦労した。一方、にんじんしりしり carottes râpées、レバノン風ひきわり小麦 taboulé など、ホテルで夕食がわりにたべるものと、Ottweiler Pils というドイツのビールを買ってくる。Ottweiler Pils は1本1ユーロ未満と激安なのに、かおりがとてもよく、おいしい。さすがドイツ、さすがカールスベルク Karlsberg だ(デンマークのカールスベルクとはちがう)。20時30分ころホテルに帰着。シャワーをあびてから夕食。

 2017年1月20日(金)
 あいかわらず時差ぼけで、5時起床。パソコンをいじったり、左派の大統領予備選のニュースをみたりして、時間をすごす。昨夜の残りもののにんじんしりしりを朝食がわりにたべて、荷づくりをして、10時すぎにホテルをでる。うまいぐあいに、ダンフェール=ロシュローからのったRERが、北駅を出たら空港まで停まらない最速の便だったので、10時50分ころには空港駅着。搭乗券、あずけ荷物のタグの印刷を端末で自分でするようになっていて、それをすませたら、あずけ荷物の計量、あずけ入れも自分でするようになっていた。なれるまではめんどうだが、結局はこのほうが速い。すべてすませると11時35分くらい。出国はロワシーの空港にしては比較的すいていて、11時45分ころ出国、Roissyval にのってから、保安検査をうけ、正午ころ、搭乗口につながり、免税店のならぶ、通称「物欲ゾーン」に到達。すこしだけ、おみやげを買い足す。

P1202191

 ロワシーでは、成田とちがって、かなり早くから搭乗することになっている(あれはどうしてだろう?)。13時50分発予定だが、13時10分ころには搭乗。給油などに手間どったようで、すこしおくれて14時10分ころにうごきだし、14時30分に離陸。
 高畑充希主演「植物図鑑」をみる。半年まえの出張では、土屋太鳳主演の「オレンジ」をみて泣いてしまい、はずかしかったので、もう飛行機のなかで映画はみるまいと思っていたが、「植物図鑑」は少しは内容を知っていて、これなら安心だろうと思って見た。それでも泣いてしまった。どれだけ涙もろいのか。としをとったということか。
 機中泊。とはいえ、となりに子どもづれがいて、ゲームに興じていたので、ほとんどねむれなかった。

 2017年1月21日(土)
 8時半ころに朝食が供される。9時55分成田に着陸。10時10分降機、ただちに入国。10時30分にあずけ荷物をうけとり、税関を通過。47分には京成特急で空港発。30分くらいで空港を脱出できる迅速さがニホン的。しかし、とちゅう、のりかえついでに昼食を食べたことと、あまりにも眠気で地元の電車を乗り過ごしてしまい、帰宅は14時ころ。8歳の娘が抱きついて歓迎してくれた。息子は中学校の合唱団から音楽之友社にCD収録に行っていたが、もどってきたらやはり歓迎してくれた。
 としあけ初めての平常授業。といってもきょうは、大学院をふくむ、まったり系の授業ばかり。
 大学院の授業がおわったあと、北千住に移動し、沖縄料理店 « うるま島2 (ターチ) » で新年会。
 12月に修士論文を提出なさった、コードネーム「ブランシュ・ネージュ」さまへの慰労会を兼ねて、総勢7人が集まり、オリオンビールで乾杯。たいへん楽しく、ひさしぶりにはじけてしまった(笑)。

20170110

 ブランシュ・ネージュさまはアイドル状態で、みんな最前列でヲタ芸をおどっているファンのようになり、楽しい酒宴になった。
 あけましておめでとうございます。
 ことしもどうぞよろしくお願いいたします。

 まずは、昨年の正月にたて、公表した( http://palantien.blog137.fc2.com/blog-entry-342.html )目標がどの程度達成されたかをふりかえってみます。

 (1)冬休み前に初校を返し、としあけ始業後に再校がくる予定の科研費論集を、1月中に刊行する。⇒達成!
 (2)11月末にしめきられ、現在査読中、3月から編集されて6月刊行予定のフランス語学会研究促進プログラム『パロールの言語学』論集の刊行を編者としてめざすとともに、そこに投稿したわたし自身の論文も公刊できるようつとめる。⇒達成!
 (3)ロマンス語学会で、科研費でごいっしょしているかたがたとともに、統一テーマでの発表や論文執筆をめざす。⇒達成!
 (4)応募済みで、1月末に要旨査読結果が判明する予定の、時制専門のシリーズ Cahiers Chronos 主催の学会(6月にフランスのカーン Caen で開催予定)で、もし採択されれば発表する。⇒達成!
 (5)2年越しの目標である、認知モードとアフォーダンスに関する論文を執筆し、公刊をめざす。⇒未達成。この問題は非常にむずかしい。2017年5月のロマンス語学会大会に応募し、強制的に研究を進展させるつもり。
 (6)11月に大学書林にあずけた原稿がもしみとめられれば、著書刊行をめざす。⇒未達成。大学書林にまる1年原稿を放置され、「編集の開始をお願いしているのではなく、見通しだけ知らせてほしい」と再三要請しても明確な返答が得られなかったので、こちらから同社での出版を願い下げとするむねを伝え、11月、科研費研究成果公開促進費に応募した。結果は2017年4月に判明予定。

 というわけで、6件中4件達成、達成率66.7%といったところです。
 これにこりずに、以下に2017年の目標をたて、公表します。

 (1)前年未達成の(5)をうけ、2017年5月のロマンス語学会大会で認知モード関連の発表をし、3年越しの課題を論文化する。
 (2)前年未達成の(6)をうけ、単著新刊書を2017年9月までに刊行する。
 (3)(2)とはべつの単著新刊書(ジェロンディフ、現在分詞関連)を2017年3月までに刊行する。
 (4)(2)、(3)とはべつの単著新刊書(白水社、中級文法新3部作のうちの1作)を2017年秋(詳細しめきり未定)までに脱稿する。
 (5)現在初稿進行中の共著書に書いたダニエル・ルボー先生との共著論文を2017年5月に刊行する。
 (6)2016年12月に原稿を提出したくろしお出版の論文集の単著論文を2017年10月に刊行する。
 (7)2017年度が最終年度のわたしが代表者の科研費の論文集を2017年12月に刊行する。

 もののみごとに刊行課題ばかりで、しかも、わたしひとりがいくらがんばってもどうにもならない案件もありますが、研究者たるもの、論文や著書を江湖に問うてなんぼのものだと思いますので、これらの目標をかかげて奮闘いたしたいと思います。

[後刻追記] ちょっと途中をはぶきすぎでした。ことしの目標の(2)は、もちろん、科研費の研究成果公開促進費が採択されることが前提なので、その前提がくずれると、この案件は再出発を強いられます。
 年末の家族旅行で、新潟県に行ってきた。
 目的地は上越市大潟区(上越市は市町村合併で成立した市なので、政令指定都市ではないにもかかわらず「区」がある。cf. http://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/jichi-chiiki/jitiku-sikumi.html )の鵜の浜温泉というところだ。
 はじめて行く « 鵜の浜ニューホテル » にとまった。15畳くらいある、ひろびろとした客室をあてがわれた。

PC291958

PC291960

 往路は夕刻(しかも、みぞれが降るなか)、暗くなってから着いたので写真はなし。
 まずは温泉にはいる。ナトリウム-塩化物強塩泉(旧泉質名称では強食塩泉)で、さっぱりとしたつかりごこちだが、身体が浮き上がるようなので、塩分が濃いのだろう。

PC291956

 夕食(の一部)。

PC291961

 朝食(の一部。ビュッフェ形式)。

PC301971

 帰途はよく晴れ、朝から動いたので、あれこれ写真をとった。
 温泉のもより駅は潟町駅。このあたりは小川未明の『赤いろうそくと人魚』のもとになった人魚伝説で知られるところなので、近年たてかえられた潟町駅の駅舎も「人魚の家」のコンセプトによってデザインされている。

PC301980

PC301977

PC301983

PC301985

 潟町への往復は、上越新幹線越後湯沢から北越急行(ほくほく線)か、長岡から信越線か、あるいは北陸新幹線上越妙高からえちごトキめき鉄道(はねうまライン)か、と3とおりの経路があるが、まだほくほく線に乗ったことがないので、第1のルートにした。
 ほくほく線には以前特急「はくたか」が走っていたが、北陸新幹線開通とともにすっかりローカル線になってしまった。しかし、越後湯沢から日本海がわへのショートカットを目的としてつくられた線だけあって、いまでも高速運転だ。

PC301986

 十日町あたりの雪景。

PC301998

PC301992

 越後湯沢で、新幹線にのりかえるついでに途中下車して、駅ビル « CoCoLo » の温泉にはいる。

PC302009

 かえりみちの新幹線で上州にさしかかると、「国境(くにざかい)の長いトンネルをぬけると、雪国であった」の逆で、なにやら夢がさめたようなこころもちになる。

PC302016

PC302020
 きょう、最終日になってようやく、中学生の息子とふたりで、町田市民文学館でひらかれている « 八木重吉展 » を見にいってきた。
 はじまったころ(10月)からずっと行きたかったけれど、時間がつくれなかった。

PC251925

PC251926

 八木重吉は町田出身の夭逝した詩人で、わたしは大学生のころに知り、それ以来ずっと好きだ。
 いま、手もとにある詩集をみると、1990年1月12日、土浦の白石書店で購入したものだった。

PC251933

 たとえば、

 夕ぐれ
 夏のしげみを ゆくひとこそ
 しづかなる しげみの
 はるかなる奥に フヱアリの 国をかんずる

 といった詩が有名だろうか。
 こどもたちは、NHKの番組 « にほんごであそぼ » で、うなりやベベンが詠唱する、つぎのような重吉の詩をそらんじていた(そういえば、うなりやベベンもちょうど1年まえに亡くなった)。

 こころよ
 では いつておいで

 しかし
 また もどつておいでね

 展覧会は、重吉の詩稿、書簡、写真、そして(じつは知らなかったが)絵画作品が展示されており、はじめてみるものも多かった。

PC251931

 重吉の筆跡の繊細さにも好感をもった。

PC251928

PC251929

PC251927

 重吉の詩はときに繊弱すぎると思われる (cf. http://uicp.blog123.fc2.com/blog-entry-266.html ) が、この繊弱さは、かぎりないやさしさと別のことではない。
 また、現実に存在する「フヱアリの 国」ともういべき、多摩丘陵のやさしい自然のなかでこそ、つむぎ出すことのできた詩だという気がする。
 わたしは前任校勤務時代に相模原市から町田市に引っ越し、もう13年が経ったが、ときおりわたし自身もあるきまわっている、町田をとりまいている多摩丘陵の山々は、ほんとうに「やさしい自然」だと感じる。
 どれほど山奥に行っても遭難するような場所ではなく、ただただ、なだらかにうねっているだけだ。
 津波がおそって来る海からも、水害をひきおこす大河からも、土石流が起きる大きな山からも遠い、箱庭のような自然のなかでこそ、八木重吉のような純粋な精神がはぐくまれたのではなかろうか。

PC251932
 12月にはいってから、さっぱり « 日録 » を書けなかった。
 12月前半は、« フォト蔵 » のメンテナンスが長引き、投稿しようにも写真がアップロードできなかった。
 そしてあいにく、今週にはいってから体調をくずしてしまい、医薬に親しむ仕儀になってしまった。
 まだ体調は完全には本復しておらず、抗生薬をのみつづけているが、熱はさがっているので、ゆっくりとうごきはじめた。

 下に書くこともふくめ、いくつかの用件のため、今週末は大阪に帰っていた。
 リニューアルされた阪急百貨店本店の前。

PC171914

 きょうは午後、« 別館牡丹園 » で、高校時代に属していたあるグループのかたがた、総勢8名と中華料理をたべてきた。

IMG_20161218_135417

 きょう会ったひとのなかには、30年ぶりに再会するひともいた。
 明日の月曜からは、つくばでまったくの平常業務なので、17時ころに解散して、そのまま新大阪にゆき、新幹線で東京にもどってきた。
 ことしも « つくば光の森 » が点灯された。
 クリスマス直後に消灯するのではなく、公現祭 (Épiphanie) のころまでつづけるヨーロッパ方式で、わたしの個人的な趣味に合致している。

IMG_20161128_182533

 昨夜はつくばに前泊し、きょうは推薦入試の業務だった。
 2013年度に学類の入試実施副委員長、2014年度に同委員長を経験し、そのご褒美で2015年度は入試業務なし、ということで、3年間のブランクを経て現場に出たが、やはり(根が不まじめな人間のせいか)入試のはりつめた空気はにが手だ。

 きょういただいたメールで、「学会発表の準備でお忙しいところ...」と書かれていて、「はっ、準備せねば」と思い出した。われながら、なんといういいかげんさだろう。本番は12月10日。
 http://wjunya.blog39.fc2.com/blog-entry-415.html
 きょうは大学院説明会のしごとがあり、1年ぶりに茗荷谷へ。

IMG_20161126_130757

 筑波大学文京キャンパス。かつて筑波大学の前身の東京教育大学があったところだ。

PB261869

PB261870

 人文社会科学研究科全体での説明会。60人くらいが来場してくださり、盛況だった。

PB261871

 文芸言語専攻の広報委員長として登壇し、(にが手な)パワーポイントをもちいて説明した。
 おわったあと、文芸言語専攻のうち言語学分野についてはわたしが質問に個別対応することとし、5人から質問をいただいた。文学分野については専攻長が対応くださり、3人から質問があった。
 さて、おおぜい受験してくださるとよいが、まずは1月...
 ことしはわたし(と、もと同級生)の高校卒業30周年のとしだ。
 9月には大阪で学年全体の大規模な同窓会があったが、黒歴史の多いわたしは欠席(うまいぐあいに科研費の打ち合わせもあったので、そちらを優先)。
 しかしその後、1年生のときにおなじクラスだったひとたちと自然に交流が復活し、メーリングリストで話すなどして、なつかしい思いをしていた。
 きょう(祝日)の午後、東京近辺に住んでいるひとだけ集まれないかと検討したところ、じつに9人が集まった。
 新宿のヴェネツィア料理店 « Il Bacaro » に正午にあつまり、4時間くらい、ワインをのみながら話した。

PB231864

 また、いかにも現代的なことだが、同時刻に大阪でもおなじクラスの同窓会をひらいており、Skype で大阪とのあいだをつないでお話しした。
 30年のときをへだてても、みんな面影はのこっており(ひとの面影は目とそのまわりに残りつづけると知った)、すぐにむかしの感覚で話すことができた。
 意味を知らなかったあだ名の命名理由をきょうはじめて知るなど、まるで高校時代のつづきをしたような気がした。
 おかげで、なにやら若返ったような気が...ゲホゲホ...あー、腰がいたい。
PB161832

 ひさしぶりに(とはわたしの主観的な尺度にすぎないが)午前の帰宅とあいなった。
 じつは、ことしの3月から1年間の予定でブザンソンのフランシュ=コンテ大学に留学中の院生のコードネーム「えるたそ~」さんが、ご家族の事情で急遽一時帰国しておられ、きょう、筑波までたずねてきてくださったのだ。
 6月に学会発表のためカーンに出張したとき、発表をききにブザンソンからカーンまで来てくださったことがあった(この日録でも言及ずみ:http://palantien.blog137.fc2.com/blog-entry-366.html )ので、それ以来5か月ぶりの再会ということになる。
 「えるたそ~」さんは、フランスの自由な空気がよほど肌にあったらしく、出発前の繊弱な印象はうすれ、心身ともに充実しているようにお見受けした。
 かねてよりお約束していた論文の相談ごとをしたあと、6月にカーンにごいっしょしたわたしの同僚と、哲学が専門の院生で、「えるたそ~」さんと学部生時代以来親しい、コードネーム「ざしきー」くんとわたしと4人で、大学近隣の酒肆 « くぼや » にゆき、ニホン酒の熱燗をあおり、酔っぱらった。寒い夜は熱燗が身にしみる。月曜のせいか、あるいはつめたい雨のせいか、店は終始貸し切り状態だった。

PB211843

 かえりみち、雨にすこしみぞれがまじっていたようだ。
 「えるたそ~」さんより、フランスでよく知られたサブレーをおみやげにいただいた。ありがとうございます。

PB221859
 関東の晩秋らしい乾燥した晴天で、うれしい。

PB121808

 近所の川には、年ぢゅういるカルガモにくわえて、マガモなど、渡り鳥もきていて、こどももいるので、にぎわっている。

PB031754

PB121806

 フランス語学会の例会と、付随(寄生?)する研究会のため、早稲田大学へ。
 肉眼では向かいあわせに見えるように感じる東京スカイツリーが、写真では意外と存在感がない。ニンゲンの知覚はあてにならないということか。

PB121814

 おわったあと、5人ほどで、発表おつかれさま、そして来年度の予定決定おめでとう、などの名目で飲みにくりだす。
 神楽坂の毘沙門天にほどちかい « 食彩一番 » で、ビールをのみ、そのあと焼酎をのんで、たのしく話した。

PB121819
 5日、京都で研究会があったので、4日から6日まで関西に行っていた。
 あたらしくなった京都駅には、いつまで経っても慣れない。観光都市としての高名が世界中にとどろき、むかしとはくらべものにならない、おびただしい観光客がおしよせている。

PB051781

 研究会の会場は、京都駅からほど近い民間の会議室で、「ベーコンラボ」というところ。

PB051784

 「テクストと時間」と題した研究会で、正午から17時ころまで、わたしのものもふくめて4件の研究発表ののち、コメントの交換や質疑応答をした。たいへんみのりおおい会だった。
 おわったあとは、近隣の酒肆 « 酔心 » にゆき、ビールをのんできた。10年ぶりくらいでお話しする先生方もおられ、なつかしく、たのしい機会になった。

PB051785
 季節はずれの暑さ。東京の最高気温は25.7度。
 まいとしの恒例で、中央大学にゆき、ゲストスピーカーをつとめてきた。
 多摩センター経由。多摩ニュータウンはつくばと開発年代が近いせいか、雰囲気がとても似ている。多摩センター、つくばセンターという命名センスも同じだ。

PA261708

 多摩センターからはモノレールにのる。空中散歩のようで、ここちよい。

PA261713

 中央大学のキャンパスは空がひろく、筑波大学と似ている。

PA261714

 かんじんの仕事は例年以上にうまくゆき、重要な質問や有益なコメントをいただくことができた。
 祝日で、すこしばかり閑暇があったので、以前からずっと Twitter で作ろうと思っていたコルシカ語 bot を作りました。
 https://twitter.com/bot_di_u_corsu
 5時間に1度、コルシカ語の単語を日本語による語釈つきでつぶやきます。
 [後日追記] ツイート間隔を約3時間にあらためました。

PA111674

 2013年、コルシカ議会で、島内ではコルシカ語をフランス語とならぶ公用語として位置づける「併用公用語制」(cuufficialità) が定められましたが、これがフランス共和国憲法の規定に反するのではないかとの疑義が出されているため、その帰趨は予断をゆるしません。
 そこで最近、オベンキョーのため、昨年出た併用公用語制にかんする書物を入手しました。
 この書物(全篇コルシカ語書き)のおもしろいところは、前置詞 pè が pà になっていたり、svucalatura(非強勢音節での母音交替)がいっそう徹底されているなど、南部コルシカ語の特徴が鮮明で、わたしが知っているコルシカ語の変種とはかなりちがいますが、一定の対応関係があるので問題なくよめます。
 単一の標準語をもたず、各方言が対等の規範性をもってならびたっているという、「多規範的」(pulinòmicu)なコルシカ語のありかたに慣れると、「みんなちがって、みんないい」という気になります。
 考えてみれば、併用公用語制も結局、多規範性の延長線上にあると思います。EUで価値づけられている多言語主義・多文化主義にもつながる考えかたですね。

 Cuufficialità の著者、Colonna 氏出演動画:

 世間ではきょうから3連休のようだが、わたしはしごとのため、大妻女子大学の千代田キャンパスへ。

IMG_20161008_124839

 『構文と意味の拡がり』と題されたた研究会に参加し、発表もする。
 年末しめきり、来年発刊予定の同題の論文集の見とおしをつけるための研究会だが、発表者はわたしをいれて10人もいて、内容ゆたかで、学ぶことが多かった。
 ずいぶん前から交流しているかたがたが多いこともあり、たのしい機会になった。また、きょうはじめてお目にかかるかたがたとも、たのしく話した。
 おわったあとは、懇親会と称して近隣の酒肆 « 酒菜 あい田 » でおいしい料理をいただき、ビール、焼酎、日本酒を無秩序にのむ。

PA081665
 肥大化する官僚機構を表象するかのごとく、複雑きわまりない事務書類書きで、ここ数日ひどく疲弊しています。
 きょうはそれに追いうちをかけるように、まるで関西のつゆどきのような溽暑で、たえがたい気候でした。
 暑気払い、というわけではありませんが、半年に1回の恒例で、つくばの « Chez Lénon » に行き、クスクスをたべてきました。
 この店のクスクスは絶品で、パリで食べるよりおいしいです。チュニスの名店 « Dar Es-Saraya » に匹敵するおいしさで、記憶に深くきざまれます。
 赤かぶとサーモンの前菜も、デザートのもりあわせも、とてもおいしいです。
 « Chez Lénon » はちょうどきょう、現在地に移って7年目に入ったそうです。おめでとうございます。きょうも大繁昌でした。

P9291652

P9291653

P9291655

P9291657
 きのうからきょうにかけて、長野に行っていました。

IMG_20160920_140510

 かねてより応援している銅版画家の小柳優衣さんの個展が、« ながの東急 » の別館でひらかれているので、それをみることが主目的でした。今回は約100作品という、見ごたえのある展覧会でした。

nagano

P9201622

P9201620

 今回の個展を代表する新作「羊水」では、魚と花々が細密にえがかれ、新しい命をやわらかに見まもる思いをよく表現しておられるように思いました。こころに沁みるやさしさをたたえた作品です。
 先月も滋賀県まで展覧会を見にいきましたが、今回もうかがったので、小柳さんからは「大ファン」と認定していただけました(笑)。たとえていえば、最前列でオタ芸をおどっているレヴェルかもしれません。
 しかし、8月は論文書きで苦しんでいたときの気分転換、そして今回はその論文を脱稿したあと、安手のクリシェでいうところの、「がんばった自分へのご褒美」というような意味あいもありました。
 小柳さんには、かつて2度にわたってわたしの著書の表紙を(銅版画をあしらって)作っていただいたことがあり、わたしにとっては、研究の基底になる精神性や、ゆたかな着想をよびおこす手がかりのひとつになっていると思っております。

 昨夜は会場にいないといけない時間がおわってから、小柳さんといっしょに近隣の « Gatto » にゆき、はじめだけビール、のちにワインをのみながら夕食をたのしみました。赤かぶをつかった前菜や、かものローストがおいしかったです。

P9201625

 おもに « Musée du vin » の赤ワインをのみましたが、1杯だけ、« たかやしろワイナリー » の白ワインをのみました。なんと、« たかやしろワイナリー » は小柳さんのお友だちのご実家だそうです。芳烈な香りで、おいしいワインでした。

P9201626

 あいにくきのうは颱風16号の影響で、長野では朝から夕方まで、避難準備情報が出るほどの大雨でしたが、21時ころに « Gatto » を出るときには、雨はあがっていました(夜おそい時間ほど多く降るという予報だったので、徒歩10分くらいのホテルまでどうやって行くか、ひそかに心配していましたが)。

 きょうは天気がよく、しかし暑くはなかったので、だらだらと散歩をしてすごしてきました。

P9211629

 権堂のアーケード街はよい雰囲気で、近年とかく衰退しがちといわれる商店街とは一線を劃する例のように思いました。

P9211630

 地元のかたがたの推奨を小柳さんから伝えきいた « 藤の家 » で、昼食にざるそばをたべました。虚飾を排した簡素な店ですが、そばは絶品でした。さわやかで、すいすいとたべられます。

P9211632

 « ながの東急 » の地下で、戸隠の新そばを売っていたので、家族へのおみやげに買ってかえりました。
 しばらく、あいだがあいてしまいました。
 これには事情があり、ほんらいは8月末しめきりだった共著論文が、しめきりまでにできあがりませんでした。
 単著論文では、これまでしめきりを過ぎた経験はないのですが、今回は共著ということで、お相手の先生からのお話を待たずに独断で進められないという顧慮もありました。
 このため、論文集編者の先生に相談し、しめきりをのばしてもらいました。
 爾来、日々呻吟しつつ書きすすめておりましたが、ようやく、9月15日(木)になんとか脱稿しました。
 今回はいままでになく苦しい思いをしましたが、さいわい、新しい発見も多くありました。

 間髪おかず、つぎの論文書きにとりかからなければなりませんが、今度は単著なので気らくです。

 * * * * *

 きょうは日曜ですが、都内で研究打ち合わせ(謀議ともいう)があり、昼から出かけておりました。
 おわったあと、はじめていく « KITTE丸の内 » に移動。
 ここは、故鳩山邦夫氏が、「文化財を文化財でなくするのは、トキを焼き鳥にして食うようなものだ」と発言したことで有名になった施設です。
 旧来のたてものはとりこわされはしなかったけれど、高層棟を接ぎたされ、「トキにブロイラーをかけあわせたようなもの」になってしまいました。

IMG_20160918_140046

 郵便局のゆるキャラの巨大なくまのぬいぐるみが、吹き抜けに吊るされていました。

IMG_20160918_141008

 相談ごとがあったついでに、アラビア語学の榮谷さんとまちあわせて、« スーパードライ » でビールをのんできました。
 わたしはビールにはなにより爽涼さをもとめるほうなので、アサヒのビールをおいしく感じます。

P9181611

 * * * * *

 あとは、最近買った本の紹介。
 『比較で読みとくスラヴ語のしくみ』。スラヴ諸語全般の見とおしが得られる、貴重な本です。
 もう1冊、『簡明ウズベク語文法』。「簡明」とはいえ、既存の文法書よりはくわしい知識がえられます。

P9141610
 きのう、軽井沢での研究会合宿が無事打ち上げられたあと、わたしは家にかえらずに、現地で家族と合流して、いっしょに万座温泉に行ってまいりました。
 昨年夏もほぼ同時期に行ったのですが、家族旅行の行き先としてははじめてのリピートです。

 軽井沢を出るとき、駅付近は濃い霧、いやむしろ、雲のなかだったというべきかもしれません。

P8241495

 万座温泉ゆきのバスにのり、熔岩がごつごつした鬼押出しを経由して、万座温泉にむかいます。

P8241503

 万座温泉は標高1800メートルとあって、軽井沢よりさらにすずしく、この温度計は17度をさしています。

P8241507

 泊まった宿も昨年夏とおなじ « 日進館 » で、種田山頭火もとまったことのある由緒のある宿です。

P8241508

 白濁系の濃厚な硫黄泉で、高地の涼しさとあいまって、たいへん爽快な温泉です。

P8241510

 夕食、朝食ともにビュッフェ形式で食べ放題なので、軽井沢につづいて鯨飲馬食してしまいました(なので、万座をはなれてからは節制にもどっております)。

P8241513<夕食

P8251518<朝食

 宿のちかくに湯畑があり、まわりには硫化水素をふくむ湯気がながれているので、草がはえていません。水はみどり色です。

P8251536

P8251537

 きょうは « 日進館 » をチェックアウトしたあと、草津温泉に寄ってきました。
 とちゅうに白根火山があるのですが、一昨年から噴火の警戒のため、火口付近は監視員以外駐停車禁止・下車禁止で、通過しかできません。夜間は通過さえ禁止されます。
 白根火山付近は濃い霧がたちこめていました。これも雲のなかというべきでしょう。

P8251551

P8251550

 殺生河原でバスをおりて、写真をとりました。

P8251554

 殺生河原では、熔岩からたちあがる湯気の有毒ガスで、小鳥が死んでしまったことから、その名がついているそうです。
 草津について、有名な湯畑を見てきました。万座の湯畑の何十倍もあろうかという広々とした湯畑です。

P8251559

 この近くに源泉のある白旗の湯に入ってきました。

P8251563

 源泉に(ほんとうはだめなのですが)投げ込まれた多くの硬貨が、温泉の成分によって黒く溶けかかっています。

P8251564

 白旗の湯も万座とおなじく白濁系の濃厚な硫黄泉で、ここちよい温泉でした。
 「湯がとても熱い」という話をよくきくので(じっさい、浴場の入り口にも「源泉から近いので高温です」とのほこらしげな注意書きがありました)、熱い風呂がにが手なわたしは身がまえていたのですが、おそれていたほどではなく、3分くらい、全身でつかることができました。
 かえりは長野原草津口から吾妻(あがつま)線にのりました。

P8251574

 民主党政権時代、工事を中止するか否か二転三転した八ッ場ダムの建設地がちかく、吾妻線は水没する予定の低い位置から高い位置に線路がつけかえられました。つぎの写真では、新旧の線路が前方にみえます。

P8251575
 毎夏の恒例で、研究会合宿のため、一昨日(22日)からきょう(24日)まで2泊3日で軽井沢に行ってきました。
 22日、台風9号が関東を直撃したので、軽井沢までたどりつけるのか心配しましたが、さいわい、ほぼ予定どおりに到着できました。

P8221479

 この研究会合宿は全体としてはことしで第36回(つまり36年め)という伝統のある行事です。わたしは2000年(第20回)から参加しております。
 研究会の会場は文化女子大学などの施設、文化軽井沢山荘。

P8231485

 去年まで使っていた会議室がふさがっていたので、かわりにことしできたばかりの真新しい会場(やや「ガッコーのキョーシツ」という感じだが)を使わせていただけました。

P8221481

 ことしもたくさん耳学問をしました。
 この山荘は食事がとてもおいしく、夜はビールがすすみます。
 1日め、2日めとも、夕食後まで研究会がつづきましたが、たまたま今回は初日の夕食前に自分の出番をすませたので、両日ともこころおきなく飲みました。そして、夕食後の研究会がおわったあともビールをのみました(てへぺろ)。
 2日めの夕食。

P8231490

 3日めの朝食(ビュッフェ形式)。

P8241492

 軽井沢の気温は最高でも25度くらいで、快適でした。

P8231491
 ギャラリー唐橋でひらかれている展覧会「第9回灯り展」を見るため、急に思いついて、日帰りで滋賀まで行ってきた。
 ギャラリーの名まえにもなっている瀬田の唐橋。JRの駅は瀬田より石山のほうが近い。

P8201469

 「急がば回れ」の語源である歌、「もののふの矢橋の船は速けれど急がば回れ瀬田の長橋」に出てくる「長橋」がこの「唐橋」だ。
 たしかに、瀬田川を中心として琵琶湖が大きくふくらむように弯曲しているので、ここをショートカットする渡船のほうが近道だったというのがよくわかる。
 しかし、いまの唐橋は自動車道で交通量がおおく、欄干も鉄製のものを朱色に塗装しただけなので、あまり風情はない。

P8201472

 ギャラリーは瀬田川の中洲にあり、魅力的な立地だ。

P8201471

 かねてより応援している小柳優衣さんは今回油彩画3点を出品。そのほか9人のかたがたが「灯り」という主題を共有した作品を出しておられた。規模こそちいさいものの、雰囲気のよい展覧会だった。
 この日在廊しておられた小柳さんには、今回は予告なしで(サプライズで)おとずれたので、おどろいていただけた。2歳の娘さんも連れてきておられ、以前から写真は拝見していたが、実際に会ったのははじめてだった。とてもかわいい子で、会場の人気者だった。

 かえりの新幹線のなかでも、絵はがきをながめて余韻にひたった。

P8201478
 以下に貼りつけるのは、総務省統計局によるニホンの人口ピラミッドだ。 

g150402

 一見してわかるように、1966年生まれは特異な年だ。「ひのえうま(丙午)」の迷信が原因で、この年だけ、ピラミッドが急激に収縮している。
 そしてその翌年の1967年は、反動で、これまた急激に膨張した。わたしはその膨張のとしに生まれた(といっても、わたしの場合は、両親が縁起をかついで「ひのえうま」を回避したわけではない)。
 母集団が大きかったせいで、ひどく競争がはげしく、高校をでたあと、1986年度の1年間、わたしは(順当に?)浪人した。
 ことしは2016年、浪人時代から30周年という紀念すべき年にあたるので、30年まえに交流のあったひとたちと、« 浪人30周年の会 » と称して、きょう、京都の河原町三条にある伝説的な珈琲店、« 六曜社 » であつまった。総勢7人。わたしのような酒飲みは少数派(たぶん7人中2人だけ)なので、コーヒーをメインにする。

P8061393

P8061394

 いうまでもなく、みんなとしをとったが、30年まえ、それぞれに強い特異性を認めあったともだちなので、若かりしころとおなじように交流できるのはありがたい。
 部分的な再会はときどきあったものの、これだけ一堂に会するのはまさに30年ぶりだ。ただただ、なつかしい。
 そしていまもなお、それぞれに多様な方面で活躍していることを知るのはうれしいことだ。

 7月30日の記事にも書いたように、このような「任意団体」的な会は好きだ。先週末の30日につづいて、今週末もまた関西に往還するのも苦ではない。ただし、きょうの京都は最高気温37.9度の炎暑だった。
P8021379

 わたしが代表者をつとめる「筑波大学TAME研究会」( http://www.lingua.tsukuba.ac.jp/lgfr/tame/ )で先週、ブルガリア語の叙法・時制の絢爛たる体系について、たいへん興味ぶかいお話をしてくださった同僚の菱川さんが共著者としてくわわられた新刊のご著書、『ロシア語のリピーティング・トレーニング』をご恵投くださった。よけいなことだが、たまねぎ型の穹窿に、にこにこ顔がえがかれている表紙がかわいい。

P8011375

 じつはわたしは、ロシア語学習には何度か手をだそうとして挫折した経験しかないのだが、その原因を思うに、ひとつには、古式蒼然たる参考書しか見たことがないからかもしれない。
 『リピーティング・トレーニング』は斬新で、かつ懇切丁寧な説明がなされているようにお見受けした。
 「リピーティング」というと、いささか古く権威的な語学教育を想起してしまうひとがいるかもしれない。しかし、わたし自身が『パロールの言語学』(日本フランス語学会学会誌『フランス語学研究』50号別冊)の序文で書いたように、「近年さかんになったステレオタイプ理論やコロケーション研究、さらには認知言語学における用法基盤モデルなどの成果を参照するならば、言語は規則にもとづく推論によってではなく、記憶にもとづく模倣によってなりたっていることが理解できる」。その考えかたからしても、当該言語に典型的と思われる例文をよく練習することこそは、語学学習の王道である。
 菱川さんが加筆なさったというコラムやよみものが、語学学習のはげみとするにふさわしい、とてもよい滋味をかもしだしている。
 いまではフランス語など、ロマンス諸語ばかり研究しているので、意外なことのように思われるかもしれないが、1984年夏、わたしのはじめてたずねた外国が、じつは中国(上海、蘇州、無錫、南京)だった。
 当時の大阪府教育委員会の主催で、大阪府と姉妹自治体提携をむすんでいる江蘇省をたずね、高校生どうしで交流をするという企画、「大阪府高校生中国派遣団」に高校からの推薦と教育委員会の選抜を経て参加したのだ。その派遣団の同窓会が、まいとしこの時期(原則として、中国をたずねていた時期)にひらかれている。
 わたしは自分の出身高校の同窓会にも出席しない(まあ、いわゆる「黒歴史」が多いからね(哄笑))のに、中国派遣団の同窓会にはまいとしせっせと出席している。ふしぎなものだ。
 ことしも、これを主目的として大阪へ。

P7301364

 道頓堀のあたりには、これまでになく外国人観光客が多くなった。わたしはひねくれもののせいか、「それほどおとずれるにあたいするか?」と思ってしまう(大阪が、というわけでなく、東京でもおなじことを思ってしまう)。

P7301371

P7301372

P7301373

 「くいだおれビル」のなかにある « みなみ » という和食店にゆき、ビールをのんできた。
 筑波がまだ学期中で、8月1日(月)も授業をしないといけないので、週末だけでとんぼがえりしなければならない。
P7161316

 5月連休以来ひさしぶりに、アラビア語学の榮谷さんを中心とする飲み会で、« お茶の水ビアホール » にゆく。

P7161318

 レーヴェンブロイ、よなよなエール、アサヒエクストラコールドとビールを3種類のみ、ハウスワインの赤にきりかえたところ、たいへん飲みやすく、危険だとおもったけれど、もはやとまらないいきおいでしゅーしゅーと飲んでしまい、ひどく酔ってしまった。疲れていたせいもあったかもしれないが、こんなに酔ったのは近年にない。みなさまにご迷惑をおかけしてしまい、反省しきり。
 多忙のため、一昨日からきょうまでの3日分をまとめてしるす。

 7月5日(火)
 翌6日に大学院入試の業務があるので、万が一にも欠かさないよう、つくばに泊まることにする。
 夕刻から、ちょうど直前までわたしの授業に出てくださっていた院生のみなさんをおさそいして、大学近隣の « びすとろ椿椿 (cin cin) » にゆき、チリの赤ワインをのみながらお話しする。酒肴ともにおいしい。とくに、あじのカルパッチョ、えびのアヒージョは絶品だ。ワインを差しつ差されつして、一段とたのしく飲んだ。

P7051301

 7月6日(水)

P7041299

 予定どおり、朝から勤務。といっても、午前中は筆記試験のうらで、万一にそなえて、ながい待機時間。
 待機時間を利用して、ロマンス諸語の科研費の共同研究者のみなさまのご参考に供するため、国際学会 Chronos 12 のハンドアウトをすべてスキャンした。60ページくらいあった。
 正午すぎから採点。
 おわりしだい、別件で打ち合わせ。
 13時すぎ、あわてて昼食をかきこむ。
 13時30分から面接業務。大学院のフランス語学領域では、今春の入学生がひさしぶりにいなかったので、受験者がいるだけでもうれしい。
 夕方、17時30分ころから会議。
 帰宅すると、かねてより応援している銅版画家の小柳優衣さんから、滋賀のお菓子と、すてきなメッセージカードがとどいていた。「ひこにゃん」にこどもたちがよろこび、夕食後に少しいっしょにいただく。

P7061304

 7月7日(木)
 暑い! 東京では今夏2度目の猛暑日(36.7度)。
 ことしの3月、所得税の確定申告をして、それにもとづいて納税をしていたが、6月29日づけで税務署長より「更正通知書」をうけとり、当初の税額の計算に誤りがあったため、還付をうけることになった。
 しかるに、6月15日づけでわたしの誤った計算にもとづいた予定徴税の通知がきていた。
 今春は、本務校の給与に、非常勤の給与を足しあわせるためだけ(しかもいずれも源泉徴収はされている)の確定申告だったので、たいした額ではなかったのだが、申告納税額15万円が予定徴税のあるなしの境界線で、残念ながら誤りのせいで境界線を超えてしまっていた。
 このため、きょう、町田税務署におもむき、「予定納税の減額申請」という書類を提出してきた。これにより、今年度の予定納税額はゼロになる見こみだ(訂正してくれた税務署のひとのほうがよくわかっているのだから、更正に連動して自動で減額してくれればいいのに、と思わないでもないが、あくまで本人が申請しなければならないものらしい)。

P7071305

 書類提出後、町田市役所にむかい(その途上、とてもうれしいことがあったが、ここには書けない)、参院選の期日前投票をしてくる。2012年に新設された町田市役所は、異常に豪華な庁舎(タックス・タワー)で、納税者としては来るたびに不愉快になる。

P7071307
 2016年6月、フランス出張日記

 カーンでひらかれた学会、Chronos 12で発表することをおもな目的としてフランスに出張しておりましたが、昨日、無事帰国いたしました。
 以下には公開してさしつかえない部分のみ、日記を貼りつけます。
 デジカメの時差を調整しておりませんので、日記の日づけとは一致しないことをご諒承ください。

 * * * * *

 6月12日(日)
 16時ころ家をでるとき、娘に熱烈に送り出される。以前は息子もおなじふるまいをしていたが、息子に関しては、そのようなとしごろは過ぎたのかもしれない。
 成田にちかづいてから、オリンパスのデジカメのUSBコードを忘れたことに気づく。情報転送のみならず充電もこれにたよるので、まことにぐあいがわるい。最近あまり使っておらず、わざわざ充電する必要さえなかったので、意識にのぼらなかった。
 京成成田駅からほどちかいホテル(ただし、奇矯な女性社長で有名なホテルではない)にチェックインしたあと、近所のイオンショッピングセンターにある « ノジマ » にゆくが、規格にあうケーブルはなかった。
 駅前にもどり、夕食に « 餃子の王将 » で餃子定食をたべる(われわれ関西人のソウルフードか)。生ビールを1杯のんだ。
 結局、明日はストは解決し、エールフランスは飛ぶそうだ。しかし、前夜まで飛ぶかどうかわからないより、13日パリ着をはやいうちに確定できたという点で、ポーランド航空にきりかえてよかったという考えは変わらない (この問題については11日づけの、ひとつまえの記事を参照)。

 6月13日(月)
 6時に起きて朝食をとる。外は大雨だ。
 インターネット情報では、成田の第2ターミナル内にある « カメラのキタムラ » がデジカメのケーブルを豊富にとりそろえていて、しかも7時から開いているそうなので、はやめに宿を出て空港にむかうことにする。7時13分京成成田発。
 さいわい、« カメラのキタムラ » には、わたしのデジカメに適合するケーブルがあった。きのう « ノジマ » になかったことを話すと、サプライ品で、一般には出まわっていないとうかがった。たいへんありがたい。これで電池を気にせず、ばしばし写真がとれるようになった。さっそく1まい。

P6130777

 わたしの乗る飛行機は第1ターミナルからなので、連絡バスで第2ターミナルから第1ターミナルへ。

P6130768

 8時まえに大荷物をカウンターにあずけ、搭乗券をうけとる。チェックイン(席指定)はきのうインターネットですませてある。わたしは気がねなくトイレに行きたいので、断然「通路がわ派」だ。
 つぎに両替所にゆき、約800ユーロを手にする。ここで同僚の和田くん(学会での共同発表者でもある)と会い、以降行動をともにする。

P6130770

 セキュリティーチェックを通り、8時30分ころ出国審査を通る。あとは搭乗口のまえまでゆき、だらだらする。LO80便、Boeing787 (愛称 Dreamliner) で運用。搭乗開始が予定より15分くらい遅れ、出発も10分くらい遅れた。機内は8割くらいの着席率で、わたしの左は通路、右のとなりは空席だった。 これだけでもかなりらくだ。偶然、通路をへだてた左がわには和田くんがすわっている。

P6130779

 ポーランドのビールをのみながら1度めの機内食をたべる。とてもおいしい。

P6130780<

P6130782

 いつも、機内で映画をみることはほとんどないが、なんとなく気が向いて、「オレンジ」をみる。ねたばれをさけるためくわしくは書かないが、過去と未来が交錯し、せつなく、甘ずっぱい、分岐的時間(temps ramifié)のはなしだ。分岐的時間はわたしの研究テーマでもあるので、興味深い。不覚にも泣いてしまった。としをとって自分が不純になればなるほど、わかいひとたちの純粋さがまぶしい。
 映画がおわったあと、いくらかねむることができた。
 2度めの機内食もおいしい。

P6130786

 ワルシャワでののりかえは比較的スムースだったが、乗り継ぎ便が40分くらいおくれた。

P6130787

 Embraer 195 という、ブラジル製の飛行機。はじめて乗る機体だ。座席が横4列(廊下をはさんで2列ずつ)だけの細身の飛行機だ。それでもやはり、自分の座席は通路がわをとってある。

P6130793

 約2時間でパリ(ロワシー / シャルル・ド・ゴール空港)につく。着陸は19時ころだったが、駐機場についたのは19時15分くらい。ほとんど来たことのない第1ターミナルについた。

P6140796

 入国審査がなく、あずけ荷物を受けとったら、ただ出るだけだった。おかしいとおもったが、しばらく考えてわけがわかった。ポーランドはEU域内の移動を自由化したシェンゲン協定の空間内なので、ワルシャワについたときに、すでにフランスとも均質の空間内に入っていたわけだ。
 とはいえ、巨大なターミナルを移動して、出るだけでも時間がかかり、RERにのったのは20時30分くらい。
 これからでは夕食を食いっぱぐれるような気がしたので、RERの駅に隣接するカフェテリアでサラダ、サンドウィッチ、デザート、飲みものをテイクアウトする。
 いつも、RERからダンフェール=ロシュロー Denfert-Rochereau でメトロに乗り換えるようにしていたが、全便が北駅どまりになっていた。しかも地下におりず、北駅の地上ホームにつく。
 北駅のひとつてまえの駅がサッカースタジアムで、サッカー・ユーロカップのアイルランドとスコットランドの試合がおわったばかり。おびただしい両チームのサポーター(ニホンとちがってほぼ100%男性なのが、ジェンダー的にちがう)が怒涛のようにのりこんできて、立錐の余地もなくなる。

P6140799

 メトロをのりつぎ、22時前にホテルのもより駅につく。おどろいたことに、20時ころ閉まると記憶していたスーパーマーケットが、22時まで営業していた。フランスも変わってきている。
 22時ころホテルにつき、チェックインする。なつかしいことに、ちょうど10年まえの2006年6月のパリ出張のときとおなじ部屋をあてがわれた。

P6140801

P6140802

P6140803

 現在ブザンソンに住んでおられ、カーンでのわれわれの発表をききにきてくださるという博士後期の大学院生「えるたそ~」さんもすでに着いていることをレセプションで確認して、館内電話をかけ、ひさしぶりに声をきく(「えるたそ~」とは、『氷菓』の千反田えるさんに似ていることからつけたコードネームだ。外見だけでなく、世間ばなれした性格も似ている、、、って、「おまえもたいがい世間ばなれしているだろう」と言われそうだが)。
 15分後に約束して和田くんと「えるたそ~」さんと会い、インターネットで情報収集しながら明日のゼネストの対策を話しあう。さいわい明日は鉄道が完全に止まることはないようで、Intercités の運転は10本に6本くらいだという。予定の便が間引かれても次のにのればよいので、おそらくなんとかカーンまで移動できそうだ。「えるたそ~」さんとは、彼女が留学に出発した3月下旬以来3か月ぶりの再会。元気そうで、よろこばしい。23時30分ころ解散。シャワーをあび、24時ころ就寝。

 6月14日(火)
 時差ぼけのせいか、5時ころに目ざめる。しかしこれでも寝られたほうだろう。
 テレヴィのニュースによると、昨日、パリ郊外西方のマニャンヴィル Magnanville で警官夫妻が刺殺され、ダエシュ Daesh(ニホンでいう「イスラム国」)が犯行声明を出したという。容疑者は25歳のフランス人男性。

P6140804

 ところで、このニュースで出てきた、刃物を意味する arme blanche(字義的には「白い武器」)というフランス語が気になった。arme feu「火器」と対比されるため、ニホン語では「白刀」や「冷兵器」と訳することがある。そして、「白兵戦」の「白」も、arme blanche の blanche からきているという説があるようだ。「白兵」とは白刀をもちいる兵士のことであり、武器のことではないが、武器からそれをもつひとへと、「白」の適用対象がメトニミー的に移行したと思われる。
 10時ころにホテルをチェックアウトして、サン=ラザール駅にむかう。駅員に質問した結果、われわれの乗る Interciité (シェルブール Cherbourg ゆき) は間引き運転の影響をうけず、通常どおりに運行されることを知る。たいへんよろこばしい。

P6140805

P6140806

 万一のために1時間以上余裕をみてきていたので、和田くんと「えるたそ~」さんといっしょに、駅のそとのブラッスリーにゆき、Kronenbourg の生ビールで乾杯する。

P6140808

P6140809

P6140810

P6140811

 12時10分にサン=ラザール駅を出た列車はすべるように走り、定刻14時にカーンにつく。路面電車にのり、Copernic へ。

P6140814

P6140816

 路面電車の軌条は車体の横はばの中央に1本しかない。案内軌条なのだろう。車輪はタイヤをはいている。案内軌条は外がわにはないので、札幌地下鉄や、パリ地下鉄4号線のタイヤ車ともちがう。とちゅうに急坂があるので、タイヤで摩擦を強くすることにより、坂をすべらずにのぼるようにしているのだろう。城砦をすぎると、Université, CROUS, Calvaire St.-Pierre, Copernic と、4駅にわたって、ずっと大学のキャンパスのなかをぬうようにして走る。巨大なキャンパスだ。これをみておもったのだが、つくばにも、つくば駅から北は一の矢まで、南は並木あたりまで、路面電車を走らせればどれほどいいだろう。
 Copernic からすこしあるいて、ホテルにつく。ずいぶん高いところまでのぼってきたような気がするが、かもめがとんでいる。

P6140817

P6140818

 和田くんと発表のリハーサルをし、17時30分ころまで細部を再検討する。
 18時ころに出て、徒歩で大学に向かい、会場のおおよその位置を確認する。とちゅうに急坂があり、比較的ゆるやかな傾斜の道は路面電車専用になっている。しかたなく、けもの道の斜面をおりようとするが、あぶないようだった。きょうのかえり道からは路面電車にのることにする。

P6140819

P6150820

P6150821

P6150822

P6150824

P6150825

 カーン大学のキャンパスは広大で、筑波大学のようだ。ホテルのすぐわきもすでに大学の敷地なのだが、学会会場までは路面電車で4駅も行かなければならない。
 サン=ピエール教会(列をなしてつきだしたり、窓わくのまわりにいたりする、動物の装飾がおもしろい。魔よけのようなものか?)にほどちかいレストランにはいる。

P6150828

P6150830

P6150840

P6150841

P6150842

 和田くんと「えるたそ~」さんは名物の臓物 tripes à la mode をたべる。わたしは牛のほほ肉のワイン煮。ロワールの赤ワインを横におく。

P6150843

P6150844

P6150845

P6150847

 無事来られたことを祝し、明日の発表の成功をいのって乾杯する。

 6月15日(水)

P6150849

 学会初日。予定どおり会場にゆき、資料などをうけとる。

P6170905

 冒頭の招待講演は Martin Haspalmath 氏で、形式の複雑さ(長さ)と使用頻度の相関のはなし。いわゆる類像性 iconicité による説明よりも、予言可能性 predictabilité による説明のほうがよいとする。
 午前のセッションではいくつかおもしろい発表をきいた。スペイン語の単純未来形にはフランス語の同形にはない推量用法のほか、譲歩用法があるという話、べつの発表ではさらに意外性 mirativité をもあらわすとする説、イタリア語の半過去形が物語の要約やあらすじであらわれやすいという話、など。
 学食での昼食(会費にふくまれる)はワインつきの豪華なものだった。

P6150850

 午後、われわれの発表は、ハンドアウトをくばる時間を発表時間に算入されてしまったらしく、不当に早く終了させられたので、和田くんはやや不満そうだったが、わたしは正直、ともかく出番がおわっただけでもほっとした。消化不良にもかかわらず、質問は意外と好意的だった。
 午後の発表でおもしろいとおもったのは、スペイン語の venir a + 不定法と llegar a +不定法の相違に関する発表、さらにそれらを証拠性マーカーとして考える可能性についての発表だった。
 1日のプログラムがおわったあと、Caenのまちなかをあるきまわる。きのうはおそくて入れなかった大聖堂にはいる。

P6160852

P6160854

P6160855

P6160856

P6160857

P6160859

 大聖堂は2次大戦でかなり破壊され、戦後修復されたそうだ。大聖堂でさえそうなので、まちなかはすっかり瓦礫になったところから再建されたものだろう。アメリカの対イラク戦争のときにはやりことばになり、映画の題名にもなった、"collateral damage" (側面的被害) は、じつはノルマンディー上陸作戦のときにいわれた用語であって、ノルマンディーでは、当時の敵国ドイツに破壊された被害よりも、上陸作戦のときにアメリカに破壊された被害のほうが大きかったが、友軍だからあまり文句をいえなかった、という話をよくきく。

P6160860

 城砦にものぼってみた。カーンの城砦は、フランス史にその名をとどろかせるノルマンディー公ギヨーム (Guillaume de Normandie)、いわゆる征服王ギヨーム (Guillaume le Conquérant) による築城だ。

P6160862

P6160864

P6160865

P6160866

 ノルマンディーの紋章の旗のライオンが、「やあ!」を手をあげているようで、なかなか comique だ。

P6160869

 のどがかわいたので、ヨットハーバーにほどちかいブラッスリーでビールをのむ。

P6160875

P6160876

 « Galettoire » という店にはいり、シードルをのみながら、もうひとつのノルマンディー名物、ガレット(そば粉のクレープ)を夕食にたべる。わたしがえらんだのは、la océane と名づけられた、まぐろ、トマト、卵などをいれて焼いたもので、とても香ばしくて、おいしい。シードルもとてもおいしい。

P6160878

P6160879

P6160880

 意外とおなかにたまったので、デザートをとばして、コーヒーだけ所望したが、なんとサーヴィスでガレットにチョコレートをかけたデザートをつけてくれた。

P6160885

 ニホンより緯度がたかく、夏至がちかく、しかも夏時間で拍車をかけているので、たいへん夕暮れがおそく、ホテルにもどった22時30分ころになってようやく薄暗くなってきた。
 メールをひらくと、昨年度の業績評価をおこなう準備段階として、研究者情報をTRIOSというシステムで20日までに更新せよというリマインダーがおくられてきていたので、あわてて入力する。以前はこのことを意識していて、フランスへの出発まえにすませるつもりだったが、エールフランスのストの可能性をひかえて飛行機のきっぷを買いなおすなどの対応に奔走するうちに、パニックになってしまい、(手帖に書いていてもなお!)すっかりふきとんでしまっていたのだ。あぶない。

 6月16日(木)
 学会2日め。8時30分にホテルをでて、朝いちばんからいそいそと参加する。

P6160894

 まずは Laurent Gosselin 氏の招待講演。La modalité en français という500ページの大著をあらわしておられ、それと関係の深いはなし。たいへん細かくモダリティを分類するなあ、と思っていたが、いちいち言語的なふるまいのテストを用意しているので、根拠があるということがわかった。たとえば、評価的モダリティ appréciatif(のぞましい désirable / のぞましくない indésirable)と、価値論的モダリティ axiologique (賞讃すべき louiable / 非難すべき blamable) とはことなる。後者には判断そのものを再度同一の評価の対象にできるという再帰性がある。つまり、Il est blânmable de voler (盗むことは非難すべきことだ) から Il est louable de considérer qu'il est blânmable de voler (盗むことは非難すべきことだ、と考えることは賞讃すべきことだ) となる。ところが、評価的なたぐいの agréable (快適だ) については、Il est désagréable d'avoir les pieds mouillés (足を濡らしているのは不快だ) から、*Il est agréable de considérer qu'il est désagréable d'avoir les pieds mouillés (足を濡らしているのは不快だ、と考えることは快適だ) は作れない、など。
 そのほかに興味をもった発表は、ポルトガル語のir+不定法が、全体として近接未来をあらわすにもかかわらず、フランス語やスペイン語とちがって、irをさらに単純未来におくこともできるということ、ラテン語の迂言形 eo+spinum が、貶損的な意味になるということ(aller+不定法が「異常なふるまい」をあらわしうる、という点に似ているのではなかろうか)、など。
 豪華な昼食はきのうと同様。

P6160895

 昼休みが14時までと長いので、午後からバイユーに行ってくるという「えるたそ~」さんを駅まで見送る。
 カーン駅には、自由に弾いてよいピアノがおいてある。

P6160896

 そういえば、パリのサン=ラザール駅にもおなじものがあった。

P6160897

 夕方、ホテルにもどると、筑波から至急の書類の依頼が来ていたので、いそいで返信する。メールの時代、どこにでもしごとが追いかけてくる。
 夕食のとき、和田くん、「えるたそ~」さんと3人で、直感的においしそうな « Le clou de Giroffe » に入ろうとしていたら、すれちがいに地元のひとが、「ここいいよ!」といってくれたので、さらに確信をもって入る。
 ここはとてもおいしいだけでなく、内装や家具、食器に統一的に赤をさし色のように使っているなど、洗練されている。

P6170899

P6170900

P6170901

 6月17日(金)
 学会3日め。ニホンを出てからずっと、睡眠不足がつづいていたので、朝はゆっくり寝て、最初のセッションには出ないことにする。
 9時半にホテルを出て、2番めのセッションから出席する。
 スペイン語の再帰動詞にかんする発表をふたつと、ルーマニア語の綜合的ならびに迂言的時制、英語の be+形容詞/分詞+to にかんする発表をきく。
 休み時間、話しかけてくださった方といっしょに、大学内のカフェにいく。

P6170906

P6170907

 昼食でまた、ボルドーの赤ワインをのむ。

P6170908

 午後は英語の think、ノルウェー語の tenke、スウェーデン語の tänka の構文的意味の対照研究、英語の主語倒置とアスペクトの関係について、そして、ラテン語の副詞 nunc の意味にかんする発表をきく。
 きのうにつづいてラテン語に関する発表をなさったのはジョゼフ・ダルベラさん(しかしこの学会、1人で2件発表もしてよかったのか!?)。ちょうどダルベラさんが話しおわったあとが休憩時間だったので話しかけ、昨日の移動動詞の文法化に関する発表がたいへん参考になったと申し上げ、メールアドレスを交換していただいた。
 休憩のあとはふたつのセッションがあったが、因果性認知に関する心理実験の発表のみきき、会場をあとにする。
 最後にあるはずだった、法助動詞研究の有名人、Papafragou 氏の招待講演は、ご病気のためキャンセルされた。
 次回(2018年)のChronosは、スイスのヌーシャテル Neuchâtel で開催されるそうだ。都合さえつけばまた来たいものだ。

 和田くんとホテルで18時30分にまちあわせ、中心街に買い物に出かける。今夜は酒と食材を買い、ホテルで部屋飲みのつもりだ。

 夜、ニュースをみていたら、24日から27日にかけてもエールフランスがまたストをかまえて交渉中であることがわかった。
 これでは往路のみならず、復路もストの直撃をうけかねないところだった。やはり、ポーランド航空にかえてよかった。
 
P6180910

 和田くんと19時30分ころから乾杯する。
 ベルギーの白ビールはたいへんあっさりしていて、さわやかなおいしさだ。
 きょうは「えるたそ~」さんはルーアンに行っているので、かえりがややおそい。もし暗い時間になりそうなら(といっても、高緯度の夏至近くに夏時間で拍車をかけ、22時30分ころまで明るいが)電停までむかえに行く、とメールを送っておいたが、しばらく返事がなくて、20時30分ころ、「列車のなかで寝ていた。もうすぐカーンにつく」と返信があり、安堵する。
 21時30分ころから「えるたそ~」さんも合流。24時ころまで飲みつづける。
 「えるたそ~」さんがルーアンで買ってきてくださった、ポモー Pommeau というカルヴァドスベースのお酒もいただいた。かおりがよく、とてもおいしい。
 
P6180911

 6月18日(土)
 朝9時30分から、和田くんと「えるたそ~」さんはカーン市内の修道院をみにゆくとのことだったが、わたしはまだ大荷物もかたづけていなかったので、失礼してホテルにのこる。
 11時30分ころにホテルをチェックアウトする。
 正午ころに和田くんたちがもどってきて、いっしょにホテルをでて、国鉄駅にむかう。和田くんはきょうはシェルブールに行ってくるという。
 14時7分のパリゆきにのる。「えるたそ~」さんは、べつのときに切符をとったので、ざんねんながらべつの車両だ。
 16時15分、定刻にパリにつく。プラットフォームで「えるたそ~」さんとおちあうと、なんと、偶然彼女のとなりの席に座ったのが、おなじ Chronos に来ておられたアントウェルペン大学のパトリック・ダンダル氏だったという。ダンダル氏は「えるたそ~」さんと研究テーマがちかく、研究の助言までしてもらったという。やはりなにか、独特の幸運をもっておられるようですね、と彼女に申しあげた瞬間、こんどはわれわれの前をカーン大学のピエール・ラリヴェ氏(準備段階からたいへんお世話になった)がとおりすぎ、挨拶をした。たいへんな偶然だ。やはり、「えるたそ~」さんには mythique ななにかがある、と確信した。
 地下鉄で Porte d'Orléans にゆき、ホテルに荷物をおく。Porte d'Orléans には、かつてはなかった路面電車が走っている。おおよそ、むかし Petite Ceinture といわれていた周回路線だ。ということは、おおむかしにあった路面電車を復活させたということもできるが。

P6190915

P6190916

P6190917

 こんどのホテルは明日、わたしがオルリー空港からフランス国内線の飛行機にのる都合で、パリの南端にとったものだが、「えるたそ~」さんもこんな不便な、殺風景なホテルにごいっしょいただくことになり、たいへん申し訳ない(じつは、カーンから帰るときは、「えるたそ~」さんはブザンソンに直行なさるだろうと予想していたので、初日とちがい、わたしの都合だけでホテルをきめてしまっていたのだ)。

P6190913

 大荷物をおいて、ふたたび地下鉄にのり、サン=ミシェル Saint-Michel にゆく。サン=ミシェルの泉は、むかしもいまも、まちあわせ場所の定番だ。大道芸人もいる。

P6190920

 Gibert Jeune の言語学書専門店と、文房具店をみる。しかし、きょう本を買い込むと重くなるので、見当をつけただけ。

P6190918

 サン・ミシェル大通りをリュクサンブールにむかってのぼるように「えるたそ~」さんといっしょにあるいていると、上から、サン=ラザール駅でも偶然あったピエール・ラリヴェさんがあるいてきて、2度びっくり。ラリヴェさんも驚嘆のあまり、くわえていたたばこをとりおとしそうになっていた。
 にわか雨がふってきたので、パンテオンにむかってのぼってゆく、ひろびりとしたスフロ通り Rue Soufflot の軒下でしばらく雨宿り。
 いくらか降りかたが落ちついたところでふたたびあるきだし、サン=ジャック通り Rue Saint-Jacuqes の中華料理店 « 金鳳城酒家 » にはいる。この店は、1997年から99年までの留学中によく来た店だ。ほんとうはこの近所にあった « 天下楽園 »が好きだったが、ざんねんながらなくなってしまった。(よけいなことだが、 « 天下楽園 » のフランス語店名が Empire célestre だった。「天下」と célestre では正反対なのに、全体としてはつりあいがとれているのが不思議だ)
 烏賊と野菜の黒酢炒めのアントレと、鶏肉のタイ風炒めもののメインをたべる。チャーハンもついてくる。デザートにライチをたべた。

P6190921

P6190924

P6190926

P6190928

 ホテルにもどり、明日はわたしは飛行機にのるため朝はやくに発つので、「えるたそ~」さんからのお見送りのご提案を辞退し、明日の夜に留学先のブザンソンにもどられる彼女に、またしばしの別れを申し上げる。握手をしたら、3月に彼女がニホンを発たれるときにおなじように握手したときにはつめたかった彼女の手が、いまはあたたかかった。フランスで生活しているうちに冷え性がなおってきたという。フランス生活はそんなに thérapeutique なのか。これからもお元気で、たのしく、みのりおおい留学にしていただきたいと切に念ずる。

 * * * * *

 19日(日)から翌週にかけて、調査のためフランス国内でべつのところにゆく。
 しかし、これからパリにもどってくるまでのことについては、調査の成果が形になってから、その一部をべつの媒体で公表することになるので、ここには書くことができない。旅日記はいったん中断。

 * * * * *

 6月23日(木)
 パリにもどる飛行機は、ストの影響で1時間ちかくおくれた。20時50分ころオルリー着。
 オルリー空港は工事中のところがおおく、仮の誘導どおりに歩いてゆくと大荷物の受け取り場所を素通りして、いきなり外に出てしまった。ガラス張りの大荷物受け取り場所をみながら、« Mais comment passer à... ? » (でも、どうやってあっちに行くのよ) とたずねている女のひとがいた。もっともな疑問だ。しかたなく、あずけ荷物の受け取り場所から出るだけの設定のはずのゲートを、みんなが逆流しはじめた。わたしも逆流するしかない。逆流を告げる警報音がなりつづけている。これもフランス的か。
 逆流したおかげでどうにか大荷物をうけとり、Orlyval、RER、メトロ4号線をのりついで Porte d'Orléans まできたら22時30分くらいだった。かろうじてあいていた小規模食料品店(épicier という単語は以前ほど聞かなくなった気がする)でビールとつまみを買い、18日とおなじホテルへ。ただし、今回の全旅程ではじめて、ツインの部屋をあてがわれた。ひとりでツインにとまるのは、かえってさみしい。

P6241275

 パソコンをひらき、インターネットでポーランド航空のチェックインをする。窓側の座席がデフォルトになっていたので、これをあえて通路側へ変更。

 6月24日(金)
 出発まえ、ニホンとフランスのあいだの往復をポーランド航空の航空券に買いかえたことで、当初の予定から変更し、1日はやく帰途につくことになる(ポーランド航空はニホンには週3往復しか飛んでいないため)。
 7時ころにホテルを出て、ロワシーの空港にむかう。
 そういえば、きのうオルリーからもどるとき気づいたことだが、RERの北行きは、初日に乗った南行きとちがって、北駅での乗りかえなしで北方の終点のロワシーまで直通運転している。
 8時20分ころ第1ターミナル(Roissyvalというシャトルにのるので、駅からさらに移動が必要だ)にはいる。
 大荷物をあずけるポーランド航空のカウンターは、ルフトハンザとスイス航空の、いずれも派手で列数の多いカウンターにはさまれて、まったく目立たなかった。

P6241276

 機械の調子がわるいらしく、受けつけがなかなかはじまらなかったが、ポーランド航空の乗客はすくないので、ゆっくり対応しているにもかかわらず、もっとも多くの乗客をさばくエールフランスのカウンターよりは結局ずっとはやい。
 長い管のような動く歩道には、だれもいない。はやく来すぎたのだろうか。

P6241277

 9時10分にはセキュリティーチェックもおわって搭乗口の直前まできた。これも第2ターミナルにくらべるとずっとはやい。
 朝食をとる習慣はないのだが、ユーロの小銭をなるべく使いきるため、搭乗口ちかくのカフェで、チョコレートパンとクロワッサンをたべ、コーヒーをのむ。
 空港のWifiにつないでメールをひらいたら、九州大学の山村先生から科研費共同研究の次回の打ち合わせについてメールがきていたので、ご報告をかねて返信をおくる。

P6241278

 ほぼ定刻に搭乗、定刻に出発し、ワルシャワにむかう。12時55分、定刻にワルシャワに到着。すぐ近くの Departures の表示には、成田行きがみつからない。係員にたずねると、大きな番号の搭乗口(25~45)はシェンゲン協定領域内の行き先ばかりで、パスポートコントロールを通ったむこうの1~24の搭乗口がシェンゲン協定領域外行きだという。1~45まではまっすぐ1列にならんでいて、いまは45にいるので、たいへん遠く、歩いて10分くらいかかるという(初日、往路でもちょうど逆の経路を経験したはずだが、不思議とあまりおぼえていない)。あわてて小走りでパスポートコントロールにむかう。

P6241279

P6241280

 EUからの出国の印を捺してもらってゲートを通過すると、目の前が搭乗口だった。つまり、往路とちがって、シェンゲン協定領域から出る乗りかえについてはセキュリティーチェックがないのだ。おそらく、協定領域内ではチェックの内容が共通だからだろうと推測する。13時20分ころ搭乗口につく。結局、これまで経験したなかで最速の乗りかえかもしれない。

P6241283

 往路とちがって、成田への飛行機は混んでいた。ニホンの団体旅行のグループが2つ乗り込んでいるからだと気づく。しかし幸い、わたしの左どなりの席はかずすくない空席のひとつだった(右がわは廊下)。
 定刻15時20分に出発した。

P6251284

 シベリアではずっと、白夜の境界線近くをとびつづける。

P6251286

 往路ほど食事が充実していなかったが、味はけっこうおいしかった。

P6251289

 6月25日(土)

P6251290

 定刻8時55分に成田に到着。
 ポーランド航空は、直行便に近い航路で乗り換えでの時間ロスがすくなく、しかも時間も比較的正確なので、今後も利用したいと思う。しかも、ワルシャワでEUに入ることから、パリでの入出国の長蛇の行列を回避できることもまことにありがたい。また、今回のエールフランスの一連のスト騒動にはこりごりだ。
 9時20分ころにあずけ荷物をうけとり、ただちに税関を通る。
 12時30分ころに帰宅。こどもたちが(わたしが出けかるときはクールだった息子も)そろって熱烈に迎えてくれた。家族といっしょにひさしぶりに昼食をとり、ほっとした。
 いろいろあったが、今回もみのりおおい出張になった。
 こんどのフランス出張は、6月13日に日本を出て、当日パリ着、14日にカーンに移動し、15日から学会、という予定だったのですが、7日になって、11日から14日までエールフランスがストライキをする可能性があることがわかりました。スト決行がきまったのはフランスの現地時間で予告前日の10日でした。
 http://www.airfrance.co.jp/JP/ja/common/home/home/HomePageAction.do
 労使交渉で、スト決行がきまるまでは、エールフランスは日程変更のみ受け付けているのですが、スト期間からして10日まで早めないと意味がなく、10日の便はすべて満席になってしまっていました。
 スト決行がきまったあとなら、他社へのふりかえも受けつけるようになるとのことですが、そうなってからでは、ふりかえ対象の便も選べず、結局行っても意味のない時期になるかもしれないことから、キャンセル料を払ってでも他社のきっぷを自分で買うようにするか、選択をせまられました。
 9日の段階でエールフランスでの往復をあきらめ、3万数千円のキャンセル手数料を払って、経由便での往復きっぷを買うことをきめました(エールフランス以外の会社の直通便はすでに一杯でした)。10日に発券してもらいましたが、ニホン時間の10日の日中にはまだスト決行がきまっていませんでした。ニホン時間で10日の夜おそくに、とりあえず12日まではストをするがきまりました。
 新しい航空券はポーランド航空のもので、ワルシャワで2時間くらいの乗り換えがありますが、航空経路が北回りで最短に近いらしく、トータルでも3時間くらいちか違わないという利点がありました。また、経由便なので直前まで安いという恩恵にも浴し、差額はわずかで、損金はほぼもとのエールフランスのキャンセル料のみで済みました。
 いま、これを書いている11日の段階では、13日にどうなるか、まだわかっておりませんので、結果的にはエールフランスの飛行機も飛んだ、という可能性も絶無ではないのですが(おそらくとばないだろうとは思いますが)、直前まで行けるかどうかわからないよりは、はるかにましな解決を手にしたと思っております。

 さて、これで13日にパリに着く算段はついたのですが、翌14日には労働制度改変に反対するゼネスト(!)がよびかけられていますので、15日にならないとパリを出られないかもしれません。
 いまどき、ゼネストをする国なんてギリシアくらいしかないのではないかと思っておりましたが、フランスも結構やってくれますね。
 http://www.cestlagreve.fr/greve/generale-nationale-14-juin-2016/
 学会では初日の15日が出番なのですが、会期全体では3日間あるので、なんとか出番を遅くしてもらえないか、主催者にメールを書いて相談したところ、幸い、万一15日の出番までに着けなければ、プログラムを可能なかぎり変更する、とお返事をいただきました。

 社会運動や労働者の権利については理解しなければなりませんが、飛行機や鉄道の利用者としてはどうしても、全然しなくてよい苦労を理不尽に被っているという感覚になってしまいます。

 こんなときにアドレナリンが出て、ばりばりと問題処理にあたることのできる活動的なタイプのひとがうらやましいです。わたしはさっぱりだめで、出るのは疲れとため息ばかりです(苦笑)。
 なんとか自然体の精神状態で行ってこられるよう、こころを休めておきたいと思います。きのうまでは、航空券にまつわる一連の騒動で奔走せざるをえなかったので、まだ荷づくりもしていません。
 しかし、これほど「ハードモード」の出張ははじめてかもしれません。

 * * * * *

 拙宅の玄関の近くのわずかなスペースにどこかから種が飛んできて、ムラサキカタバミが勝手に生えています。これが年々ひろがってきているのですが、わたしとしては歓迎です。ラヴェンダーもそうですが、勝手に種が飛んで、植物がそれぞれ好きなように育っているのを見るのが好きです。

P6040754

P6040758

 最後に、きのう非常勤出講先の白百合女子大学で撮ってきたアジサイとガクアジサイの写真を貼っておきます。

P6100763

P6100760
 またしばらく、あいだが空いてしまいました。
 先週末(5月28日から29日)まで、3週連続で週末がそれぞれべつの学会でしたので、休みがなく、その前後4週間がつながるような状態で、慢性的に疲れています。
 先週末の学会はフランス文学会の大会で、支援している筑波の院生が発表することもあり、応援に行ってきたり、出版社のかたと打ち合わせをしたり、同時開催されるフランス語学会の編集委員会に出て、そのあと関連の打ち合わせ(謀議?)をするなど、あわただしくしておりました。

 * * * * *

 今月は13日から、Chronos 12 という時制専門の学会に参加・発表することをおもな目的として、フランスに出張してまいります。
 きょうは出張伺を書いたり、海外出張にともなう付帯書類をととのえたりして、ほとんど1日を消しました。
 昨今の物騒な世界情勢を反映してか、安全保障輸出管理の書類まで作らないといけません。
 フランスは輸出先として規制のない国ですし、そもそもわたしは提供できるほどの科学技術はもっていないのですが、それでも一律に身の潔白を申し立てる書類を作らなければならず、どうしても、よけいなしごとをしているという気になってしまいます。

 * * * * *

 さて、おくちなおしに、以下はたのしい話題に限定します。

P6030747

P6030748

 ひとつまえの記事で言及した池袋東武での展覧会のとき、小柳さんの銅版画を購入しておりました。
 これまで、拙著の表紙の制作を依頼するなど、側面的な支持にとどまっておりましたが、作品を購入させていただいたのははじめてです。1点ものの油彩画はともかく、銅版画は、わたしのような薄給教員にもじゅうぶん手がとどきます。
 拙著の裏表紙に作っていただいた鍵のモティーフを中心とする作品です。額装もかわいらしく、ひと目で気にいりました。
 鍵のメタファーで、わたしも今後の研究をのための鍵となる着想を得る助けになるかもしれない、などと思うと、なにやら「呪術的」、といってわるければ、「神話的」(mythique) なありがたみまで感じてしまいます。ありがたいといえば、25刷中の第1刷だそうです。
 先週のうちには東武百貨店から配達していただいていたのですが、あけてみるだけの時間がなく、ようやくきょう、包みを解き、じっくりと見ることができました。
 書斎にかざって、研究の友にしたいと思います。

 * * * * *

 つぎに、NHK放送文化研究所の塩田雄大さんから、新刊の『NHK日本語発音アクセント新辞典』を献本でいただきました。

P5310702

 塩田さんも出演しておられる、『NHK日本語発音アクセント新辞典』に関する動画が以下のサイトで視聴できます。
 http://www.nhk.or.jp/bunken/forum/2016/accent.html
 つかみのダイジェスト版動画では、平板式アクセントが増えていることに言及されていますね。
 「ナレーター」や「護衛艦」を平板式でいう、いまどきのアクセントは、わたしもかならずしも好きではないのですが、気がついたら使ってしまっている、というのが実状です。

P5310704

 この辞典は、アクセント表示方式の変更が注目されます。
 下がり目がどこかということと、あとにつく付属語が高いか低いかだけが赤字で示されております。
 上記動画サイトの下のほうの質問コーナーで、「Q1.音の上がり目を示さないのはなぜ?」というのがあります。
 いわゆる「上線方式」をやめた理由として、より自然な発音では上がり目そのものが観察されないケースもある(「しんかんせん」(新幹線)で1拍目の「し」と2拍目の「ん」が実状としてはほとんど同じ高さである、など)ということや、語群の途中でふたたび上がることなく、2回(か、それ以上)下がるばかり、という例がある、ということがあげられています。

 しかしながら、わたしは個人的には、上線方式にも利点があったと思います。
 東京式アクセントでは、1拍目と2拍目の高さが違う(冗長に言いなおすと、1拍目が低ければ2拍目が高く、1拍目が高ければ2拍目が低い)という基本的な規則があるために、上線でいちいち示すことはない、というのが上線廃止の前提的な理由になっているものと思います。
 この規則はそれぞれの語に固有のアクセントの問題ではなく、メタ規則のように全般にかぶさってくるものであることから、いちいち表記しない、という理論的選択がなされているようです。
 しかしながら、わたしのように、京阪式アクセント地域出身の者で、「1拍目と2拍目の高さが違う」という規則を完全には内面化できていない者にとっては、かえってむずかしくなったかもしれません。

 * * * * *

 最後に、わたしにとってはいつも慰謝になる、拙宅の庭のくりの木をお目にかけます。
 ほんの30センチくらいの苗木で植えたのに、そして毎冬剪定しているのに、12年ほどでもう2階のヴェランダの高さに達しました。

P6020724

P6020725

 軒に接するかたちで、うまいぐあいに木陰を作ってくれています。

P6020720

 まえにもこの《日録》でお話ししましたが、新婚当初に住んだ借家が、広い栗畑に面していて、当時博士後期の院生だったわたしは、まいにち栗畑をながめながら書生生活を送っていたことを思い出します。

 ラヴェンダーも2種類、例年のようにしげってきています。

P6020726

P6020735

 ラヴェンダーの花に、みつばちが蜜を集めにきているのも例年どおりです。

P6020734

 自然に種がとんで、掃きだし窓の下の、自転車をおいているところにもラヴェンダーが生えてきています。これをそのままにしているのが、わたしらしいかと(笑)。窓をあけていると、部屋のなかもいい香りになるので、ありがたいです。

P6020738
 20日(金)はしごとのあと、池袋にゆき、東武百貨店池袋店6階1番地で、5月19日から25日まで開催されている「イレブンガールズアートコレクションオールスターズ展」をみてきました。
 http://kaiyu-art.net/?p=1520
 このなかのひとりが、わたしの著書2冊に銅版画をあしらった装丁をしてくださったことのある小柳優衣さんです。
 今回も出展しておられ、いくつかの作品を拝見するとともに、ひさしぶりにお話してきました。

P5200646

 翌土曜は朝はやくから飛行機にのるので、万が一にも遅れないよう、金曜は池袋から羽田に直行し、前泊しました。こどもたちには。さみしい思いをさせて申しわけない。

 21日(土)から22日(日)までは、日本ロマンス語学会のため九州大学に行ってきました。
 http://sjsrom.ec-net.jp/sjsr54.html
 △このプログラムにもありますが、わたしも発表者として出ました。

 昨年度から、九州大学の山村ひろみ先生(スペイン語学)が代表者となって、フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガルポルトガル語、ブラジルポルトガル語、ルーマニア語の5ないし6言語で時制の対照研究をするプロジェクト(科研費)を走らせており、そのメンバーのなかから、わたしをいれて5人が発表をしました。
 これらの言語での対訳コーパスも構築し、現在チェックの作業をしておりますので、それが実用できるようになると、5(6)言語対照研究で論文を書くのも夢ではない、とこころをときめかせております。
 山村先生は会場校ご所属で、大会実行委員長としてご尽力くださいました。ありがとうございます。

 学会の会場は九州大学の「西新(にしじん)プラザ」という拠点。海がちかく、潮風のかおりがする場所でした。
 プラザはたいへん瀟洒な最新の建築ですが、むかし、招聘外国人講師の宿舎だった建物が、おなじ敷地内の一角、中庭のようなところに保存されています。

P5210670

P5210671

 わたしは初日の後半のセッションで発表し、全体討議にも参加しました。
 総会では、来年度の統一テーマを多数決で決めるのが、この学会のたのしい伝統です。

P5210675

 初日の夜は近隣の西南学院大学の「西南クロスプラザ」に移動し、懇親会。九州独特のさしみ醤油をかけてさしみをたべながら、ワインをのんできました。

P5210676

 さらに、二次会でおなじ西新の「じゃがいも」という店に行き、地下鉄の終電近くまで飲みました。なので、ホテルではふろに入って寝ただけ(笑)。

 以前なら、福岡にいったらかならずラーメンをたべていたのですが、としをとったせいか食指がうごかず、両日とも昼食には西新中央商店街にある「やお八」で、菜の花の天ぷらがのった博多うどんをたべてきました。

P5220679

P5210668

 地下鉄西新駅の真上の「エルモール」(かつては「岩田屋」という百貨店だったそうです)が改装のため閉鎖中で、殺風景かもしれない、という話をきいていたのですが、それをおぎなってあまりあるほど、活気のある商店街でした。

P5210666

 ほんとうは新幹線で往復したかったのですが、時間のつごうで、飛行機で往復さぜるをえませんでした。
 今回ははじめて、「スターフライヤー」で往復しました。大手航空会社でもなければ、いわゆるLCCでもないという、中間的な位置づけの航空会社です。「ちゃらんぽらん」の大西さんなら、「中途半端やなあ~」といって上半身をのけぞらせることでしょう(もっとも、LCCの絶対的な定義はありませんが)。

P5220681

 飛行機全般がにが手なことをのぞけば、往復とも快適でしたが、とにかく混んでいました。とくに往路は自動チェックイン機でエラーが出て、あせりました。あまりにすし詰めなので、自動で座席を割りふれないほどだったようです。
 そういえば、ホテルを予約しようとしたときも、たいへん混んでいて、苦労しました。どうもこの週末に、ソフトバンクドームで、某JPOPバンドのコンサートがあったようです。しかし、それだけであんなに混むかなあ?
 きょうは根津駅で人身事故があったらしく、千代田線が不規則運行、それにつられて小田急線も遅れ、しかもたいへん混雑し、しごとからかえってくるだけでいつもの3倍くらい疲れました。

 しかし、家につくと、うれしいことがありました。
 4月24日に Abe Books に註文していた古書、Melillo, Armistizio Matteo (1977) : Profilo dei dialetti italiani, vol. 21, Corsica, Pacini. が到着していたのです。
 コルシカ語の基本文献のうち、これだけは未入手で、しかも手にはいりにくいので、どうしようかと思っていたのですが、Abe Books に出品されているのに気づき、とびつくように買ったものです。
 しかし、航空便で送ってもらっても、Abe Books が予告していた日数よりはるかにおそかったので、正直「だまされたか?」という気になりつつあったときでした。無事入手できて、よろこばしいかぎりです。

P5180642

 音声・音韻的な特徴を中心に、一部形態論にもおよぶ内容で、島内の諸方言についてくわしく記述されています。
 ただし、付属の音声資料が33回転のレコードです! 再生する手段がないわー。orz

P5180643

 もう1冊、言語学つながりで文献を紹介します。献本でいただいた『言語の主観性』(小野 正樹、李 奇楠 編、くろしお出版)。

P5170638

 5月10日の日録で『日本語学論説資料』に採録されることになったと紹介した拙論から、編者でもある小野正樹先生がご論文で引用してくださいました。日本語学はわたしの専門外にもかかわらず、このようなことがあり、ありがたく思います。まあ、友情出演のようなものかもしれませんが...
まえの記事